あやしい魔女の店
「ここが魔女の店かな?」
クラスメートが書いてくれた地図を頼りに、歩いてきた。
華やかな店が並ぶ表通りとは違い、裏通りは年季の入った古い建物が多い。
「バーの隣だから、合っていると思うんだけど……」
いまいち自信が持てないのは、看板に魔女の店だと書いていないから。
レンガ造りの建物から突き出している看板には、三日月みたいな瞳をした黒猫の絵が描いてある。
店を教えてくれたクラスメートのミリアが言うには、この黒猫の看板こそ、魔女の店である証……らしい。
私は、おそるおそるドアノブに手をかけた。古ぼけた木の扉を手前に引く。
ドアチャイムはなく、店内はひっそりと静まり返っている。
「こんにちは。魔女の占いの店って、ここですか?」
カーテンが閉じているため室内は薄暗く、暖炉の前に置いてある揺り椅子には誰も座っていない。
人の気配がしない。
「あのー……誰もいないんですか?」
「にゃあ〜」
「わっ!?」
まさか、返事が猫語でくるとは思ってもいなかった。
猫の鳴き声がしたほうに視線を下げると、テーブルの下に黒猫が寝そべっている。
私はしゃがみ込むと、体の毛を舐めている黒猫に話しかけた。
「キミが魔女さん?」
「にゃ」
「ふふっ。そんなわけないよね。ねぇ、魔女さんはどこにいるの?」
「ここにいるわよ」
「わあっ!?」
今度は猫でなく、人間語。びっくりして、お尻を床に打ちつけてしまった。
「うー、イタタ……」
「そんなに驚くことないじゃない」
キシ、キシ……。
椅子が揺れる。
さっき、私はこの目で見た。暖炉の前に置いてある揺り椅子には、誰も座っていなかった。それなのにいつの間にか、綺麗な顔をした女性が座っている。
さすがは魔女の店。驚くことばかりだ。
私は目を擦ると、魔女を観察した。
魔女は、紫色のロングドレスを着た二十代半ばぐらいの女性。頭に紫色のベールを被っており、その上からアメシストのネックレスを巻いているのがおしゃれ。
「あの、さっきはいませんでしたよね?」
「そう? ところで、なんの用?」
「はい! 占いをしてもらえるって聞いて来ました。すごく良く当たるって」
「そうよ。私の占いは、的中率百パーセントなの」
「えっ? すごい!!」
的中率百パーセントにまたまた驚いていると、魔女は鈴が鳴るような綺麗な笑い声をあげた。
魔女の店を教えてくれたクラスメートのミリアは、
「若くて綺麗な魔女なんだけれど、嫌な女なの。彼氏が欲しかったら、計算高い性格を直せって言うのよ。ま、そこは自分でも認めるけどね。でも、これは許せない。ジュリシスは諦めろ。アダムと付き合えって言うのよ! なんでおしゃれな私が、ダサいメガネ男と付き合わないといけないのよ。ふざけている!!」
そう、激怒していた。
(的中率百パーセントということは、ミリアとアダムが付き合うっていうのも当たるのかな? ファッションリーダーのミリアと、真面目な学級委員長が付き合うって、想像できないけれど……)
私と魔女は、テーブルについた。
丸いテーブルの中央に置かれているのは、紫色の台座に乗った大きな水晶。覗き込んでみたが、なにも見えない。
「目が寄っている。あなた、おもしろい顔をしているわよ」
「あ、すみません」
恥ずかしくなってモジモジしていると、魔女は真っ赤な唇に笑みを乗せた。
「私の名前は、アメリア。占いだけでなく、薬草作りとか、呪術とか。いろんな商売をしているの」
「そうなんですね。私は、ルイーゼ・べルナーシって言います。グロリス学園高等部の一年生です」
「で、今日はなにを占ってほしくて来たの?」
恋愛相談は友達に散々してきたけれど、占い師に相談するのは初めて。私はドキドキしながら、好きな人のことを話す。
「同じ学校の先輩が好きなんです。三年生で、名前はウェルナー・シュリンツ先輩。すごいことに、学園長の息子なんです」
「別にすごくはないんじゃない? この国には学校が四万校ぐらいあるんだから。学園長の息子なんて、そこらじゅうにいるわよ」
「そう言われてしまうと……。あ、そうそう! 貴族なんです! シュリンツ伯爵家の長男なんです!!」
「私、貴族って嫌いなのよね。血統を自慢する割には、人間性が薄っぺらくて。大事なのは血液や遺伝子ではなく、その人がどう生きるかだと思わない?」
「あー……はい……」
ミリアが「嫌な女」だと言っていたのも頷ける。アメリアは毒舌だ。
占ってもらうのが怖くなって、私は黙り込んだ。
アメリアは水晶に手をかざすと、「こいつか……」と、苦々しげにつぶやいた。
「私の好きなタイプじゃないわ。ルイーゼは、この人のどこを好きになったの?」
「あー……私は好みのタイプです。上流貴族らしい上品な顔をしているし、優雅だし。私、美術部なんです。ウェルナー先輩は美術部の部長で、それで仲良くなったんです。優しいし、親切だし、紳士だし。勉強もスポーツもできる、完璧な人なんです」
ウェルナー先輩のことを話すと、体温が上がる。顔が真っ赤になっているだろうな、と恥ずかしくなっていると、アメリアが目頭を指先で押さえた。
「あー、ごめんなさい。高等部の一年生っていうと、十五歳?」
「いえ、十六歳です。誕生日を迎えたので」
「若いからしょうがないとは思うけれど。このウェルナーっていう人、見た目と中身が全然違うわよ。優しくないし、親切でも、紳士でもない。勉強とスポーツはできるでしょうけれど、完璧人間ではない。信じるか信じないかはあなた次第だけれど、この人、損得勘定と下心で動いている腹黒人間よ。ま、世の中には、悪い男が好きだという女がいるから。そういう人にはピッタリだと思うけれど」
「そんなぁ!」
新入生のための部活動紹介。美術部部長として演壇に立ったウェルナー先輩に、私は一目惚れした。
私は絵を描くのが好きだから、速攻入部した。たいして実力もない私に、ウェルナー先輩は親切に指導してくれた。
そんな人が、腹黒人間?