伯爵子息ウェルナー先輩
「ウェルナー先輩っ!?」
「ウェルナーっ!?」
私とリタは同時に叫んだ。
「いつからそこに!?」
「君が、セクシーな水着でジュリシスを誘惑すると話したところから。ジュリシスを酒で酔わせて、なにをする気だったの? 教えてよ」
私は、リタとウェルナー先輩を交互に見た。
先輩は、余裕のある優しげな笑みを浮かべている。対して、リタはおどおどとしている。
悪事がバレてしまったからだろう。落ち着きのない仕草で、髪の毛先をいじっている。
「別になにも……。弱みを握りたかっただけです。お酒に酔うと、人によっていろいろとあるでしょう? 笑い上戸になるとか泣くとか、自分語りを始めるとか。ジュリシスは普段澄ましているけれど、お酒を飲んだら素が出るはず。ああいう澄ました人ほど、おもしろいものが見られると思いましたの」
「なるほど。では、セクシーな水着で誘惑するというのは?」
「それは……私ではありません。……カタリナです」
「へっ!?」
裏返った声をだしたのは、取り巻き女子三人組の一人。ぽっちゃりとした体型の、愛嬌のある顔の女子である。
カタリナはリタを見たが、リタは誰も見ていない。空を仰いでいる。
カタリナに罪を着せて、逃げることにしたらしい。
「あー……は、はいっ。そうです! 私、ジュリシスが好きで、それで、セクシーな水着を着て誘惑しようと考えました!」
「君が? ……まぁ、いいかもね。ジュリシスがリタに靡かないのは、君みたいな肉感的なタイプが好みなのかもしれないね」
カタリナの顔は、恥ずかしさで真っ赤に染まっている。
リタの取り巻きをするのも大変だと、同情しかない。
ウェルナー先輩が、私の名前を呼んだ。
「ルイーゼ、話がある。君たちは教室に戻っていいよ。あ、ミリアは残って」
「えっ……」
ミリアはなぜ自分が残されるのかわからないようで、動揺した眼差しをリタに送った。
リタは今度は、ミリアの視線を受け止めた。戸惑いがちに尋ねる。
「ウェルナー、どうしてミリアを?」
「君には関係ない」
バッサリと切られて、リタは悔しそうに唇を噛んだ。
私は、友達だから関係ありますと言えばいいのに、と思った。けれど、リタは言い返すことはせず、取り巻き女子三人組と一緒に屋上から姿を消した。
屋上にいるのは、私とミリアとウェルナー先輩。
変な組み合わせに私とミリアが困惑していると、ウェルナー先輩が意外な人の名前を口にした。
「アダム」
呼ばれて貯水槽の影から姿を現したのは、私たちのクラスの学級委員長。
黒縁メガネと、ボサボサの髪。目の下に散らばっているそばかす。
朴訥で真面目なアダムの登場に、私もミリアも呆然とした。
「どうしてここに?」
「ルイーゼとミリアを助けてほしいって、僕のクラスに来たんだ」
「アダムが? そうなんだ。ありがとう」
お礼を言ったが、アダムの反応はない。
先輩の手がアダムの背中を押し、優しい声音で促す。
「君が本当に助けたかったのは、ルイーゼではないんじゃない? 勇気をだして、君の気持ちを言葉にしてごらん」
「はい……」
アダムは唇を含むと、ミリアを恐る恐る見た。緊張した手つきで額を掻き、黒縁眼鏡を押し上げた。
「あの……ルイーゼがリタに連れて行かれるのを見たから、ウェルナー先輩に助けを求めたんだ。僕は……ずっと前から、ミリアが心配だった。かなり無理して、リタに付き合っているように見えたから……」
「…………」
「体、丈夫なわけじゃないよね? もしかして、あんまり強くないんじゃない? パーティーがあった翌日は、疲れた顔をしているし。お腹を押さえているときもある。体調が悪いとき、あるよね。でも、いつも笑っている。だから、余計に心配なんだ。無理しているんじゃないかって……。リタと仲良くしているのは、交友関係を広げるためだって聞いたけれど……。余計なお世話だろうけれど、自分の体を大切にしてほしい。体を壊してしまったら、元も子もないよ。僕は、ミリアが作るドレスが好きだよ。才能が感じられて、将来が楽しみなんだ。だから、自分を大切にしてほしい。体がつらいときは、僕に言って。助けてあげられること、なにかあると思うし……」
つっかえながら話す、アダム。決して上手な話し方じゃない。けれど、ミリアを心配している気持ちが伝わってきて、胸が熱くなった。
隣にいるミリアを見ると、笑顔を浮かべている。
「ありがとう。好きなのは、私が作るドレス?」
「うん」
「私のことは好きじゃないんだ?」
「えっ!? あ、あの、え、あの……」
しどろもどろな返答が微笑ましい。
「青春だぁーーっ!!」
叫んだ私に、ミリアが
「茶化さないで。アダムは真面目なんだから」
と、注意してきた。
本来なら、ふざけるのが好きなミリアが茶化す場面。けれど、ミリアはアダムの味方をした。
ミリアの中で、アダムを見る目が変わったのだ。
ミリアは、ウェルナー先輩にさっぱりとした明るい顔を向けた。
「リタに注意してくれて、ありがとうございました。私もあの作戦どうかなって、反対する気持ちはあったんです。でも、言えなくて……」
「礼を言うのは、僕じゃない。ルイーゼだ」
「私!? 私はなにもしていないよ!」
私は、顔の前で両手をぶんぶん振った。そのことに、三人は驚いた顔をした。
「なにもしてないって……。立派な発言だったと思うけどね」
「そうだよ。あのリタに意見が言えるなんて、すごいよ!」
「ルイーゼ、かっこよかったよ!」
「照れるぅー!」
三人から褒められて、恥ずかしさから顔を覆った。
そんな私に、ミリアが
「可愛い! ジュリシスがシスコンになるわけだ。罪なお姉さんですねぇ」
そう茶化すものだから、ますます頬が熱くなった。