アメリアの店に入るには……
(私は、どうしたらいいの? どっちの未来もイヤなんだけれど!!)
立ち止まった私に、ジュリシスは優しい微笑を浮かべた。
「心配しなくて大丈夫。絶対に勝つから」
私はジュリシスがヤンデレであることに動揺しているのだが、それは言わないでおく。
「今までだって、ルイーゼに近づく男たちを排除してきた。今度だって、ヤツを撃退し、完全勝利してみせる。メアリー先生に、僕が読んだことのない本から出題してもらうように誘導したのは、あいつに文句を言わせないため。上から目線で、読んだ本からクイズが出たんだから勝つのは当たり前だなんて、いちゃもんをつけられたくない。文句を言わせない勝ち方をしてみせる! あ、そうだ。先生に事前に問題を教えてもらったんじゃないかと、言いがかりをつけてくる可能性だってある。明日はクラスメートと行動して、身の潔白を証明するとしよう」
「え、あの、待って。私に近づく男たちを排除してきた……?」
「僕の使命は、マイ・スイートハニーラブプリンセス・ルイーゼを守ることなので」
「あだ名、長くなっていない? マイ・スイートラブプリンセスじゃなかったっけ?」
「甘さが足りないので、ハニーを付け加えてみました」
なんとも糖分の高いあだ名である。
砂糖五杯分入ったミルクティーに、さらにハチミツが加わったデロデロの甘さだね。そう、言おうとしてやめた。
余計なことを言って、シュガーまで加わったら困る。マイ・スイートシュガーハニーラブプリンセスなんて、長すぎる。
糖分の高いあだ名を口にしたせいか、ジュリシスに甘い雰囲気が戻ってきた。糖度に見合った、甘い眼差しで見つめられる。
けれど、私はそれどころじゃない。「近づく男たちを排除してきた」という聞き捨てならないセリフで、頭がいっぱい。
自分で言うのもなんだが、私は可愛い顔をしていると思うのに、彼氏がいたことがない。告白もされたことがない。
ようやく、その理由がわかった。ジュリシスが妨害していたのである。
(守ってほしいなんて、頼んでいないのに! でも、危なっかしい私を心配してくれているんだよね。余計なことをしないで、なんて言ったら、意地悪だよね。どうしたらいいのかな……あっ、そうだ!!)
頭に浮かんだのは、紫色のベールを被った美しい魔女アメリア。彼女なら、いいアドバイスをくれるだろう。
「先に家に帰っているから!」
「はい。僕も、時間を有効に使いたい。一冊でも多く本を読んで、明日のクイズに……」
「また家でっ!」
急いで、来た道を引き返す。
「お姉さん! 寄り道をせずに、まっすぐ家に帰ってください」
背中にかけられた声に咄嗟に「うん!と答えたものの、まっすぐに家に帰る気はない。
五分ほど走ったところで右の道に入り、魔女の店へと向かう。
「今度こそ絶対に、アメリアに会わなくちゃ!」
◇◆◇◆
洗練された店が並んでいる表通りとは違い、裏通りにある店はどれも年季が入った古い作りをしている。蔦の這う煉瓦作りの建物。サビの浮いた看板。
それぞれの店にいる人たちは、談笑していたり、カードゲームで盛り上がっていたり、居眠りしていたり。
華やかな表通りにはない、おおらかでほのぼのとした雰囲気が裏通りにはある。
私は魔女の店の前に立つと、突き出し看板を見上げた。描かれているのは、金色に輝く三日月のような瞳の黒猫。
アメリアの店で間違いない。
樫の木の扉をトントンと叩く。反応がない。次に、ドンドンと叩く。反応がない。
深呼吸を三度し、扉の取っ手に指をかける。
「開きますよーに!!」
取っ手を引くが、開かない。押しても、開かない。扉を横に滑らすこともできない。
「なんで開かないのー!! 乙女の大ピンチなんです! 開けてっ!!」
「おや? お嬢ちゃんは……」
助けを求めながら扉を押したり引いたりしていると、のんびりした声が左側から聞こえた。
見ると、寂れたバーの前に髭のおじさんがいる。
以前、「アメリアは気まぐれなんですよ。客を店に入れたり拒んだりする」と教えてくれた人だ。
「あっ、ちょうどいいところに!! 私、とっても困っているんです! どうしてもアメリアに会わないといけないんです。それなのに、開かないんです。こうなったら、力づくでぶち破ります! 斧を貸してください!」
「斧っ!? 木こりじゃないから、斧は持っていないな……」
おじさんは困り顔で、シルバーグレーの髪を掻いた。
「じゃあ、ノコギリでもいいです」
「ノコギリもないよ。うち、大工じゃないし」
「じゃあ、なにがあるんですか? 特大ハンマー?」
「ちょっと落ち着こう。飲み物を奢るから、店においで」
アメリアの店に入れないなら、他にできることといえば情報収集。
おじさんに話を聞くべく、バーに入った。店内は古びているが、懐かしさを感じさせる落ち着いた空間だ。
「いいお店ですね。常連客がたくさんいそう」
「ありがとう。なに飲みたい?」
「お水がいいです。走ってきたから、喉が乾いちゃった」
おじさんは水と一緒に、オレンジジュースを出してくれた。いい人だ。
私は水とオレンジジュースを交互に飲みながら、弟に魔女の惚れ薬をかけてしまったこと。さらには、それに続いて起こったことを話した。
「母は三日で切れるって言ったから、明日の夕方には効果が切れると思うんです。だからそこは心配していないんですけれど、問題は、弟がヤンデレの素質があるってことです。腕一本になっても愛せるなんて言うんです!!」
「ほぉ〜、なかなかに過激な発言だね。でも、そこまで人を愛せるというのは逆にすごいというか……おっ?」
「にゃお〜ん」
どこかで、猫が鳴いた。
店内に視線を走らせて猫を探していると、おじさんはカウンターの奥にある勝手口へと向かった。
「アメリアが飼っている猫だよ。おじさんは猫が好きだから、ご飯をあげているんだ。アメリアもあげてくれって言うし。今ではすっかり懐かれて、毎日店に来るってわけさ」
「アメリアの猫……」
猫に罪はないけれど……。アメリアの猫を人質にとって、占いの店に入れてくれるよう、脅すっていうのはどうだろう?