表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

08.やっぱり

 結局、その後も色々とモンスターがお出ましになり、クリスが剣で退治していった。

 よくこれで剣が折れないな、と思うような姿のモンスターが何度も登場する。それを見るたびに、マリアはかなりひやひやさせられた。

 クリスは、完全にこれをゲームと思っている。だが、マリアは「これは本物だ」と確信に近いものを感じていた。

 クリスの持っている剣は、本当の意味で命綱なのだ。折れた時のことを考えると、マリアは全身の血が滝のように引いてしまう気がする。

 最後には牛の頭をして身体は人間という、ミノタウロスみたいな獣人が現れた。

「いっそ、毛むくじゃらならよかったんだけどなぁ」

 クリスは人に近いものを斬るのは、いくらゲームでも抵抗があるようだ。しかし、それを負かさないと先へ行けないので仕方なく、という感じで戦った。

 ゲームであれば、かなりレベルアップしているだろう。そのせいか、モンスターは手強く、クリスは苦戦してマリアをやきもきさせた。

 お願い、絶対に勝って。できるだけ早く。

 注文を付けながらマリアが祈り、どうにかクリスが勝った。

 薄暗かった森が、そこから進むにつれて少しずつ明るくなってくる。出口が近付いて来たのだ。

「終わり! やっと終わりなんだぁー」

 マリアは、その場に座り込みそうになる。でも、完全に森を出るまでは、まだ油断できなかった。

 あれが最後、と見せかけて、実はまだ残っていたりしてはかなわない。

「やれやれ、やっと出口にたどり着いた」

 クリスも、やはり疲れていた。隠れていたマリアと違い、何度もモンスターと戦わされたのだから、くたびれるのも当然。

 いい加減に終わってほしいな、と思っていた頃に出口が見えてきたので、ほっとしていた。

 出口と言っても、本当の出口でない。ただ「森から出られる」というだけ。それでも、ずっと森の中に居続けるよりはいい。

 半透明な壁に囲まれた迷路が、再び見えてきた。確かに「まともな迷路」へ戻って来たのだ。

 迷路から出てまた迷路、というのは気が滅入るものの、普通の迷路になっただけでもいい。

 森から普通の迷路に変わる場所に箱が置かれ、横に貼り紙がしてあった。

『この箱に剣を返してください』

 その剣が入るサイズの白い箱があり、中には何本かの剣が入っていた。

 3Dのメガネ返却ボックスみたく、剣が入れられている箱なんてそう見るものではない。

 こんな迷路を通った人が他にもいたのね。……って、そんなはずない。これってきっと、カムフラージュよ。クリスが変だと思わないために。

 マリアはそう思ったが、クリスは何も疑わずにその箱の中へ剣を入れた。

「ここ、人気があるのかな。割と剣が入ってる」

 使った剣が入っているということは、使った人がいるということ。で、それがたくさんあるということは、たくさんの人が来た、ということになる。

 クリスは素直に感心しながら、普通の迷路へと戻った。

 マリアは「絶対違う」と思いながら、でも悪魔の話はやっぱりできない。

 迷路ではすぐに残りのチェックポイントに着き、今度こそ二人はようやく迷路の外へ出られた。

☆☆☆

「あー、外だぁっ。やっと出られたよぉ」

 屋外のアトラクションだったのに、やっと「外の空気」が吸えたような気がする。

 世の中には「森林浴」なんてさわやかにも聞こえる言葉があるが、当分森へは行きたくない。

「疲れたけど、終わってみれば、それなりに面白かったな」

「そ、そう?」

 本人がそう思っているのなら、それでいい。

 一息ついてマリアがクリスの方を見ると、彼の右手の甲から血が出ていた。

「クリス、ケガしてるじゃないっ。いつから?」

 言われたクリスの方は、マリアに指摘されて初めて気付いた。手の甲を横断するみたいにして一筋の傷がある。引っ掻き傷のようだ。

「あれ、いつの間にこんな傷ができてたんだろ。木で引っ掛けたかな」

「痛くないの? 医務室くらい、ここにもあるはずだし、そこへ行って手当てしてもらう?」

「いいよ、そこまでしなくても。血も固まってるし。カットバンでも貼っておけば、それで十分」

 男の子って、こういう傷には無頓着だなぁ。

 カットバンくらいなら、マリアも持っている。本人がいいと言うのだから、無理に医務室へ連れて行くこともないだろう。

 これくらいの傷なら、帰ってから消毒してもそんなに問題はないはず。

「どっちにしろ、少し血を拭いた方がいいわね。ちょっと待ってて。ハンカチを水に濡らして来るから」

「ハンカチなんかで拭くと、シミができるからいいよ」

「ハンカチの一枚くらい、汚れてもいいわ。そこで座って待ってて」

 マリアはトイレへ向かい、水道でハンカチを濡らす。

「……ん?」

 クリスの所へ戻ろうとした時、トイレの近くの木の下で少年が一人、黒のキャップを目深にかぶって立っているのを見付けた。

 一度通り過ぎ、それからなぜか気になって、マリアはそちらを振り返った。

「よっ、楽しくやってる?」

 つばを少し上げ、影になっていたその顔が見えた。

「リ、リート!」

 その顔には見覚えがある。昨日、マリアの部屋にいた悪魔だ。

 ねこよりも小さい姿だったのに、今日はマリアよりも背の高い人間の少年になっている。

 でも、顔は変わっていない。陽に灼けた、まだ幼さの残る男の子、という見た目だ。

 角もキバもしっぽもないから、これだと悪魔になんて絶対思われない。

 黒のTシャツに黒のデニム、黒のキャップ。夏にここまで黒コーデ、という部分は不問にするとして。特にどこかおかしい、という部分はない。遊園地に遊びに来た客の一人に、十分化けられている。

 目の色だけは赤のままだが、キャップの影が顔に落ちれば色はわからなくなる。その色のことを知っているか、真正面からしっかり見ない限り、まずばれないだろう。

「もしかして、ずっとその格好でつけてたの?」

「見守ってる、と言ってくれよなぁ」

 悪魔に見守られるあたしって一体……。悪魔って、見守るんじゃなく、見張るんじゃないの?

 まさか、人間に化けてそばにいた、とは思っていなかった。昨日のあの姿で、亜空間のような所から見ているのだろう、と考えていたのだ。

「とにかく、今までのことは、やっぱりリートの仕業だったってことね」

「森のやつ? あれさ、クリスって奴がどんだけ度胸があるか、見てみたかったんだ。ちゃんとマリアを守れるような力量があるかってね。ちょっと細工したけど、面白かっただろ。奴もしっかりと、マリアを守ってたようだし」

「見てみたかったって……」

 マリアはてっきり「盛り上がるように細工しているのだろう」と思っていたが、リートはクリスを試していたのだ。

 もちろん、永久にあの森の中で迷わせるつもりなんてなかったし、二人にケガをさせるつもりもなかった。

 ただ「クリスがマリアのために、あの状況の中でどれだけ勇気を出して戦うか」をリートは見極めたかったのだ。

 悪魔の自分を介抱してくれた優しいマリアに、クリスが本当にふさわしいかどうか、を。

 もしこれで、クリスが不合格にでもなっていれば。

 自分の仕事の領分とはかなり異なってしまうが、キューピットの役でもして、マリアにふさわしい別の男を見付けるつもりでさえいたのだ。

 でも、クリスは怖がって逃げたりもしなかったし、ちゃんとマリアを守っていた。リートとしては、彼に合格点を与えてもいい、と思っている。

 勝手に、保護者目線だ。

「あのね、リートはデートをうまくいくようにしてやるって言ったでしょ。あれだと最悪の場合、デートどころか死んでたかも知れないじゃない。さっきの森で、クリスはケガしたのよ。お願いだから、もう無茶なことはしないで」

「ケガったって、木にこすっただけじゃん」

「本来ならないはずの場所に木があったから、しなくていいケガをしたんじゃないの」

「んー、まぁ……そうとも言えるかな」

「そうとしか言えないわ」

 マリアは苦手なホラーが続いたので、ちょっとご機嫌斜めだ。

「おばけ屋敷の時はともかく、森の迷路はやりすぎよ。あと、ジェットコースターのスピードアップはいらないから。設備そのものが壊れたら、遊園地側にも悪いでしょ。もう絶対に変なことはしないでね」

 リートにしっかり釘を刺すと、マリアはクリスの所へ戻った。

「さっきの迷路で奴のこと、見直したくせにさ」

 走って行くマリアの後ろ姿を見送りながら、リートはくすくす笑った。

☆☆☆

 マリアはクリスの手の汚れを拭き取り、小さなリュックからさらに小さなポーチを取り出して、カットバンを出した。それを傷口に貼る。

「ありがとう。考えてみたら、マリアにハンカチを濡らしてもらわなくても、俺が手を洗いに行けば済む話だった」

 クリスが苦笑する。迷路にいることで行動制限されていたせいか、自由に動けない感覚が残っていたようだ。

 クリスに言われて、マリアもそのことに気付いた。

「あ……まぁ、いいわよ、これくらい。帰ったら、ちゃんと消毒してよ。木にこすったのなら、トゲが入ってないかもしっかり確認して。小さな傷でも、放っておいたら化膿する時だってあるんだからね」

 何だかお母さんみたいなこと、言ってるかな。でも、心配だし。

「わかった。マリアはどこもケガしてない?」

「あたしは平気。何ともないわ」

「よかった。気が回りきらなかったから、心配してたんだ」

「え……」

 それを聞いて、マリアは胸が鳴った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i000000 (バナー作成:相内 充希さま) (バナークリックで「満月電車」に飛びます)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ