恋の火花
片思い中のウェルナー先輩が、気になる発言をした。
──君と親しくなれたなら、どんなに幸せだろう。
どういうつもりで言ったのか、詳しく聞きたい。親しくなりたいという、その言葉の意味を知りたい。
けれど振り返ってみると、背後にいたのは、やはりジュリシス。
(昨日の屋上といい、今といい、いいところで邪魔してくるんだから!)
気を利かせて立ち去るという考えが、ジュリシスにはないらしい。
仕方がないので、先輩に尋ねるのを諦めて戻るとする。
「さあて、試験勉強しようかな!」
戻ろうとする私を、ジュリシスの腕が遮った。行手を塞ぐ腕を押し退けようとするが、ジュリシスの力のほうが強い。
「もおっ! 邪魔なんですけれど」
「隠し事しないという約束だよね? それなのに、僕に黙って逢引ですか。いい度胸ですね」
「逢引って!? 誤解だよ! たまたま会っただけ」
「本当に偶然? 先輩の姿が見えたから、追ったんじゃないの?」
ぎくっ! 鋭い!!
だが、白旗を上げるわけにはいかない。ジュリシスの目が怖い。肯定したら、恐ろしいことが待っている気がする。
「やだぁ、そんなぁ! そんなわけないじゃない。誤解だよ〜、ふふふ。私が嘘をつくような人間だと思う?」
「うん、思う。ルイーゼは、怒られるのが嫌いだよね。父さんの大切にしている万年筆を無断で使って、蓋を失くしたことがあった。父さんが蓋がないって騒いだのに、お姉さんは黙っていた」
「よく覚えているね!! 大昔の話だよ!」
「五年前は大昔じゃない。蓋を見つけた僕に感謝してください」
「はいはい、感謝していますよー。ジュリシス様、ありがとうございますー。おかげで怒られずにすみましたー」
「すっごい棒読み」
「ハハッ!」
ウェルナー先輩の明るい笑い声が、私たちの会話を中断させた。
「僕は一人っ子だから、君たちの仲の良さが羨ましいよ。……そうだ、ルイーゼ。僕の誕生日パーティーに正式に招待したい」
先輩が制服の内ポケットから出したのは、真っ白い封筒。
差し出された封筒を受け取ろうとするのを、スッと伸びてきた手が横取りした。
「ジュリシス! 返してよっ!!」
「ウェルナー先輩。残念ですが、その日は僕の誕生日パーティーを行うので、ルイーゼは出席できません。これはお返しします」
「ジュリシスの誕生日パーティー!? 聞いていない!!」
「今、決めました」
「勝手に決めないで! そもそも、ジュリシスの誕生日は一ヶ月先でしょ!」
誕生日パーティーの招待状を取り返そうとするが、私の身長は160センチで、ジュリシスは185センチ。
招待状を持った手を天井に向かって伸ばされてしまうと、どんなに跳ねても届かない。
「意地悪! バカバカっ!!」
「ルイーゼ……可愛い」
ジュリシスの胸をポカポカ叩いたというのに、可愛いの言葉とともに抱きしめられてしまった。
ウェルナー先輩が、私たちの体を引き離す。
「いくら仲が良いといえども、やりすぎじゃないかな。ジュリシス、君には失望した。僕の誕生日パーティーに自分の誕生日パーティーをぶつけるなんて、嫌がらせとしか思えない。僕を嫌いで結構。だが、僕とルイーゼの仲を邪魔するな」
「お言葉を返すようですが、邪魔しているのはあなたです。僕とルイーゼの親密な関係を邪魔しないでください」
「いや、邪魔をしているのは君だ!」
「いいえ、あなたです」
「いや、君だね。弟なんだから、余計な口出しは控えるべきだ!」
「弟だからこそ、お姉さんを守る義務がある。泣いているエレナ先輩とすれ違いました。泣かせたのは先輩ですよね? 優しくして勘違いさせて、捨てる。あなたの常套手段だ」
「変なことを言うな! あれはあの女が勝手に……」
「ちょっ、ちょーっと!! 二人とも変だよっ!!」
睨み合う二人の間に入ると、両手を精一杯に広げて二人を遠ざける。
ジュリシスは冷静だが、ウェルナー先輩は怒りで顔を真っ赤にしている。
先輩は常に、上位貴族としての品位ある振る舞いをしている。それなのに、「あれはあの女が勝手に……」なんて、きつい物言いをした。相手の女性に失礼だと思う。
いつものウェルナー先輩に戻ってほしくて、口周りの筋肉を無理矢理に動かして笑う。
「二人とも、どうしちゃったのかなぁ〜? 変だなぁ? いつもの感じに戻ってほしいなぁ。あっ! いいことを思いついた!! 誕生日パーティーを一日ずらすっていうのはどう?」
「俺はずらさないよ。ジュリシスがずらせ」
「嫌です。絶対にあなたと同じ日にやります」
「ずらせ」
「ずらさない」
「ずらせ」
「ずらさない」
「困ったものだ」
ウェルナー先輩は、呆れたように両手を広げた。
「ルイーゼ、頑固な弟くんをどう思う? 迷惑だろう?」
「お姉さん。この人は良い人の仮面をつけているだけで、本当は計算高くて腹黒い。こういう人、嫌いですよね?」
「えっ……」
二人に注目された緊張感で、手汗が吹きだす。
「え、えっと……答えないとダメ?」
「是非とも答えてくれ」
「お姉さん。好きなのは僕だって、言ってやってください」
「あ……っとー、二人ともそれぞれ良いところがあって、素敵だと思うよ?」
私の答えにジュリシスとウェルナー先輩は目を合わせ、それから同時に肩をすくめた。
「僕のお姉さんは優しい。先輩のこと、庇うことないのに。ま、そういうところも好きなんですが」
「ルイーゼは優しいな。昨日の屋上の件もそうだ。リタを責めなかった。女神のような広い心を持つ君に、俺は惚れたわけだが」
「勝手に惚れないでください。僕のお姉さんなんですから、僕が独占する権利がある」
「ジュリシスは頭がいいのに、恋愛だと馬鹿になるんだな」
「先輩は試験の採点を甘くしてもらっているおかげで成績優良を保っていられるわけですが、恋愛だと賢くなりますよね。先輩なら、十股ぐらい余裕でできそう。リタ、平気な顔をしていますが、傷ついていますよ」
「なっ!? 君には関係ないだろう!!」
「やめてーーーっ!!」
言い争いをやめてくれない二人。
私では二人を止められない。どうしたらいいの?