03.リートのお礼
「え……まさかリートって、ねこの言葉がわかるの?」
「俺は悪魔だぜ。動物の言葉くらい、わかるって」
そう言われてみれば、何となく納得できるような。
リートのような存在は、動物と話ができて当たり前、みたいな設定の話も多い。現実でもそう、ということか。
マリアが驚いたせいか、リートはどや顔になっている。
「それで、ポウは礼ならマリアにって言ってるぞ」
「いいわよぉ。うまいこと言って、後で魂を取るつもりなんじゃないのぉ?」
この家にいて満足だ、という愛猫の気持ちを知ることができて、嬉しい。
でも、それはそれ。
ポウが本当にそう言っているかはともかく、うまい話は危険だ。
特に、相手が悪魔の場合は。
「何言ってんだ。仕事以外で、んなことするかっての。人間はまるで、魂を取るのは悪魔の十八番、みたいに言うけどよ。天使だって、人間が死ぬ時には魂を持ってくじゃんか。奪うとか、迎えに来るとか、人間の言い方が違うだけで、やってることは同じだぜ。悪魔は契約した人間にしか、ちょっかいは出さないんだ。言っとくけど、俺達はそんな暇じゃないからな」
そんなこと、初めて聞いた。
死んだ後の行き先によって、魂を運ぶ役が違う、ということらしい。
「だけど、悪魔がお礼なんて」
「おっと。それって偏見だぜ。礼儀ってもんは、俺達悪魔だって知ってんだ。人間にとっての悪いことをするのだけが、悪魔じゃないんだぜ。さっきも言ったけど、あれはいわゆる『仕事』でやってんだ。プライベートじゃあ、悪魔も天使も同じようなもんさ。悪魔より程度の悪いのは、人間の方なんだから」
「ふーん」
悪魔と天使が同じ、というのも変な気がするが、リートを見ていると嘘をついているようには見えない。
さっきだって「世界の存亡をかけた訳ではないケンカ」をしていたくらいだ。本当にプライベートでは人間と同じ、ということだろう。
……こうして、人間は騙されるのかも知れない。
「へー、明日はデートか」
いきなりそう言われて、マリアはぎょっとする。
雷雨が激しくなってきた頃、マリアは日記を書いていた。リートを「保護」してタオルにくるんで机の上に置いたが、その時に日記は片付けずに横へ置いたままにして。
リートは、その書きかけの日記を見たのだ。
「ちょっとっ。悪魔だからって、日記の盗み読みはよくないわよ」
マリアは慌てて日記を閉じた。
「まぁまぁ。初めてのデートなのか?」
マリアは少し赤くなりながらも、小さくうなずいた。たぶん、悪魔に隠しても、すぐにばれるだろうから。
「相手の名前は?」
「クリス」
「お前ら、とことん悪魔に反したような名前だな。聖母とか神の関係者みたいな名前を並べやがって」
「別に、わざとそういう名前になったんじゃないわよ。名前で彼氏を選んだ訳じゃないんだから」
そういう文句は、親に言ってほしい。どちらの名前も、そう珍しいものではないのだから。
「ま、そりゃそうだな。よし、うまくいくように手をかしてやる」
「え……ええっ?」
「行き先は遊園地か。よしよし、あそこは色々と面白い道具があるからな。楽しくなるぞ」
リートはひとりで納得している。
「もう、リートってば、遊園地の所まで読んだの?」
明日は遊園地でデートだけど雷雨でうんぬん、と書いていたのだ。
つまり、今日の分、ほとんど全部。
「いや、この辺りにそういう気持ちが浮かんでるんだ。俺達なら、そういうのも簡単に読めるんだぜ。半魔前でもそれくらいならな」
「はんままえ? 何、それ」
聞きなじみのない単語に、マリアは首をかしげる。
「人間風にいうなら、半人前さ」
「で、リートはそうなの?」
「……う、うん」
少し恥ずかしそうにしながらも、リートは正直にうなずく。
「リートって、何歳なの?」
「来年で百歳だ」
かわいい顔をしているのに、祖父母の年齢を軽く超えられた。そこはやはり、人間とは違うのだ。
「それって、人間で言えば、いくつくらい?」
「んー、マリアより変わらないか、ちょっと下くらいかな」
つまり、見た目通りの年齢だったようだ。
中学生くらいなら半人前、いや半魔前なのもわかる。言葉遣いも、どことなくやんちゃな気がしていたのだ。
「ま、でも、俺だって色々とやれんだぜ」
百年も生きていれば、そこそこのことはやれるだろう。
「んー、まぁ、別に何をしてほしいってことはないんだけど。ただ楽しい一日が、とどこおりなく過ごせればいいんだから」
マリアはクリスと楽しく一緒にいられれば、それでいい。できれば、遊園地も楽しめれば、というところ。
ケンカでもしない限り、遊園地という場所は行けばだいたい楽しく過ごせるのだ。わざわざ細工なんて、必要ない。
でも、リートはどうもやる気になっているようだ。ここで断ると、かえってマリアがいじめたようになって、落ち込んでしまいそうな気がする。
年齢はともかく、相手は中学生レベル、みたいなもの。
相手がキューピットのような天使ではなく、悪魔というのも少し不安があったりするが、リートの性格は悪くなさそうだ。
礼儀がどうのと言うし、自分がまだ未熟であることを認める素直さもある。さすがにおかしなことはしないだろう。
「邪魔さえしなきゃ、いいわよ」
「そーんなヤボはしねーよ。まかせろって。明日は楽しくなるからな」
リートは赤い目をキラッと光らせて、請け合った。
☆☆☆
次の日。
マリアは最寄りの駅で、クリスと待ち合わせをしていた。
昨日の雷雨が嘘のように、空はすっきりと晴れている。ほとんど雲もない。
今日は暑くなりそうなので、マリアは帽子をかぶってきていた。ねこのイラストがついた、白地のかわいいキャップだ。髪は三つ編みにして、すっきりまとめて。
Tシャツにも、ねこの小さなイラストがついている。明るいブルーのショートパンツに、白いスニーカー。ソックスにも、やっぱりねこ。
背中の小さなリュックには、財布やスマホなどの必要最低限の物だけを入れてある。
シルエットだけだとボーイッシュになるが、見た感じはちゃんとかわいくなるようにしている……つもりだ。
私服で会うのは今日が初めてだから、できるだけかわいく見せたい。でも、行き先が遊園地なので、動きやすい格好にした。
友達の友達が、履き慣れないヒールのある靴と、ひらひらの裾が長いスカートを選んで大失敗した、という話を聞いた。
かわいく見せたくても、やはり遊園地にその格好はきついだろう。そんな失敗は絶対にしたくない。
で、昨夜さんざん悩み、こうなったのだ。
んー、動きやすいけど、全体的にちょっと子どもっぽかったかな。中学生みたいに見えるような。ねこじゃなく、花のワンポイントの方がよかったかも。
今更後悔しても、駅まで来てしまっているので、もうどうしようもない。
時間より少し早めに来たマリアだったが、クリスもすぐにやって来た。
クリスも、マリアとあまり変わらない格好をしている。白いTシャツに、明るい青のキャップ。マリアはよく知らないが、たぶん外国の野球チームのロゴ……らしきマークが付いている。
特に何がどう、というスタイルではないが、制服ではない、というだけでとても新鮮に見えた。それだけのことで、少しどきどきする。
「おはよう。待たせた?」
「ううん、今来たところ」
二人はちょうどホームへ入って来た電車に乗って、目的地へ向かう。今日行く遊園地は、電車でおよそ一時間程だ。
昔は家族と、中学・高校に入ってからは友達とよく行く。親が子どもの頃によく行ったというくらい、かなり昔からある遊園地だ。
最近は新しい絶叫マシーンが入ったらしく、休日はかなりの混み具合だと聞く。それでなくともコースターはたくさんあるので、元々人気のある遊園地である。
でも、今日は試験休みで、世間は平日。同じ試験日程の学校もあるだろうが、それでも小学生や一般の客がいないだけで、ずいぶんと入場者は少なくなる。
「やったぁ。今日はたっくさん乗れそう。あまり待たなくても乗れるわね」
遊園地が大好きなマリアは園内の様子を見て、嬉しそうな声を上げた。
こういう場所に人があまりいないと淋しく感じるが、さびれている訳ではない、と知っているから、むしろこの状況はウエルカム。
「あまり慌てて来なくてもよかったかな。まだ点検中の所もあるみたいだ」
定期点検か、昨日の雷雨のせいか。メンテナンス中の札や看板が出ているアトラクションがちらほら。
「まさか何時間もするんじゃないもん、いいわよ」
ここまで来たら、マリアは「クリスと一緒にいる」というだけで嬉しいし、楽しい。
二人はフリーパスを買い、マリアはクリスの手を引いて最新の絶叫マシーンの方へと向かった。やはり最初は、未経験のコースターからだろう。
クリスの手を引いて歩き出してから、自分から手をつないじゃった、と自覚したが、もう遅い。
これまでも、学校からの帰り道で手をつないだことは何度もあるが、いつもクリスの方からだった。自分からは初めてなのだ。
非日常の空間に来たら、気持ちも変わるものなのかな。
おかしなことをしている訳でもないのだし、マリアは気付いていないふりをしておいた。意識したらぎこちなくなってしまうし、その後で変な緊張をしてしまうのはいやだ。
でも、経験したことがないくらい、胸はどきどきしていた。
これが「初デート」の醍醐味、だよね。