結婚します
声を聞いてジュリシスだろうと思ったが、顔を向けると、やはりジュリシスだった。
「盗み聞きしないでよ」
「ドアが少し開いていました。よって盗み聞きではなく、たまたま聞こえたが正解。確認したいのですが、断りますよね?」
「なんで?」
「僕こそ、なんで? と聞き返したい」
「だって、誕生日パーティーだよ。普通のパーティーじゃないんだよ。祝いたいじゃない」
「お姉さんは、僕の誕生日だけ祝えばいいんです」
「独占欲強すぎ! ウェルナー先輩は、美術部の部長だもん。お世話になっている人の誕生日を祝ったっていいじゃない」
「だったら学校で、誕生日おめでとうと言えばいい。プレゼントは無しで。パーティーに行く必要は、まったくない。時間の無駄です」
「勝手なことを言わないで!」
私の両親は、あまり口出ししてこない。私の好きなようにさせてくれる。だが、ノーラは「うちの両親、口うるさくて」と不満を口にすることがある。
ノーラの憂鬱さが、よくわかった。独占欲を剥き出しにしたジュリシスは、口うるさい。
「私は誕生日パーティーに行くし、プレゼントも渡す」
「却下」
「勝手に却下しないで! なんでダメなの?」
「相手が、腹黒い遊び人だからです。ルイーゼを弄んで、捨てるに決まっている」
「えぇ?」
私はウェルナー先輩のことを、優しくて親切で上品で麗しくて勉強もスポーツもできる、かっこいい人だと思っている。腹黒い遊び人とのイメージはない。
(どういうこと? ジュリシスが嘘をついているの? それとも、先輩には私の知らない裏の顔があるの?)
ジュリシスは私の前に立った。先輩を見るのに、思いっきり邪魔である。
体を斜めに傾けて、先輩を見る。目が合うと、先輩は困ったように微笑んだ。
「腹黒い遊び人だなんて、ひどい言いようだ。ジュリシスは、僕のことが嫌いなようだ。僕は、嫌いじゃないんだけどね。残念だ」
ジュリシスは体を反転させると、ウェルナー先輩に向き合った。
「好き嫌いではなく、情報を基に言っています。僕がなにも知らないとでも? ルイーゼにちょっかいを出さないでください」
「家族仲が良いというのは、素晴らしいことだと思うよ。だが、ルイーゼを束縛して困らせている。困った弟くんだ。お姉さんが幸せになるのを、応援してあげたら?」
「お姉さんの幸せは、僕のところにある。あなたには絶対に渡さない」
「君は誤解している。僕は、遊びでルイーゼに声をかけているんじゃない。本気だ」
「いいえ。僕の本気に比べたら、あなたのそれは遊びです。結婚の相手じゃないのなら、手をださないでください」
「君だって、結婚できないじゃないか」
「いいえ、結婚します」
「本気かい? まさか……ルイーゼを姉ではなく、女性として好きなのかい?」
「はい」
「わあぁぁぁぁぁーーーっ!!」
慌てて、ジュリシスの口を塞ぐ。
結婚という超衝撃的爆弾発言に、声が裏返ってしまった。
「ここ、この、この子はなにを言っているのかなぁ!?」
私の手をどけようと、暴れるジュリシス。私はその耳に、最終秘密兵器を吹き込んだ。
「パパから、姉弟の距離を保つようにって言われたよね? 約束を破ったら、学校に来られないよ?」
ジュリシスの両手がだらりと垂れる。おとなしくなったのを確認してから、先輩に愛想笑いを向ける。
「おほほほほ。ジュリシス、勉強疲れで変になっちゃったみたい。家でゆっくりと休ませますので、帰ります。さようなら!!」
ジュリシスの口を塞いだまま後退りし、美術室から飛び出る。
廊下を数歩下がったところで、ジュリシスの手首を掴んで猛ダッシュする。
(まったくもう! 先輩の前で、なんて発言をするのよーーっ!!)