好きな人を賭けた勝負
オロオロしていると、司書のメアリー先生がこちらに歩いてくるのが見えた。険しい顔を見るに、騒がしい私たちを注意しに来たらしい。
「助かった! メアリー先生、図書室で騒いでいる人がいます!! 注意してください!!」
「あなたも十分に騒がしいと思うけれど。……あら? シュリンツくんとベルナーシくんじゃない。優等生の二人がどうしたの?」
メアリー先生の登場に素早く反応したのは、ウェルナー・シュリンツ先輩。瞬時に怒りの表情が消え、品のある微笑みをたたえた。
その早業に、(良い人の仮面ってこういうことなのかも……)と納得した。
不貞腐れたままのジュリシスとは違い、先輩は穏やかな表情で先生に話しかける。
「メアリー先生、なんでもありません。ジュリシスと意見の相違があり、討論を交わしていただけです。ですが、白熱してしまい、少々声高になってしまったようです。以後、気をつけます」
「あなたにしては珍しいわね。気をつけてね」
「はい」
メアリー先生の姿が見えなくなると、先輩は意地悪そうな笑みを唇に乗せた。
先輩の表情の変化は、神業的なほどに素早い。
私は(優しくて親切な人だと思っていたけれど、違うのかも……)と、熱く燃えていた恋心に水がかかったように思った。
「ジュリシス、ルイーゼを賭けて勝負しないか。俺が勝ったら、ルイーゼは俺の誕生日パーティーに出席する。君が勝てば、ルイーゼは君の誕生日パーティーに。どうだ?」
「勝負の内容は?」
「ここは図書室だから、それにちなんだ勝負にしよう。メアリー先生に本に関するクイズを出してもらう。正解が多い方の勝ち。どうだ?」
「それでいいの? 僕が勝つと思うが……」
「やってみないとわからないじゃないか。いくら君だって、世の中にあるすべての本を読んだわけじゃないだろう?」
「まぁ、そうだけれど……」
ジュリシスは私を見た。いつも迷いのない強気な目をしているのに、なぜか躊躇いを見せている。
本好きのジュリシスが、本のクイズに弱気になるなんて意外だ。
「ねぇ、勝負しなくてもいいんじゃない? パーティーに半々に顔を出せばいいんだし。っていうか、ジュリシスの誕生日、本当は一ヶ月先だし」
「そういう問題じゃない。これは、愛する人を守るための戦いなんだ」
ジュリシスのアイスブルーの瞳から弱気な色が消え、勝負を挑む強気な目で先輩を見据えた。
「この勝負、受けます! ルイーゼは渡さない!!」
その後。ウェルナー先輩が、メアリー先生に勝負の話をした。
メアリー先生は怪訝な顔をしたが、勝負の内容が本に関するクイズだと聞いて瞳を輝かせた。
「二人の知識がどの程度なのか、興味深いわ。特にジュリシス・ベルナーシくんは、図書室の本をたくさん読んでくれているから。あなたのまだ読んでいない本ってあるのかしら?」
「僕は、国立図書館の読書クラブに入っている。ここの図書室で読んでいないからといって、読んでいないと決めつけないでください。メアリー先生、僕の読んだことのない本からクイズを出してください。まぁ、僕が何を読んで何を読んでいないか、当てられないと思いますけれど」
「すごい自信ね。おもしろいわ。じゃあ、問題を考えるから時間をちょうだい。勝負は明日の放課後、五時はどう?」
(明日の五時か……。惚れ薬が切れた後だ)
ジュリシスが惚れ薬を飲んだのは、四時半ごろ。きっかりその時間に効果が切れる保証はないのだけれど……。
私は時間を早めたかったのだけれど、その前の時間はメアリー先生が忙しいということで、明日の五時で決定した。
胸がザワザワとして落ち着かない。惚れ薬が切れたら、どうなってしまうのだろう?