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うっかりかけてしまった惚れ薬のせいで、義弟から責任をとるよう迫られています  作者: 遊井そわ香
第三章 惚れ薬二日目。火花バチバチのライバル対決
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おすすめできない気分転換

 年度末試験まで、あと六日。ジュリシスに誘われて、図書室に来た。

 学校の図書室で勉強する習慣がないので、妙に落ち着かない。

 

 柔らかな西日が差し込む、放課後の図書室。

 人間は無言なのに、音はおしゃべり。鉛筆を走らせている音や息遣いや紙を捲る音が、静寂な空間に不思議な響きを放っている。


 勉強に疲れ、なんとはなしに、隣で勉強しているジュリシスを観察する。

 ジュリシスの横顔は、冴え冴えとした真冬の月のように美しい。

 まず、鼻のラインが完璧なカーブを描いている。アイスブルーの虹彩を引き立てる切れ長の双眸は、知的で冷ややか。赤く色づく唇は、形も厚みも申し分ない。青い髪には艶があり、長めの前髪が色っぽい。


 明日の夕方には惚れ薬の効果が切れ、元のクールなジュリシスに戻る。

 大好きとか可愛いとか、もう言われることがないのかと思うと、妙に寂しくなる。


(元のジュリシスに戻るだけなのに……。仲良くなりすぎちゃった)


 手に持っている教科書から、紙が落ちた。一時間目の休み時間にジュリシスからもらった手紙だ。教科書に挟んでいたのを忘れていた。

 四つ折りの紙片を広げる。


【マイ・スイートラブプリンセス、元気ですか? 困っていることはないですか? なにかあったら、絶対に僕に教えて。隠し事はしないって、約束して。  ルイーゼ姫を守りたい弟より】


 ジュリシスのことだから、真面目な顔をして書いたのだろうと思う。クールな容姿と手紙の内容のギャップに笑ってしまう。

 二時間目の休み時間に、返事を渡した。


【今のところ、困っていることはないよ。隠し事しないって、約束する。なにかあったら報告するね。  ルイーゼ姫より】


 手紙を読んだジュリシスは、


「ルイーゼのことが、もっと好きになった。好きになる気持ちに、上限ってないんだね」


 と、照れくさそうに笑った。

 


「お姉さん。手が止まっている」

「え? あぁ、ごめん!」


 慌てて、鉛筆を持つ。

 静寂を破らない程度の小声で、ジュリシスが尋ねてきた。


「ぼーっとして、なにを考えていたの? 僕のこと?」

「ええっ!?」


 つい出てしまった、大声。司書と生徒たちの視線が痛い。

 ペコペコと頭を下げて謝ると、ジュリシスに肩を寄せた。


「図書室って、落ち着かないね」

「そう? 僕は落ち着く。集中できない?」

「うん、私はね。でも、ジュリシスは落ち着いて勉強できるんだろうから、続けていいよ。私は先に……」


 家に帰るから、との言葉が途絶える。本棚の向こうに消えた後ろ姿が、ウェルナー先輩に見えたのだ。


「ちょっと疲れたから、気分転換してくる」


 席を立ち、ウェルナー先輩がいるだろう本棚に向かう。


「……一日中あなたのことばかり考えて、苦しいの。理想の女性になれるよう、努力するから。頑張るから。だから、お願い」

「無理だ」


 私は足を止め、息を殺した。

 本棚の向こうから聞こえてきたのは、男女の会話。


「本命の彼女じゃなくていいの! 遊びでいい。たまに会えれば、それで……」

「だから、たまに会っていた。それなのに、もっと会いたいと言ってきたのは君だ」

「もう言わないから!」

「じゃあ、一ヶ月に一回会う。これでどう?」


 女性が涙ながらに訴える切ない声音に、同情心が湧く。

 彼女は本気で好きなのだ。遊びでもいいから、関係を続けたいと願うほどに。それなのに、男は冷たい。一ヶ月に一回なんて、私なら嫌だと断る。

 けれど女性は「わかった……」と、涙声で受け入れた。


「話はこれで終わり。試験勉強をしたいから、邪魔しないでくれないか」


 上靴の底が床に擦れる音がし、本棚の向こうから女子生徒が姿を現した。

 見たことのない顔だが、多分、上級生。涙に濡れている緑色の目が、充血している。

 互いに目を逸らし、彼女は足早に私の脇を通り過ぎた。

 私は彼女の後ろ姿を見送ってから、本棚の向こうへと歩いた。

 本を手にしている人に、声をかける。


「ウェルナー先輩って、冷たいですね」

「ルイーゼっ!?」


 ウェルナー先輩は、バツが悪そうに目を泳がせた。


「聞いていたのか」

「すみません。聞くつもりはなかったんですけれど、偶然……。彼女さんですか?」

「いや、友達だ」

「本命の彼女じゃなくて、遊びでいいって聞こえたんですけれど……」

「盗み聞きは感心しないな。偶然聞いてしまったなら、黙っていないと」


 先輩は持っていた本を棚に戻すと、顔を私に向けた。


「ジュリシスは僕のことを腹黒い遊び人だと言ったが、君も思っている?」

「……まぁ、はい。ちょっと思った」

「素直だね。ルイーゼに誤解されたくないから、正直に話す。さっきの彼女は友人だ。だがそう思っていたのは僕だけで、彼女は恋愛感情を持っていた。僕は友人として美術館や音楽会に出かけたが、彼女はデートだと思っていたらしい。だが、彼女を好きだと言ったことはないし、将来を匂わせる発言もしていない。彼女が勝手に思いを募らせていただけだ。理解してくれた?」

「まぁ、はい……」

「納得いかないって顔をしている」

「だって、あの人、泣いていた……」

「泣ける人は、いいよね」


 先輩は力なく笑うと、青灰色の瞳に寂しさを浮かべた。

 

「僕は、自分の人生なのに選択権がない。学校も将来の職業も結婚も、親の命令に従わなくてはならない。だが、僕だって人間だ。個人的感情がある。親と考えが同じわけじゃない。──好きな女性がいる。だが、彼女は庶民。親に反対されるのが目に見えている。彼女への想いを断ち切るために、寄ってくる女性と時間を過ごしてしまう。ジュリシスの言うとおり、僕は腹黒い遊び人なのだろう。……君と親しくなれたなら、どんなに幸せだろうって思う」

「先輩……」

「お姉さん。これが気分転換ですか? おすすめできない気分転換ですね」


 ジメッとした低い声。振り返らなくてもわかる。ジュリシスだ。

 


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― 新着の感想 ―
うわああああああ、と叫びそうになりました。 ジュリシス君のジメッとした低い声。想像しただけでもゾクゾク怖くて最高です! ルイーゼさんがんばれ! ルイーゼさんのお姉さんとして頑張ろうとしながら、そのまま…
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