プールパーティーの誘い
食堂を出ると、リタが廊下の壁に背中を預けていた。手脚が長いので、何気ないポーズでも様になっている。
「ついてきて」
リタが先頭に立って歩く。ミリアが私の隣に来たので、小声で「どこに行くの?」と尋ねたが、無視された。
ミリアの他に、三人の女子生徒が後をついてきた。
リタには、たくさんの取り巻きがいる。彼女はグロリス学園の女王様。
リタは、屋上の扉を開けた。心地良い風が肌を掠めていく。
屋上の金網の前で、リタは足を止めた。くるりと身を翻し、顎をしゃくった。
すると、後をついてきていた三人の女子生徒が私を囲った。ミリアはリタの横で、うつむきがちに立っている。
リタのぽってりとした赤い唇が、にこりと笑った。
「ジュリシスと仲が良いみたいだけれど、どういうことかしら?」
「別になにもないですけれど、家族なので……」
「でも昨日までは、一緒に登校していなかったし、ランチも別々だった。なにかあったのでしょう?」
「えっとー……、ジュリシスはなんて言っていますか?」
「親から仲良くするよう言われたと、話していたわ」
「そうそう! そうなんですっ!! 私たちの仲の悪さを見兼ねた両親が、仲良くするよう言ってきたんです! それで一緒に登校したり、ランチを食べたりしてみたんですけれど、いつまで続くかって感じです!」
「ふ〜ん」
リタは小首を傾げたが、「親が言うなら仕方ないわよね」と納得したようだった。
私は、助かったと胸を撫で下ろした。
「ところで、お願いがあるの。ジュリシスが私の彼氏になるよう、協力してくれない?」
「彼氏……。協力しますけれど、ジュリシスでいいんですか? 顔と頭はいいですけれど、平民だし、性格もちょっと……」
「私は身分より、見た目のいい才能ある男が好きなの。だって、貴族ですって首からプレートを下げて歩いたりしないでしょう? 街を歩くぶんには、貴族とか平民とか関係ないわ。私の隣を歩くのは、ジュリシスくらいかっこいい男じゃないと」
「まぁ、見た目はいいですけれど……。でも、ジュリシスって人を愛する心がないんじゃないのかなって、そこが心配で……」
「そうなのよ!!」
リタは握った拳を震わせた。
リタが言うには、今までどんな男でも手に入れてきたらしい。さすがは、小悪魔美少女リタである。
だが、そんなリタが初めて屈辱と挫折を味わったのが、ジュリシス。恋愛の手練手管を駆使しても、一向に靡かない。そればかりか、「君に一ミリも興味がない」と冷たくあしらう。
「私が振られるなんて、ありえない! 私は伯爵令嬢なのよ。誰もが、私を羨む。血筋も権力も美も才能も、すべてを持ち合わせた完璧な女なの。その私を一ミリも興味がないなんて、そんなの許せない!!」
「ええ、許せませんわ!」
取り巻き女子三人組が、リタに同意する。
ミリアが、屋上に来て初めて口を開いた。
「ジュリシスって、どういうタイプの女の子が好きなの?」
「そういう話、したことがないからわからない。グループデートしてみたら? って提案したことがあるんだけど、バーカって言われた。恋愛に興味がないみたい」
「バーカって、ふふっ、仲が悪いわね。笑える」
リタが鼻で笑い、取り巻き女子三人組も吹いた。
「ミリア。あのことを話してちょうだい」
「はい。ルイーゼ、聞いて。リタは、ジュリシスを彼氏にしたいの。でも正攻法じゃ、ジュリシスを落とせない。そこで、私たち考えたんだよね。明日のパーティーで、ちょっとした作戦をとろうって。だから、協力してくれないかな。ジュリシスとルイーゼ、二人でパーティーに来てくれない?」
「私もいいの?」
「ルイーゼが、どうにかして引っ張って来てよ」
「う〜ん……。あの人、賑やかな場所が嫌いだから……。犬みたいに首輪をつけて引っ張ってこないとダメかも」
ジュリシスをパーティーに参加させるのも難しいのに、プールパーティーだなんて、ハードルが高すぎる。
困っていると、取り巻き女子三人組が話しだした。
「三軍生徒がパーティーに呼ばれるなんて、光栄なことなのよ。リタ様に感謝しなさい」
「パーティーを楽しむのはいいけれど、明日はリタ様とジュリシスが主役なんだから、そこは弁えてよね」
「中の上の生徒を三軍って呼んでいるの。私たち三人も、三軍なんだ。三軍同士、仲良くしよう」
前にミリアが「特別に見せてあげるけれど、絶対に内緒だからね」と念押しして見せてくれた、極秘リスト。
グロリス学園の生徒たちが、一軍から五軍に分けられていた。
ミリアは誰がリストを作ったのか教えてくれなかったけれど、一軍に名前のある生徒だろうと思う。
(三軍に自分の名前を発見したときは嬉しかったけれど、やっぱりこういうのってよくない。生徒をランク付けするなんて、悪趣味だよ)
頑固なジュリシスをプールパーティーに連れていく自信もないし、三軍同士仲良くしようと誘われるのも嫌だ。
どうやってこの場を切り抜けたらいいのか困っていると、取り巻き女子の一人がノーラの名前を出した。
「ノーラといるより、私たちと仲良くしたほうが得だよ」
「ノーラ?」
他の二人が首を傾げたので、ぽっちゃりした体格の女子が説明を加えた。
「今日のお昼、ルイーゼの隣にいたじゃない。ダサい丸メガネをかけた地味な子」
「いたっけ?」
「存在感が薄すぎて、記憶にないって感じ? あの子、五軍だからね」
「あははっ! 五軍の生徒だから、目に入らなかったんだ。うける!」
「ルイーゼ、地味子と仲良くするのはやめなよ。恥ずかしい」
「そうそう! うちらが友達になってあげるから」
勝手なことばかり言う、取り巻き女子三人組。
リタの取り巻きをやっている分には勝手にどうぞ、だけれど、親友を悪く言うのは許せない。
「私の友達を悪く言わないで! 一緒にいると楽しいし……」
「話が変わっている。主役は私よ。私の話を聞きなさい」
ノーラの良さを訴えようとしたが、それをリタのよく通るソプラノ声が遮った。
女王様の威圧感を出しているリタに、私も取り巻き女子三人組も口を閉ざした。