フィールド探索”近場の森” ーII*
「この世界には、勇者に近しい存在として、”冒険者”、という人たちが居まして。両者ともに、外界のモンスターたちを主に相手にするという点では似ていますが、大きな違いとして、勇者は任務で動き、”冒険者”は依頼で動くのですよ」
先生に連れられ、俺たちは森の中をあてどなく歩きながら、連れる先生の話を聞いていっている。
「依頼は、誰かの需要、あるいは有用性です。人間にとって倒すべき理由のあるモンスター、倒す必要のあるモンスター。冒険者は、それらを目当てにモンスターを狩ります。一方で、勇者が相手にするのは人類にとって危険度の高いモンスター。排除の優先度が高いモンスター」
「同じじゃないですか?」
俺の返しに、先生はまごまごと応答を手間取る。
「えぇと……そうですね。冒険者は、モンスターを倒すことで得られる副次品が目的、勇者はその指定のモンスターを倒すこと自体が目的……」
「同じじゃないですか?」
「じゃあ同じです。似てますし」
冒険者は個人の需要、勇者は公共の需要に応える、みたいな感じなのかな。知らんけど。
「”冒険者”は、この世界では人民とは切っては切れない存在です。あなたたちは、これから関わることもあるでしょうし、小遣い稼ぎに”冒険者”をやることも、あるかもしれません。覚えておくといいでしょう」
「そことの兼業は大丈夫なんですか? 勇者は」
「大丈夫ですよ。似てますし。重なるところもあるでしょう」
お、と先生が声を漏らして立ち止まる。また何かを見つけたのだろうか。
「森が切れてますね。確か、ここら辺には崖があって、崖の下には広い草原地帯が広がっていましたね。崖の上は見晴らしがいいので、上から見下ろせば色々となにか見えるかもしれません」
先生の言った通り、もう少し行くと天井を覆う木々の枝葉が途切れ、広く景色が見渡せるようになる。
そこは高い崖の上だった。足元は、もう少し進めばもうそこで地面が途切れている、端まで寄れば、一歩先は遠い地面。滑って降りられそうだが戻って来れなそう。斜面には土の層が露出している。視界を上に上げれば、そこには広大な草原。
「あ、見てくださいあそこ! あそこです! サムライカマキリが居ますよ!」
「さ、サムライカマキリとは?」
先生は興奮して草原のどこかを指さしているようだった。
「居合切りの得意なカマキリです。人間の胴体も真っ二つに出来ますよ!」
「そんなに声を上げて気づかれませんか……?」
「大丈夫ですよ! 彼らは特殊な感知器官を持つので、声で気づかれるよりも先に気づかれます」
じゃあ大丈夫だね。うん?
崖の下の草原に目を凝らしたなら……確かに、もぞもぞと地上を歩く黄緑色の姿が見える。でかいな……距離感を見間違えていなければ、それは人間と同じくらいのサイズがある。あと多分納刀してる。
「あぁ! 見てください! あっちにはデンゲキイノシシが! あっちにはバクレツハリネズミが! あれはヒトノミダイジャですね! 落ち武者も居ますよ! ここはモンスターたちの宝庫ですね!」
「ここほんとに安全地帯ですか? 先生」
「大丈夫ですよ! 崖を降りなければ」
「下は?」
はしゃいで、あれはなんだこっちはなんだと、先生が指さしていると、ズズ、ズズズと、地響きのような音がどこからか聞こえてくる。
「な、なんのおと……?」
未知の音源に、俺たちは足を構えて備えていると、やがて、それは遠くの景色に見えた。
それは、丘の向こうから現れた。ずしん、ずしんと地響きが鳴り、向こうから何かが盛り上がってくる。まるで新たな丘が現れているような……しかし、その丘の表面を覆うのは草原の装飾ではなく、白黒のまだら模様……皮? 動物の皮か? 灰色の皮だ、灰色の小山が、丘の向こうから現れこちらにやってきている。
「あ、あれはっ!!」
「な、なんですか先生、あれはなんなんですか?」
「あれは“ダイオウゴマフアザラシ”です!」
「ダイオウゴマフアザラシ?」
見れば、小山の先頭には顔がある、小山はずりずりと丘を登って、その全貌が見えた。細長い真ん丸の胴体、ずんぐりむっくりな体のサイドにはヒレがあり、口元にはヒゲがある。
ウォォォォオオオオオオ
巨体アザラシは上体を逸らし、その喉元から、地響きのような低い唸り声を放つ。俺の体の芯まで一緒に震えているようだ。力強い咆哮だ、生命の意思を感じる。
「見てください! ダイオウゴマフアザラシの咆哮です! 可愛いですね!」
「見てますよ」
「あ! サムライカマキリが無謀にもダイオウゴマフアザラシに立ち向かっていきますよ! 体格がモノを言う自然界です! あんな小さな体で……あぁ! 踏み潰されてしまいました! あれは多分死にましたね!」
「せ、せんせい」
「他に立ち向かう挑戦者はいないのでしょうか! まぁあれだけの巨体ですし、何が挑んだとしても、この辺のちんけなモンスターじゃ鎧袖一触に―」
「あ、あのせんせい……」
と、短い黒髪の女の子が、先生の袖を引っ張って後ろから話しかけている。
「おや、どうかされました? ワカバさん」
「後ろからも、何か……」
先生がその子の注意に気づき、ようやく振り向けば、その視線の先、俺たちの背後。
森の奥から、何かがやってきているようだった。
そのモンスターは、音を立てなかった。半透明の、光の玉? ふよふよと地面を跳ねて、それはこちら側へ向かって来ている。綺麗な子だった。サッカーボールほどの大きさ。これも、何かの生き物?
「先生、あれは何―」
気が付くと俺たちの視界は切り替わっていた。
ここは暗い教室。途端に、今まで肌に感じていた森の気配は消え失せ、俺たちは静まり返った教室の中に立っている。今のは、夢……? 教室の中を見渡せば、さっきと同じ立ち位置でみんなが立っている。夢では、なさそうだ、強制的に、森の中からここまで飛ばされた? 転移魔法か、何かで?
おそらくは、この転移をやったであろう主の先生はというと、冷や汗をだらだらと垂らしながら、床の上で固まっていた。
「……先生? どうされたんですか? 俺たちはどうして突然教室まで戻されたんですか? 時間切れか何かですか?」
先生は姿勢も表情も固まった状態で、ぼそりと呟いた。
「……スライムです」
「え?」
先生は、恐る恐るといった感じで口を開く。
「さっきのほよほよとした光の玉は……”スライム”と、そう呼ばれる存在です」
先生のその表情と言葉に、この急な転移の原因はさっきのスライムへの反応だと気づく。
「えっと……そのスライムっていうのは、危険なんですか?」
「敵性は……あの種は、性質的に気まぐれです。刺激しなければ攻撃してこない……時に、人間と良好に関わった例も、過去にあります……」
「えっと……じゃあ、別にここまで逃げなくても良かったのでは? 刺激しなければ大丈夫、なんですよね?」
先生が、ぎこちなく顔を俺の方に向ける。
「……鏡月さん。たとえ話ですが……たとえば、あなたたちの知る東京タワーが突然意志を持ち、歩き出したとして……あなたはどうなされますか? あなたは今、歩き出した東京タワーの足元に居ます」
「……とりあえず、逃げますかね。踏まれない所まで」
「そんな感じです」
え? あれそんなに強いの? 遠くに居た巨大アザラシにはあんなに興奮して観戦してたのに?
「あの森危なくないですか?」
「スライムの生息域は不定です。どこへでも現れますよ。でも人生で何回かしか見ません」
「この世界危なくないですか?」
≪ひとくちモンスターずかん≫
サムライカマキリ
二本の鎌を、居合切りのように脇にしまって構えている。常に強敵との戦いに渇望しており、短命。戦いの中で死ぬ。
デンゲキイノシシ
体内に過剰なほどの電撃を内包するイノシシ。その身の内にほとばしる電撃を抑えきれず、いつまでもどこまでも疾走する。何か轢いても気にしない。
バクレツハリネズミ
生存競争により防衛本能が研ぎ澄まされ、背中に生え揃ったたくさんの針は、少しの刺激で反応し、四方八方に飛び散る。その爆発は、自分の意思じゃ止められない。
ヒトノミダイジャ
森を横たわる大蛇。見えるものみんな飲み込めると思ってる化け物。森のみんなの水場をひとりで飲み干す。苦労してその尻尾を頭の前に置いたが、自分の尻尾を飲み込まないだけの知恵があった。
ダイオウゴマフアザラシ
無邪気な巨大なゴマフアザラシ。寝ている姿は小山のよう。楽しげにゴロゴロと転がり、無差別に世界を平らにする。
スライム
意識の芽生えた小さな精霊。その光の体には、膨大な魔力の塊が内包されており、ひとたび爆発すれば、一帯を焦土に変える。