紫色の小瓶
ウェルナー先輩への恋慕が、反発心を起こす。
「違います! 先輩は悪い人じゃありません!! 侮辱しないでください!!」
「その先輩がいい人か悪い人かは、さておき。この恋に望みはないわね。ルイーゼのお父さんは、官僚なのね。仕事ができるし、人間関係を築くのが上手。うまく立ち回って、敵を作らないタイプね。今は新人を育てる役職のようだけれど、これからどんどん出世して、最終的には宰相の補佐役を務めるみたい。平民なのに、そこまで出世できるのはすごいわ。でも残念ながら、それは二十年後の話。その先輩は、卒業後すぐに親から婚約者をあてがわれる。相手は、伯爵家の娘。でも、がっかりしなくていいわよ。ルイーゼなら、その先輩の愛人になれる」
「あ、あい、あいじ……」
目の前が真っ暗になり、舌がピリッと痺れた。
的中率百パーセントというのを、疑いたい。信じたくない。けれど、父のことをまったく話していないのに、平民出身の官僚だというのも、新人指導係だというのも当てられてしまった。
「わ、私、純愛派なので……あ、愛人とか、ちょっと……」
「ダメなんだ? ふーん」
アメリアは、また水晶に手をかざした。ややあって、不気味な笑いをこぼす。
「ふふふふふ」
「な、なんですか!?」
「ごめんなさい。ルイーゼは純愛派なのに、禁断の愛に引っ張られる運命なのが、おかしくて。あなたの未来は、二つに大きく分かれているわ。一つは、その先輩の愛人。もう一つは……あはははははっ!!」
「なんで笑うんですか!?」
「だって、監禁されているんだもの」
「かっ、かかかかかかか……っ!!」
「あ、心配しないで。犯罪に巻き込まれるわけじゃないから。ヤンデレ愛が暴走した成れの果ての監禁」
「∴✳︎☆♨︎!!」
血が逆流し、頭が爆発したかのような衝撃度。
私は椅子から立ち上がって、水晶を間近で覗き込んだ。それから手をかざしてみた。なにも見えないし、なにも感じない。
「無理です無理です!! 心配しかないです!! 私、今まで平凡で穏やかな人生を過ごしてきたんです。これからも、平和な人生を歩みたいです! その二つの未来以外はないんですか!?」
「残念ながら、ヤンデレくんの執着愛がすごくて。ルイーゼって、モテるのね。いろんな男性が寄ってくるんだけど、全部ヤンデレくんが潰している。あなたに逃げ場ナシね」
「いやぁーっ!! ヤンデレ、こわーーいっ!!」
私は両手を頬に当てて絶叫しているというのに、アメリアは大口を開けて笑っている。
なんてひどい魔女。他人事だと思って!
「そんな未来イヤですっ! 助けてください!!」
机を両手でバンっと叩く。アメリアは目尻の涙を拭った。
「いいわよ。助けてあげる。私は性格の良い魔女ですから」
アメリアは優しい微笑みを浮かべると、テーブルの端に置いてあった小瓶を私の前へと滑らせた。
「え?」
二人がけの小さなテーブルなのに、今まで小瓶が目に入らなかったなんて変。
誰も座っていなかったはずの揺り椅子。水晶しか置いていなかったはずのテーブルの上。魔女アメリアも、この店も、怪しさ満載。
私は、紫色をした半透明のガラス瓶を見つめた。瓶の中には、液体が半分ほど入っている。
香水瓶のような形でおしゃれだが、お断りだ。
「無理です。飲みたくないです」
「飲めなんて言っていないわ。持っているだけでいいの」
「持っているだけで? 本当?」
「そうよ。その可愛らしいおててで、大切に家に持って帰ってちょうだい。そうしたら、監禁される未来は阻止できるわ」
「本当に?」
アメリアは、ボリュームのあるまつ毛に縁取られたアメシスト色の瞳をキラキラと輝かせた。
「水晶で見えた未来、素敵だったわ。私の好みとしては、ヤンデレ監禁ルートでもいいと思うの。どんな未来なのか、話してあげる。それを聞いてから、どうすればいいか決めたらいいわ。ヤンデレくんとの刺激的な関係を望むなら、小瓶を受け取らない。ヤンデレくんと普通の生活がしたいなら、小瓶を受け取る」
「わかりました」
「あなたって素直ね」
アメリアは微笑むと、テーブルに両肘をつき、指を組んだ。
甘美な音楽を聴いているかのようなうっとりとした表情で、アメリアは語り始めた。
ꕤ*。゜ꕤ*。゜ꕤ*。゜
学園を卒業したルイーゼは、彼氏が用意した屋敷に住むために家をでた。家の前に立っていた人物に声をかけられる。
「送ってあげる」
「ありがとう」
しかし、馬車に揺られているうちにルイーゼは眠ってしまった。渡された水に、睡眠薬が入っていたのだ。
ルイーゼが目を開けると、大きなベッドの上にいた。
「ここは?」
「僕たちの家です。僕たちはここで、一生を過ごす。ルイーゼ。僕だけを見つめ、僕だけに触れられ、僕だけのために生きて」
「なにを言っているの……?」
恐ろしくなったルイーゼが身を起こそうとしたが、両手が鎖で繋がれており、起きあがれない。
自由な足をバタバタさせていると、彼が笑った。
「スカートが捲れたよ。僕に可愛がられたい?」
「イヤっ! 助けて!!」
「誰に助けを求めたの? この家には、僕とルイーゼしかいないのに」
「先輩が私のことを探してくれる! 私たち、愛し合っているもん!」
「むかつく」
男はベッドに乗ると、ルイーゼの首に触れた。
「あの男のことは忘れて。呼んでいいのは、僕の名前だけ。そうしないと嫉妬して、あの男をこの世界から消しちゃうかもよ」
「ひどい……」
彼の手が伸び、ルイーゼの目からこぼれる涙を拭う。それから唇を寄せ、ルイーゼの目尻を舐めた。
「僕たちだけの合言葉を考えたよ。お腹が空いたら『愛している』。トイレに行きたいときは『キスしたい』。歩きたいときは『私を好きにしていいよ』って言って」
「手錠を外して!」
「その合言葉は決めていなかった。そうだな……『手錠じゃなくて、首輪がいい』にする?」
「最低!!」
暴れるルイーゼ。彼は、ルイーゼの体の上に乗った。
「ルイーゼがずっと好きだった。初めて会ったときから、ずっと。……あいつになんか絶対に渡さない。ルイーゼを愛するのは、僕一人でいい」
ꕤ*。゜ꕤ*。゜ꕤ*。゜
「さて、ルイーゼ。どうする?」
「もちろん絶対に、小瓶をいただきますっ!!」
「えぇ〜、刺激的な人生を送ろうよ」
「普通の人生がいいです!!」
アメリアは不貞腐れているが、とんでもない未来を聞かされた私は心臓がバクバク。ヤンデレくんが誰だか見当もつかないが、絶対に接触したくない!
アメリアは、占い料と小瓶代と中身の薬品代をきっちりと請求してきた。なんて強欲な魔女。
私は「高すぎる! お小遣いがなくなった!」と文句を言いながら、支払った。
占いの店を出て、歩く。
「なーんか納得いかないんだよね。怪しすぎる。大体、瓶を持っているだけで、危険な未来を阻止できるってどういうことなの? ……はっ! もしかして騙された!?」
きっとそうだ、騙された。ヤンデレくんの話も嘘に違いない。私のまわりに、そのような危険人物はいない。