ようやく会えたけれど
おじさんの後に続いて勝手口から外に出ると、金色の瞳をした毛並みの綺麗な黒猫が寄ってきて、おじさんの足に頭を擦りつけた。
バーの建物と魔女の店の建物の間には狭い通路があって、勝手口はその通路に面していた。
「あ、その猫……アメリアの店に入ったときに、テーブルの下で寝ていた猫だ」
「セーラっていう名前なんだ。セーラ、お腹が空いているかい?」
「にゃおん」
おじさんは店内に引き返すと、皿に乗せた魚を持ってきた。
お行儀良くちょこんと座っている、セーラ。おじさんが自分の前に皿を置くのを見届けてから、魚を食べ始めた。
「がっつかないで、上品に食べるね」
「そうなんだ。賢い猫なんだよ。人間の言葉がわかるんじゃないかと思うときがある。あ、だったら……」
「なに?」
おじさんは私に笑顔を向けてから、アメリアの店が入っている建物に目をやった。
「アメリアに会えるよう、セーラに頼んでみるのはどうだろう? 愛猫の頼みなら、アメリアも折れてくれるんじゃないかな」
「猫に頼む? そんなことできるの?」
「とりあえずやってみよう。さっきおじさんに話したことを、セーラにも話してごらん」
猫と会話するなんて変な話だけれど、魔女の飼い猫なら、人間の言葉がわかるというのも不思議ではないのかもしれない。
「そうだね。セーラを人質にするよりいいよね」
「なっ!? 人質は絶対にダメだっ!!」
「やっぱり、人質って変だよね。この場合、猫質って言うべき?」
「そこじゃなくて! もしセーラに危害を加えたら、アメリアに半殺しにされるぞ!」
「やぁね。半殺しなんて生ぬるいことしないわよ。私の可愛いセーラを傷つけたら、この世から消してあげる」
「アメリア!?」
占いの店の窓から、アメリアが顔を出した。
アメリアは頭に紫色のベールを被っており、その上から、アメシストがついた鎖を巻いている。額に垂れているアメシストが、夕日に照らされてキラリと光った。
「あら? あなたは確か、ルイーゼよね? 私の猫になにするつもり?」
「ななななななっ、なにも!! なにもしません!! 可愛いって見ているだけです!!」
アメリアの真っ赤な唇は綺麗に笑っているし、声も朗らかだが、目に不穏な光が宿っている。
本気で猫を人質にするつもりなんてなかったけれど、アメリアには冗談が通じない気がして、私は身震いした。
「猫大好きなんで! 傷つけるつもりはないです!!」
「ま、今回は大目に見てあげるわ。じゃ、さようなら」
「待ってください!!」
窓を閉めようとする、アメリア。私は急いで駆け寄ると、窓枠に手をかけた。
「相談したいことがあるんです! まず、占ってもらった日の帰り。紫色の瓶の中身を、間違って弟にかけちゃったんです! そこから弟が変になって、意地悪だったのに突然……」
「知っているわ。水晶で見ていたから」
「え?」
目を丸くする私に、アメリアはクスクスと笑った。今度は目も笑っている。
「客のアフターフォローってやつよ。私は親切で優しい魔女ですから」
「だったら教えてください! 私はこれから、どうしたらいいんですか?」
なぜか、アメリアはきょとんとした。私の質問が、よほど意外だったらしい。
「私はどうしたらいいですか、って、どういうこと? 弟さんに、瓶の中身をかけたんでしょう? 予定どおりだわ。私の占いによると、弟さんは警戒心が強く、あなたをそんなに信用していない。ルイーゼが『体に良い薬なの』と言ったところで、飲まない。そういうワケで、蓋が外れやすい瓶を渡したの。あなたのおっちょこちょいな性格を利用して、強制的に飲ませるためにね」
「そうだったんですか……」
「すべて予定通りに進んでいるのだから、どうもしなくていいわよ。流れに身を任せればいいだけ」
アメリアがキッパリと言うものだから、思わず頷いてしまいそうになった。
「いやいや、流れに身を任せたら危険です!! 占いで話していたヤンデレくんって、ジュリシスですよね!?」
「ジュリシスって、誰?」
「私の弟です!」
「へぇー、ジュリシスって名前なんだ。そうよ。あなたの弟さんが、素敵なヤンデレくん。もしかして私に会いに来たのは、ヤンデレ監禁ルートに進みたくなったとか? いいわよ。今からでも遅くないから、その方法を教えてあげる」
「結構ですっ!!」
アメリアは好きな人を思い浮かべているかのような、うっとりとした顔をしている。
やたらとヤンデレ監禁ルートを押してくるのは、私をからかっているわけではなく、単にアメリアがヤンデレ好きだからだろう。
「私は自由を愛する女なので、ヤンデレルートはお断りします!! あなたに会いに来たのは、男子が私に近づかないよう、ジュリシスが妨害しているみたいで。その相談に来たんです!!」
「前回は初回割引で安くしてあげたけれど、二回目以降は正規の料金を取るわよ。お金、持って来たんでしょうね?」
「え、あ、はい。少しは……」
アメリアは窓枠に片肘をつくと、手のひらに頬を乗せた。うんざりしているような吐息をつく。
「あのねぇ、私は有能な魔女なのよ。少しの金で相談になんか乗らないわ。店に入れないことを腹立たしく思っているでしょうが、金のない人間は、客じゃない。よって、店にいれない。店に入りたかったら、両ポケットに金貨をどっさり入れてくることね」
アメリアの店の扉が開かないワケがわかった。でも、おかしな点に気づく。
「さっき、親切で優しい魔女だって言いましたよね? 客のアフターフォローをしているって。だったら、安い値段で相談に乗ってくれても……」
「私の言うアフターフォローって、格安料金で相談に乗ることじゃないの。値段は絶対に下げない。ケチな人間は嫌いよ。アフターフォローについては、そのうちわかるわよ。私が親切で優しい魔女だってこともね」
学生の身分では、金貨をどっさり払うことはできない。
私の諦めが伝わったのか、アメリアは頬杖をつくのをやめると、窓を閉めようとした。




