君がヤンデレくんなの!?
ジュリシスは足早に学校を出ると、家とは違う方向へと歩いていく。
「どこに行くの?」
「国立図書館に行って、本を読みます。お姉さんは先に家に帰って、試験勉強をしてください」
「でも……」
試験が始まるまで一週間ない。けれど、明後日は週末。週末にガツンと勉強を頑張ればいい。
そういうわけで、私は走ってジュリシスの隣に並んだ。
「私も行く!」
「来なくていいです。お姉さんはあまり頭が良くないんですから、試験勉強をしてください」
「大丈夫! 一度も赤点を取ったことないもん」
「だけど、いつも平均点ぎりぎりですよね?」
「うん。いい感じだよね!」
「どこが? なんで平均の点数で満足しているのか、意味がわからないんですけれど」
「普通でいいんだって! っていうか……ハァハァ……歩くの早すぎ!!」
ジュリシスは股下が長い。脚が長いのはかっこいいが、小走りになっている私を気にかけてほしいものである。これでは、国立図書館に着く頃にはヘロヘロに伸びてしまう。
酸素を求めてハァハァ言っている私。ジュリシスはニヤリと口角を上げると、歩く速度を早めた。
「な、なんでっ!?」
「なんかわからないけれど、意地悪したくなった」
「あのねぇ! まったくもぅ! お姉さんに優しくしてくださーい!」
「ルイーゼが大好きなのに、なんで意地悪したくなっちゃうんだろう? 不思議な心理。意地悪ついでに言うと、息が苦しいなら、あのねぇ、まったくもう、という余計なことは言わなくていいのに。エネルギーの無駄使い」
なんて弟だ。惚れ薬の効果が切れていないのに、意地悪と嫌味は健在だなんて……。
(ん? それとも、惚れ薬の効果が薄れてきているとか?)
確かめるべく、ジュリシスの腕に両手を絡ませる。
「意地悪すると、スイートラブプリンセス・ルイーゼが泣いちゃうぞ!」
「はっ!!」
ジュリシスは足を止めると、私の目元に触れた。泣いていないことを確認して安心したのか、吐息とともに表情を緩めた。
「ルイーゼ姫を守るという役目があるのに、僕はなんて至らない男なんだ。精神が未熟で情けない。どうやったら償うことができる? 国立図書館までお姫様抱っこしようか?」
「自分の足で歩けるから大丈夫でーす! ゆっくり歩いてくれればいいから」
「わかった」
ジュリシスの腕に絡めた両手を外そうとしたが、ジュリシスが手を重ねてきたので腕組みが解けない。
文句を言おうとし……言葉が引っ込んだ。
(怖いぐらいに、真剣な顔をしている……)
ルイーゼ姫と呼んだり、お姫様抱っこしようかと提案したり。惚れ薬の効果は、薄れていないように思う。
それなのに、甘い雰囲気がない。
「どうしたの? 緊張している?」
「うん、まぁ……。相手が、ウェルナー先輩だから」
「そっか。先輩もいろんな本を読んでいるだろうし。特に美術史に詳しいから、そこから問題を出されたら厄介だよね」
「そこは気にしていない。メアリー先生は、バランスのいい人だ。僕と先輩の得意分野を、サービス問題として一問ずつ出すだろう。つまり、僕の得意分野である経済から一問、先輩の得意分野である美術史から一問。あとの八問は、各分野から一問ずつ出題されると予想する。そうすると、知識の広い僕が圧倒的に有利」
「へぇー。良かったね」
「そのうえで僕は、メアリー先生に『僕の読んだことのない本からクイズを出してください』と誘導した」
「そう、そこ!! なんでそんなことを言ったの? 読んだことのある本から問題が出たほうがいいのに」
「ルイーゼの人生がかかっているから」
「ん? 私の?」
ジュリシスが歩き出したため、自然と腕組みが解かれる。
私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるのは嬉しいけれど、甘い雰囲気が戻ってきたわけではない。依然として、ピリッとした緊張感ある空気が漂っている。
「ウェルナー先輩は、親が決めた相手と結婚するだろう。ルイーゼのことは、愛人にしようと企んでいると思う」
「うぇっ!?」
愛人という不穏な単語は、アメリアの占いに繋がる。
(アメリアはなんて言ったっけ? えぇっと……)
必死に頭を働かせて、記憶を呼び戻す。
確かアメリアは、ウェルナー先輩は卒業後、親から婚約者をあてがわれる。相手は、伯爵令嬢。でも、ルイーゼなら先輩の愛人になれる。
そう話していた。
「愛人なんて嫌だっ!!」
「本当?」
「私は純愛派だから、清い交際がしたいの!」
「それを聞いて安心した」
ジュリシスは笑顔を見せた。けれど、心から笑っているものではない。
口元だけの笑顔と、悪いことを考えていそうな危険な瞳。
「ウェルナー先輩が好きだから愛人でもいいと言ったなら、田舎に家を借りて、監禁するかも」
「ええぇぇぇーーーっ!!」
ジュリシスの口から、とんでもない発言が飛び出した。
監禁というヤバい単語は、またまたアメリアの占いに繋がる。
アメリアは、私の未来は大きく二つに分かれていると話していた。
一つは、ウェルナー先輩の愛人。もう一つは、ヤンデレ愛が暴走した成れの果ての監禁。
(まさか……ジュリシスが、ヤンデレくんなの!?)
どちらの誕生日パーティーに参加してもいいと気楽に構えていたけれど、もしかしたら私は今、人生の分岐点に立っているのかもしれない。