学食で一緒にランチ
お昼休みの学食。友達のノーラと昼食を食べようとしていると、トレーを持ったジュリシスが誰かを探しているのが目に入った。
「私を探しているのかも!? 隠れるね!」
「えっ?」
「ジュリシスが来ても、私はいないって言って!」
テーブルの下に身を隠す。
用務員のおじさんが私たちの抱擁を見ていないと信じているが、学園の関係者にこれ以上、私たちの危ない関係を知られるわけにはいかない。
ジュリシスの靴が、私が隠れているテーブルの前で止まった。
「ノーラ。ルイーゼは?」
「えっと……いない、かな?」
「そうなんだ。このトマトパスタは誰の?」
「えっと……私の、かな?」
「きのこパスタの他にトマトパスタも食べるんだ? ノーラは小柄なのに、食欲旺盛だね」
「えっと……朝ご飯、食べてこなかった、みたいな?」
優しくて気の弱いノーラに、これ以上嘘はつかせられない。
私はテーブルの下から這いだした。
「あれぇ? フォーク落としたように思ったけれど、ないなぁ? あぁっ!! トレーの上にフォークがあった! うふふ、勘違い」
「ルイーゼ。一緒にお昼を食べよう」
「大切な話がある。ちょっとこっちに来て」
私はジュリシスを柱の影に連れて行くと、ひそひそ話をしようとした。けれど、耳に届かない。
私の身長は160センチで、ジュリシスは185センチ。25センチの身長差が憎い。精一杯爪先立ちをしても、ジュリシスの耳に届かない。
ジュリシスはクスッと笑うと身を屈め、私の唇の前に耳を持ってきてくれた。
よろけないようにジュリシスの肩に手を置き、ひそひそ声を耳に吹き込む。
「あのね。手紙、読んでくれた?」
「うん」
「僕だけのお姫様になってほしいなら、学校でのスキンシップは禁止。できる?」
「肩に手を置いているけれど、これは?」
「制服の上だからセーフ」
「じゃあ、僕も制服の上から触っても……」
「それはダメ。ジュリアーノのお姫様になっちゃうよ」
「絶対に触りません」
「よし!」
私はノーラの隣に戻り、ジュリシスは私たちの座るテーブルの反対側に着席した。
ジュリシスの扱い方がわかってきた。ジュリシスは、惚れた相手への独占欲が強いらしい。それを利用すればいいのだ。
私は、三時間目の休み時間にジュリシスに手紙を渡していた。
【学校でのスキンシップ禁止。好き、愛しているなどの言葉も禁止。姉と弟としての距離感を守れるなら、ジュリシスだけのマイ・スイートラブプリンセスになってあげます。 あなたのルイーゼ姫より】
手紙の効果は抜群で、ジュリシスは無言でサンドイッチを食べ始めた。
これが、私たち本来の距離感。私たちは、学校で話さない。
入学してまもなくの頃、ジュリシスが「学校では僕に話しかけないでください。危険なので」と言ってきたのだ。
なにが危険なのか、わからないけれど。
ノーラはチラチラっとジュリシスを見ていたが、パスタを半分ほど食べた頃、質問してきた。
「ジュリシスくんがルイーゼとお昼を食べるなんて、初めてだね。なにかあったの?」
「特になにもないけれど、長年のわだかまりが解けて、普通に仲良くなったって感じかな」
「そうなんだ。良かったね」
ノーラは、おとなしくて恥ずかしがり屋。友達は私しかいない。
目立たない子だけれど、教室の花瓶の水を変えたり、欠席の生徒のプリントを折って机の中に入れたり、掃除当番を代わってあげたりしている。
そんな優しいノーラが、私は大好き。
透き通った泉のような心を持っているノーラに嘘をつくのは心苦しいけれど、三日の辛抱。
三日後には、私とジュリシスは解けたはずのわだかまりが復活している。
私とノーラは他愛のない話をし、ジュリシスは黙々とサンドイッチを食べている。
ノーラが、水のお代わりをしに席を立った。
「私たちの話、聞いているの退屈じゃない?」
「そんなことない。ルイーゼが花柄が好きって、初めて聞いた。貴重な情報を手に入れられて、興奮している」
「最近好きになったんだよね。前は、クマプーっていうキャラが好きだった」
「あぁ、だから、ベットカバーやスリッパがクマなんだ。この人、そんなに熊が好きなら山に住めばいいのにって思っていた」
「あのねぇ、私が好きなのは人間と仲良しのクマプーであって、野生に生息している熊じゃないからね?」
「完全に誤解していた。そっか、だから他愛ない会話が必要なんだね。勉強になった」
先生も生徒たちも、ジュリシスをなんでもそつなくこなすクール人間だと思っているが、ジュリシスは頭が良すぎて思考がちょっとずれている。
そのことを知っているのは、私たち家族だけ。
「ジュリシスって、思考がちょっとズレているよね。人間味があって、私はいいと思っているけれど」
「僕も、お姉さんは相当にズレていると思っている。そこがたまらなく可愛いと思っているけれど」
「あのねぇ! 私は『ちょっとズレている』って言ったんだよ! それなのに『相当にズレている』ってなに!? そういうところがズレているの!」
「大丈夫。お姉さんの怒った顔が見たくて、わざと言っているだけだから」
「もぉっ!!」
私に惚れていても、意地悪なことは言えるらしい。それとも、好きな子ほどいじめたくなるというヤツ?
困った人だ、と呆れていると、右前方のテーブルにいるリタが視界に入った。不機嫌全開の顔で睨んでいる。
目が合った私たち。リタは親指で、食堂の出入り口を指した。
「ルイーゼ?」
「え? ああっ……」
黙り込んだ私を、ジュリシスは不審に思ったのだろう。だが、ノーラが戻ってきたので、私とジュリシスの会話は終了した。
ジュリシスはリタに背中を向けているので、私たちの無言のやりとりを知らない。
私は急いでパスタを食べ終えると、トイレに行きたいからと席を立った。
ジュリシスとノーラを巻き込むわけにはいかない。私一人でどうにかしないと。