第三話、知らない町の狩り場*
「ジャノメは戦える?」
「……うん」
町の外に出てきた。町の外、と言っても、俺が前まで居た街のように大きな壁が囲っているわけではなく、家々のある場所から多少の荒野を挟んで木の柵が大きく囲ってあるだけだった。
「もう少し歩けば森が見える。町の冒険者たちはいつもそこで狩りをしておる」
「縄張り争いとかないの?」
「縄張り?」
「モンスターを狩りすぎちゃったりとかで、他の冒険者の仕事を奪ったりとか」
「生態系の調整はギルドの仕事じゃ。それに、人里近くに出るモンスターなど少ないほうが良かろ」
「確かに」
道を外れて歩いていけば、そこに何の変哲もない森が始まっている。
「この中じゃ」
「ジャノメはなんで他の冒険者から捨てられてたの?」
俺がそう聞けば、ぴく、と、彼女の体が震える。少女が追い縋るような眼で俺を見上げてくる。
「わ、わしはまだ使えるぞ、出来ることなら何でもやるから―」
「落ち着いて、怯えないで。俺はただ聞いてるだけだよ」
意味があるかは分からないが、俺は両手を広げて歓迎の意を示す。
「わ、わしは……」
「別に、無理に聞こうとはしないけど。もし、君が何か問題を起こすタイプなのなら、それを先に言ってくれておいた方がいいかなーって」
「わ、わしは……」
俺たちは森を目の前にして、数十秒の間その場に立ち止まっていた。
「……や、やはり……言えぬ……」
「そっか」
彼女はか細い声を漏らす。下を俯いて、それ以上何も言えないでいる。
「じゃあ、とりあえず行こっか」
「……」
「いやー、今日でいっぱい稼げるといいねー。新しい武器も買わなきゃだし。ジャノメは、お金が入ったらなに買いたい?」
少女は、おずおずと、怯えながら顔を上げ俺の顔をうかがう。
「……丸焼きの、鳥肉」
「そっか。じゃあ頑張らないとだね」
そこは針葉樹の、木々の背の高い森だった。空は遥か高くに見えている。地上付近に枝は少なく、遮るのは縦にまっすぐ伸びた木の幹ばかりで、視界は割と良好だ。
「ジャノメはどうやって戦うの?」
「……魔法」
「魔法かぁ、いいねぇ。俺も、今は武器は持ってないから、魔法だけで戦わなきゃだ」
「……そんなんで大丈夫なのか?」
「まぁなんとかなるでしょ」
俺たちはモンスターを探して、森の中を歩いていく。ここに現れる敵の傾向次第だが、人間への敵性が高いモンスターが少ない場合は、こっちから探しに行かないといけない。
と、木の陰からひょこと何かが姿を現す。
「ひっ!」
少女はそれを見た途端、身をひるがえして俺の背中に隠れる、対して、俺たちを見つけてもあっちのモンスターは動じていない。おそらく敵対種だな。
犬のような大きさの獣、まんまるの斑模様のウサギ、そんな感じ。口らしきものはもふもふの毛皮に隠れて見当たらない。尻尾も見えない。ロップイヤーは見えている。
「知ってるモンスター?」
「ね、ネズミウサギ……鋭い前歯で噛みついてくる……」
「君は戦わないの?」
俺はモンスターから目を離すことはしない、背後から、少女からの返事が返ってくることもない。おそらくは、俺の背中で縮こまっているのだろうか。まぁ、どっちにしろ俺は戦う気で来た。
俺は手の平に魔力を高めていく。ぴく、と、ウサギの耳が反応する。
「シャァァァァァァ……」
ウサギが口を開いた、中には鋭い牙がびっしり。ありゃ肉食だな……腕を齧られでもしたら大怪我をしそうだ。
じり、じり、と、ウサギはその場で足踏みをしている……。
次の瞬間、奴の体は飛び上がって空中にある、それはまっすぐ俺の方へと飛んでくる。
「……っ“ライトニング”!」
咄嗟に手の照準を合わせ魔法を放った、俺の目の前で、ウサギは電撃に直撃し、痙攣しながら隣の地面へと落ちる。背後で少女が悲鳴を上げる。ウサギはまだ息があるようだった、俺は再び手の平へと魔力を集めていく。
「“ライトニング”!」
再びの電撃、それは俺の手から地面のウサギへと直線状に放たれ、再びその体を撃つ。ウサギはやがて動かなくなった……野の獣に近い種だったのだろうか、ウサギは倒れても、体のほとんどを地面に残したままでいる。
「終わったよー」
と、振り返れば、頭を抱えうずくまった状態の少女が居る。危険なモンスターに怯え、震えているのかと思ったが、彼女がうつろに口からこぼしている言葉は趣旨が違った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……わたしが役立たずでごめんなさい……」
≪ひとくち魔物ずかん≫
ネズミウサギ
ネズミとウサギの中間の大きさの小さな獣。血肉を好み、弱い者の血肉を啜る。人の味はすでに知られている。