授業:戦うための力
キーンコーンカーンコーン
教室には、始業の鐘の音が鳴り響いている。
「それでは、本日の授業を始めていきましょうか。”勇者にとって一番大事なもの”とは何か、みなさん、分かりますか?」
薄暗い教室の中。教室の側面の曇りガラスには、窓の外で揺れる樹の影が映っている。教室の中には机と椅子が並び、生徒たちがお行儀よく座っている。今日は前回より教室内の人数が増えてるな。
「先生。教室の中ちょっと暗くないですか?」
「先生の好みです。それでは鏡月さん。勇者にとって、一番大事なものは何だと思いますか?」
流れで当てられちゃった。勇者にとって大事なもの……?
「勇気……とかですか?」
「違います。勇気で敵は倒せません」
……まぁ確かに。でも否定することなくない?
「ゆ……勇気がないと、人を助けられなくないですか?」
「いいえ。上からの命令があれば、人の心がなくとも人は助けられます」
「勇者は兵器か何かですか?」
「まぁあってもいいです。でも一番じゃないです」
現実的だな……と、「はい」と、俺の隣の席で手が上がった。
「はい、清霜さん」
「ちからです!」
「正解です」
先生が見慣れぬ文字を黒板に描いた。俺は、その文字の意味を“力”と読み取ることができる。ちらと隣に目をやれば、隣の女の子はむふーと、俺を向いて自慢げに見てくる。お前ヒントもらってから答えただろ。
「力のない人間は何も成す事が出来ません。我々人類が求めているのは、強い敵を倒すことのできる強い勇者です。強い勇者というのはもちろん戦える勇者です。そんなわけで、今日はモンスターと戦うために人間が用いる、いくつかの戦闘手段について見ていきましょう」
先生は黒板に、“戦うための力”みたいな意味の文字列を書いているようだ。
「戦うための力、と言っても色々ありますが、今日紹介するのは主に三種類。武器、魔法、スキル。この三つですね」
先生は新たに黒板に三つの単語を書き加える。魔法? なんかワクワクする単語が出てきたな。
「武器、と一口に言ってもいろんな種類があります、ですが、通常その辺の木の枝やスプーンを手に持っても、モンスターに対する戦闘力はさほど上がりません。モンスターに対して有効なダメージを与えるためには、特殊な材質でできていたり、あるいは由来が特殊だったりと、それ用に特化した武器を使う必要があります」
「はい先生」
「なんでしょう鏡月さん」
俺は手を挙げて先生に質問する。
「木の枝やスプーンがダメと言いましたが、鉄で作られた剣とかでもダメなんですか?」
「いい質問ですね鏡月さん。モンスターは、私たちの知る通常の生命体とは異なり、再生力だったり耐久力だったりがものすごい、という特徴があるのですよ」
先生は黒板の左側に何やら単語を書いた。
「モンスターは体内や体表に“魔石”と呼ばれる結晶をため込みます。これは、モンスターの体内外を流れる“魔力”と呼ばれるエネルギーが結晶化したもので、また、この“魔力”は、モンスターの肉体を生成するエネルギーにもなります。例えば、モンスターを鉄の剣で切り付けたとしましょう。この時、モンスターは出来た傷を、体内の魔石ないし魔力を消費して体を再生しようとします。この魔力による体の再生があるせいで、モンスターを仕留めるまでには、野生の獣を狩るなんかよりも手間が掛かる訳ですね」
モンスターは体内に魔力が流れ、その力で肉体を再生することが出来ると。知らない生き物。
「モンスター相手に人間が担ぐ武器には、この再生を阻害したり、魔力を削り取ったりする特殊な効果があったりする訳です」
「なるほど」
「あとは、通常の武器より特別強い武器ですね。この世界では、ただの鉄の剣よりも強力な武器が、意外と安易に手に入るのですよ。そんな中で、わざわざ無機能な鉄の剣を持つ理由は薄い。まぁよほど手元に何も無かったり、自らの肉体や技術に自信があるのなら、ただの鉄の剣でモンスターを殴り倒してもいいです。通常の生き物よりしぶといとはいえ、死ぬまで殴ればモンスターは死にます」
「よく分かりました」
「武器……について深掘りする前に、ほかの二つについても簡単に説明しましょうか」
先生は、”武器”、”魔法”、”スキル”と書かれている辺りを長い棒で指す。
「“魔法”、ですね。魔法は簡単に言うと魔法です……と言っても、皆さんには馴染みの薄いものですよね」
先生は手に持っている道具を置き、体を俺たちへと向け直した。そして、片手を俺たちの前へと掲げ、一言。
「“ウォーターボール”」
先生は一言唱えた。その瞬間。
先生の手に微かな水色のきらめきが見えた、そしてそこからじょぼじょぼと水が湧き出て現れる。まるで透明な鉢に水を注いでいるかのように、水は球の器を下から満たしていき、やがてそれは満杯となる。
先生の手の平の前、そこには透明な水球が浮いている。それは意図的に球体を保たれているようであり、ぷるぷると表面が細かく揺れ、また中に細かい泡が付いている。
「こういうのが“魔法”です」
先生は、教卓の下からバケツを引っ張り出してきて、ばしゃとその中に水を落とした。歩いて隅っこの方の置いてくる。先生は平然と教壇の上に戻ってくるが、俺は今見たものへの静かな感動で体が震えている。魔法……本当にあるんだ……!
「この世界には魔力、龍脈、気……そう呼ばれるものが、大気を満たしています。また、それらを貯めるための器が、人間の内部にも存在しており、我々は知らず知らずの内に”魔力”を体内に貯めこみます。この”魔力”を消費し、現象として放つのが”魔法”。体内の魔力以外にも、周囲の龍脈や、魔力の結晶である魔石を消費して魔法を放つなどもできます」
「はい先生! 俺たちも魔法は使えますか?」
割って入った俺の質問に、しかし先生は表情を歪めることなく答えてくれる。
「使えますよ。大まかに言えば、そこのスイッチを押して明かりが点くのも魔法ですね」
「体内の魔力を使って魔法は放てますか! 俺たちも!」
「もちろん、あなたたちも使えますよ。魔法の行使については、また今度の授業でしましょうね」
先生が、興奮した様子の俺を、優しく諭す。
「”魔法”については、これで何となく分かっていただいたようですね。それでは三つ目。“スキル”についても説明しましょうか」
先生はまた、“スキル”と書かれている辺りを長い棒で指した。
「”スキル”は魔法にも似たものです。しかし、魔法ほど魔力の消費を行いません。また、魔法や魔力には”属性”があり、この”属性”の一致具合で魔力の消費効率が違ったりしてくるのですが、スキルは魔力の消費が少ないおかげで、魔力の属性を気にせず放てるものが多いですね」
スキルは、省エネの魔法?
「これだけ聞くと“スキル”の方が優れているように聞こえますが、“スキル”を放つには練度が必要であり、その習得にも時間や技術、才能が必要です。対して“魔法”は、言わば原始的な“スキル”です。使うのに大して知識や技術は必要ないです。“魔法”の消費効率や習得難易度が上がった代わりに、起こる現象が複雑化、洗練化されたものが“スキル”という訳ですね。厳密に言えば、その二つに明快な区分はありません」
んー……例えるなら、ガソリンを燃やすのが“魔法”で、ガソリンを燃やして車を動かしたり……が“スキル”? そんな感じ? まぁとりあえず、原始的なのが“魔法”、発展したものが“スキル”ね。
「以上、特殊な”武器”、”魔法”、そして”スキル”の三つが、あなたたちがモンスターに抗う際に主に用いる手段になるかと思います」
「はい先生」
と、俺より後ろに位置する席の、背の高い、細身の男子が声を上げ手を挙げている。
「はいなんでしょう清霜さん……えぇと、清霜ヨウゲツさん」
清霜……さっき俺を見てきた女の子と同じ名前だ……兄妹? 俺は、隣のどや顔女子、背後の手を挙げた男子の顔を、それぞれちらりと見る。似てない。彼は、表情の薄い、澄ました顔をしていた。
「筋肉は?」
と、清霜ヨウゲツさんは、先生に質問した。
「えぇと……はい? なんですか?」
「筋肉は? モンスターを倒す際に、筋肉は必要ではありませんか?」
「筋肉……そうですね。武器を振るう際にはもちろん必要になりますし、体を動かす際にも、時には、身も守る衣としても機能します。筋肉大事ですね」
「筋肉でモンスターを倒すことはできますか?」
「筋肉で……? 筋肉単体でモンスターを倒すということですか? 筋肉単体だと……ちょっと難しいかも……しれませんね」
「筋肉でモンスターは倒せないんですか?」
「そう……ですね。まぁ、筋肉で大岩を叩き割ったり木を折ったり地面を割ったり出来るくらいの筋肉があれば、モンスターも余裕だと思います」
その筋肉に至るの余裕じゃないだろ。
「そうですか」
彼は筋肉でモンスターを倒したいのだろうか? 面白い人だなーと、俺はヨウゲツさんの顔を見送った。隣を見れば、清霜(妹)が、両手で顔を覆って机に突っ伏している。
「以上が、武器、スキル、魔法についての簡単な説明でした。次は、人類が手にする様々な武器群について見ていきましょうか」