05.故障なのか、それとも……
「だけどぉ、周りの景色が動くのってどうして」
「普段はコースターが動いてるからわからないだけで、実はずっと動いてるものなんじゃない?」
そう言われれば、そうかも知れない、ような気にもなる。
これは単なる映像でしかないのよ。見なきゃ済む。だけどぉ……。
気のせいだろうか。怖い、と思ってるせいだろうか。
幽霊っぽいものの映像が、どうしても自分達の方へと襲いかかってくるように見えてしまう。
コースターは動かないくせに、こういう映像はしっかり動く、というのはやめてほしい。電気系統が違うから、なんて理由は却下だ。
どういうトラブルが起きたにしろ、どうせならこの映像も止めてくれればいいのに。いやがらせに感じてしまうではないか。
ついでに、不気味な叫び声の音響も生きているから、余計に怖いのだ。
獣の吠える声がして、マリアは思わずクリスの腕にすがりついた。
このコースターはゆっくり進むのでシートベルトはなく、座席の仕切りみたいなものもない。何の障害もないので、マリアはがっつりとクリスにしがみつく。
普段なら「この状況を利用して」なんてことを考えたりするのだろうが、今は本当に怖いので、小細工も小芝居もやっていられない。
「怖い?」
「うん」
正直にマリアは答えた。一人でなくてよかった、としみじみ思う。一人だったら、最初からこんな所へは絶対に入らないが……。
ふと前を見ると、手すりの部分に崩れた緑のゼリーみたいなおばけが乗ろうとしている。たぶん、スライムと呼ばれるモンスターの類だ。
ゲームなら、スライムのほとんどが雑魚キャラ扱いだが、いざ目の前に現れたら怖い。
「きゃあっ。やだーっ」
クリスの腕にすがった手に、思わず力が入った。明るい所で見れば笑ってしまうような形のお化けでも、暗闇で見ると不気味でしかない。
暗い中でも見えるということは、たぶん発光しているのだろう。そんな所で存在感をアピールしないでもらいたい。
スライムは二人へ向かって飛んで来たが、実際に当たることなくすり抜けて行った。
「大丈夫だよ、マリア。映像だから」
「わかってるけど……」
ホログラムっぽくて、やたらとリアルなのだ。あんなのにへばりつかれた日には、きっとマリアは気絶してしまう。
「いやぁっ、また出たぁー」
今度は、頭から血を流した人間がカートにしがみついて、こっちを見ている。目が眼窩からこぼれかけているという、オーソドックスなゾンビだ。
所々骨が見えている手を二人の方へと伸ばし、そして二人の間を抜けて消えた。それが数え切れない程に出現し、ゾンビだらけの映画を思い出す。
もういい加減にしてくれっ、と言いたくなる頃、ようやくコースターが動き出した。
マリアは叫び疲れてぐったりとなり、クリスに引きずられるようにしておばけ屋敷を後にした。
元気な時なら「そっちの不手際でいやな目に遭ったのに、出る時に係員が一言もそのことについて謝らないのか」と文句の一つも言いたいところ。
しかし、今はそんな元気のかけらもなかった。
それにもしかすれば、新しい趣向なのかも知れない。前回来た後で、リニューアルされた、とか。
ずいぶん時間は長かったが、今日は人が少ないからここもまたサービスしてくれた、なんてことはありだろうか。
ジェットコースターと違い、スイッチ一つでコースターを止めれば済むから。
マリアにすれば、とんでもなく余計なサービスだが。
とにかく、次から次へとおばけがコースターへ乗り込もうとしては消える、ということが続いた。動きはワンパターンだったが、現れるおばけが全部違う。
マリアはごていねいに、それら全てに対して悲鳴を上げていた。これでは、疲れもする。
クリスの方は悲鳴も上げていないし、言ってみればただ座っているところへおばけが現れては消え、を繰り返しているのを見ていただけ。
マリアにしがみつかれていた腕は多少痛くなっているだろうが、それでもマリアほどには疲れていない。
おばけが通り過ぎる時、首筋がひやっとしたのは気のせいかな。それとも、タイミングよくエアコンの風が当たってたのかなぁ。演出としては、そういうのもありだろうし。
クリスはそう考えていたが、それを口にするとマリアが「いやだーっ。もしかしてあれって、本物だったんじゃないよね」と怖がったりしそうなので、黙っておいた。
さんざん怖がったのだから、また怖がらせることもないだろう。
「何だか、とんでもないおばけ屋敷ね。前はこんなじゃなかったのに。あたしより気の弱い人は、絶対に失神するわよ」
まさか……これって、リートの仕業じゃないでしょうね。
ふいにマリアは、昨日介抱した悪魔の顔を思い出した。
今の今まで忘れていたが「今日のデートをうまくいくようにしてやる」なんてことを言って消えたのだ。
何をどううまくいくようにするつもりなのかは言わなかったが、その「うまく」の部分は、どうする気だったのだろう。
今の場合だと、女の子が怖がっているところを男の子がかばってやる、というシーンを作るつもりだったのではないか。
ありきたりのパターンではあるが、カップルにすればそれで二人の雰囲気も相応に盛り上がる、というものだ。
でも、あれじゃやりすぎじゃないの。あたしが格闘家並の力持ちでなくてよかったわ。そうでなきゃ、クリスは今頃、腕の骨が折れてるわよ。
本当にリートの仕業だとすれば、どこかで二人の様子を見ているのだろうか。そして、チャンスがあれば二人を盛り上げようと、また何か仕組むつもりでいるのかも知れない。
はっきりと「余計な演出はいらない」って言えばよかったのかなぁ。
その気になっているリートに断りの言葉を出さなかったことを、マリアはひどく後悔していた。
「マリア、まだ気分悪い?」
ベンチでマリアを休ませている間に、クリスは売店でジュースを買って来て、それを渡してくれた。
「こっちへ来る時、顔が暗かったけど」
リートのことを思い出して、考え込んでしまっていたのだ。
それをクリスは、まだマリアがさっきのおばけ屋敷の影響から抜けられていない、と思ったらしい。
「ううん、もう平気」
明るい太陽の下にいれば、暗かったおばけ屋敷などきれいに忘れてしまう。もっとも、夜になったら思い出す可能性もあるが……。
「ね、そろそろお昼の時間でしょ。ごはん食べよっか」
見掛けによらず、マリアはなかなかタフである。
☆☆☆
食事の後ですぐコースターに乗ると、酔う確率がとっても高い。特に回転するタイプのものは、かなり危険だ。
ゆっくり座っておしゃべりする、というのもあり……ではある。だが、おしゃべりは、いつでもどこででもできること。
遊園地にいる間は、遊園地をとことん満喫しなければ。
なので、二人は食後の腹ごなしとして、迷路に入った。
ちょっと歩き回っていれば、いい運動になる。そこそこ大きな迷路なので、たとえ正しいルートを知っていても時間がかかるのだ。
この迷路は、半透明な壁で仕切られている。半透明なだけに、チェックポイントがすぐそこに見えているのにたどり着けないので、焦ったりいらいらしてしまう。
見えない壁だと閉塞感があるが、半透明は行けそうで行けないストレスがあるのだ。
もちろん、非常口も用意されているが、マリアは前にこの迷路に入った時、意地でも使わなかった。おかげで、出るまでに二時間もかかってしまったが……。今考えると、よく出られたな、と思う。
「クリスの思う方へ行って」
どちらへ行くかを聞かれ、マリアはクリスに選択を任せた。
前回は友達とさんざん迷ったし、迷路だから道を覚えられるはずもない。マリアはクリスに全てを託して歩くことにしたのだ。
と、五分も経たずに、第一チェックポイント通過。
「クリスって、勘がいいのねぇ」
「適当に歩いてるだけなんだけど」
マリアは適当に歩いても考えながら歩いても、迷う時はしっかりと迷う。一緒にいた友達も、似たようなもの。この部分に関しては、完全に類友なのだろう。だから、二時間もかかった。
どこでこの差が出てくるのか、不思議だ。適当に歩くことに、頭のよさは関係するのだろうか。
時々、壁の向こう側に人が歩いているのが見える。ここの迷路は屋外で天井はなく、話し声もかすかながら聞こえてくる。二人でいるのは、カップルだろうか。
やっぱり、迷路は恋人と歩くのがいいわよね。迷っても彼と一緒なら、なーんて……ね。あ、いつまでも出られないと、逆に空気が悪くなるかもだけど。クリスと一緒なら、そういうことは絶対になさそう。
一人でそんなことを考えながら、マリアはクリスの横を歩く。
すぐに第二、第三、第四のチェックポイントを通過してしまった。あと一つ通過してしまえば、すぐに出口が現れるはずだ。
前の時は、この第四チェックポイントへ行くまでに時間がかかった。時計を見れば、今は十分ちょい、といったところ。
クリスの勘のよさに、マリアはひたすら感心してしまう。
あたしもこれだけ勘がよければ、少なくとも選択問題は満点が取れそうなんだけどな。
下らないことを考えていると、クリスがふいにこちらを向いた。
「マリア、ここの迷路は森の中へ入るのか? 俺、ここの迷路は初めてなんだけど」
「え? 森?」