09.暴発
あんな大変な状況の中でも、あたしのことを気にかけてくれてたんだ。いくらゲームだと思っていたって、モンスターとのバトル中にあたしのことなんか、構ってる余裕はないはずでしょ。それなのに……嬉しい。
はからずもクリスに大切に想われていることを知って、マリアは今だけリートに少しばかり感謝した。
あんなことがなければ、普通に遊園地で遊んで帰るだけだった。クリスからこんな言葉を聞くことは、まずなかっただろう。
そう考えれば、悪いことばかりではない。
「どうかした?」
急に黙ってしまったマリアの顔を、クリスが覗き込む。ふいに目が合ってしまって、マリアは赤くなってしまった。
普段の学校では、差し向かいでしゃべっているのに。唐突に目が合うと、妙に照れてしまう。
「あ、何でもないの。あの、えっと……」
何でもないと言いながら、しっかりしゃべれていない。
「そ、そうだ、ゲームしない? あそこのゲームコーナー、勝てばぬいぐるみがもらえるの。かわいいライオンのぬいぐるみがあるんだけど、前に来た時は取れなかったのよね。取って」
あたし、何言ってるのかしら……。
恥ずかしくてつい思い付くまま口にしたが、内容がまるで親にせがむ子どもみたいになってしまい、もっと恥ずかしくなってしまう。
高校生なんだから、彼にねだるのって普通はぬいぐるみじゃなくてアクセサリーとかよね。
「ライオン? そのぬいぐるみがほしいの?」
一方、クリスはそんなマリアの様子をあまり気にしてない。
マリアは自覚していないようだが、クリスはマリアのころころ変わる表情が好きなのだ。見ていて楽しいから。
「う、うん。そこで見たライオンがかわいくて。こねこよりちょっと大きいくらいで、おすわりしてるの。まだあるかなぁ。あたしの部屋、ぬいぐるみがたくさんあるのよ。生き物じゃないぬいぐるみもあるし」
「生き物じゃない……って、どんなぬいぐるみ?」
「色々あるけど……例えば、スイカのぬいぐるみ、とかね。一切れの形だから、赤い部分も見えて、種もあってってタイプ。特にどうということはないんだけど、かわいいよ」
「人間って、何でも作るんだなぁ」
クリスはおかしな感心の仕方をしている。
行き先が決まり、二人でゲームコーナーへ向かった。
園内全体でもそうだったが、ここでも女の子数人のグループか、カップルがほとんどだ。それぞれ、ゲームで盛り上がっている。
「で、ライオンはどこでもらえるんだ?」
「あっち。銃で悪者を撃つの」
マリアが連れて行った所は、シューティングゲームのコーナーだ。
カウンターや樽などの障害物の後ろから敵が出て来るので、そこをライフルで撃つ。銃からは赤い光線が出て、命中するとそれが的と反応するという、よくあるタイプのゲームだ。
「チャレンジしたけど、その銃が結構重くて。後になると、うまく焦点が定まらなくなってくるのよね。的が隠れるのも速くなるから、余計に。あと三点だったんだけどなぁ」
簡単に取れたら、ゲームコーナー側が儲からない。それはわかっている。
力ではなく、コントロールでクリアするゲームもあったが、マリアのほしいライオンはこのゲームでしかゲットできないのだ。
あちらも商売だろうけど、このゲームは女の子や子ども向きではないな、と前回はリベンジをあきらめたのだ。
でも、男性なら何とかなる……はず。
前回の挑戦から時間があいているので、商品のラインナップが入れ替わっていないか心配していたが、お目当てのライオンはまだ並んでいた。
「これで撃てば、ライオンがもらえるんだな」
「うん。がんばってね」
クリスはお金を払い、ライフルを構えた。必要点数は、一分間で十五点以上。
マリアの期待通り、クリスは確実に的に当てていく。
的となる敵には、撃てば点数になるマークが付いている。これに当たらなければ、点にはならない。どこでも当たればいいというのではない、という少々難易度の高いゲームだ。
設備そのものはかなり年期が入った汚れ具合だが、今もこうして現役で動かされるくらいには人気があるのだろう。
クリスは順調に点をかせぎ、残り十秒を切った、という時。
いきなりバンッという大きな音が響き、周りの客や従業員が一斉にそちらを向いた。
クリスが撃っていたライフルが、暴発したのである。
みんな、その音に驚かされた。近くにいる人は、おもちゃの銃がなぜ暴発するのだろう、といぶかしげに見ている。実弾どころか、コルクの弾すらも出ないのに。
でも、一番驚いたのはもちろん、撃っていたクリスとそばにいたマリアだ。
形こそライフルだが、これは赤外線が出るライトのようなもの。何かしらのセンサーは付いているかも知れないが、高圧電流などは流れていないはず。
不良品のモバイルバッテリーみたく、火が出るくらいならまだわかるが、暴発するとは……。しかも、大きな音がして、銃の先がくたっとなっている。
予測不可のアクシデントだったが、クリスにケガはなかった。その点は、不幸中の幸いだ。
担当の従業員も、異常すぎる故障に首をひねっていた。もちろん、クリスに非はない。
こうなってしまっては、他の銃もちゃんと点検してからでないと、次もこんなことが起きては危険だ。早々に使用中止の札を出す。
それから、点はしっかりクリアしていたので(点数表示部分は無事だった)クリスに景品のライオンのぬいぐるみをくれた。
「何だったの、今のは。手、大丈夫? 何も飛んできたりしなかった?」
よくドラマなんかで、銃が暴発するとその銃を持っていた人が大ケガをしていたりする。本物だったら、本当にあんなことが起きるのだろうか。
見た限りでは銃口部分がつぶれているだけだが、十分に大事。マリアは気が気でない。
「本物でやっていれば、今頃大ケガだろうなぁ。おもちゃで助かったよ。それに、暴発したのが、点数をクリアしてからでよかった。はい」
クリスはもらったライオンのぬいぐるみを、マリアに渡した。
「あ、ありがとう……」
こねこより一回り大きいサイズの、雄ライオンだ。小さいが、たてがみがふさふさしていて、ちょこんとおすわり姿勢がかわいい。
確かに、マリアが欲しかったものではあるが……。
うーん、あんなトラブルがあったのに、結果がよければ気にしないのね。これってすごいと言えるのかな。
まるで何ごともなかったようにぬいぐるみを渡され、ちょっと不思議な気分でマリアは受け取ったのだった。
☆☆☆
あの森の迷路で、かなり時間をつぶしてしまったらしい。
ゲームをいくつかやって、また何か乗ろうと思って時計を見ると、もう五時を過ぎていた。
今の時期は陽が長いから、時間の感覚がわからなくなる。……いや、好きな人と一緒だから、時間なんて気にならないのだ。
今日は平日で、遊園地は六時に閉園。見れば、売店などはすでに閉めようとしている所もある。アトラクションによってもそろそろ、というのが出てくるだろう。
もう終わりだからさっさと帰れ、と言われているみたいだ。
でも、マリアとしては、せっかく来たのだから最後までとことん乗りたい、という気持ちがある。
フリーパスの分はとっくに元をとってはいるが、それはそれ。
最初に乗った最新のジェットコースターの所へ行ったが、点検中の札が下がったままだった。もう今日はこのまま動かないだろう。
「あーん、残念」
もう一度乗りたかった。
「今日はここまででいいんじゃない? また来ればいいよ。夏休みになるしさ」
「んー、あと一つだけ乗りたい」
わがままマリアは周りを見回し、動いているアトラクションを探した。
「あ、観覧車。あれ、乗ろうよ。大きいから割りと時間かかるし、降りる頃にはちょうど追い出される時間になってるわ」
どこの遊園地にでもあるような、これといった特色のない観覧車だ。大きいので、一回りするのにおよそ二十分かかる。
これなら、乗ってすぐに終わり、というジェットコースターと違って、ゆっくり座れて変わる景色を二人して眺めていられる。
二人の後に、もう並んでいる客はいなかった。マリア達が今日最後の客になるだろう。
「外で見てるとゆっくりなのに、乗るとなかなか速く感じるわよね」
ゴンドラからは、ゆっくりと夕焼け色に染まってゆく街が見渡せた。高い所からこうして一望するのは、気持ちいい。
マリアは高所恐怖症ではないので、高い所から景色を見るのが好きだ。クリスも高い所は平気らしい。
「あっちこっち、レールだらけだな」
遊園地中を走っているジェットコースターのレールを見て、そんな感想をもらしている。
「いかにも遊園地の景色って感じね」
やがて、二人の乗ったゴンドラが頂上までくる。後は下がる一方、となった時、ガクンと音がして止まった。
「……。ねぇ、もしかして、止まった?」
外を見て支柱の位置が変わっていないから、きっとそうなのだろう。
静かだから動いていてもよくわからないが、全く動かないとなればさすがにそれはわかる。
「見事なまでに、てっぺんで止まったな」
いくら高い所は平気でも、こんな所でいきなり止められてしまってはやはり不安になる。
「あたし達のこと忘れて、機械を止めたんじゃ」
「それはないだろ。下で降りてる人が転んだか何かで、一時的に止まったんだと思うよ」
やはり、何ごとも悪い方には考えないクリスである。
「このまま放っておかれたら?」
わざと突っ込んで聞いてみる。
「冬山のリフトじゃないんだから、一晩くらいいても死にはしないって。それに、スマホもあるんだから。遊園地の事務局にかければ、すぐに降ろしてもらえるよ」
冷静に解決策を出すクリスの言葉を聞いていると、マリアは怖がるのがバカらしくなってきた。