フィールド探索”近場の森”*
「まずは、この世界の存在に実際に触れていきましょうか」
俺たちは先生に連れられ、街の外まで出てきた。荒野の上の建物を出て、見える街の景色とは反対の道に歩いていき、そして街の外側を大きく囲う外壁の門をくぐれば、そこから先は外の世界。俺たちは、見えている森の方へと入っていく。
そこは豊かな森の中。枝葉が作った影の地面の上を、俺たちは歩いていく。今のところ、見える景色は普通の森だった。足元を見れば、湿った地面に落ち葉がまばらに散らばって落ちている。湿った土の匂いが鼻の奥を突く。
「先生、俺たちの同意は」
「この世界には、俗にモンスターと呼ばれる不思議な生命体群が存在しています」
先生は白い服をはためかせ、俺たちの先頭をゆったりと歩いている。
「彼らの生態は、容易に説明が付かないようなものが多く……まぁ、実際に見ていただいたほうが早いでしょう。その辺のモンスターを探してみましょう」
先生は歩を早め、つられて俺たちは森の中を歩きだす。
「せ、先生。俺たちはそれと戦うんですか?」
先を歩く先生に俺が恐る恐る聞くと、先生はゆっくりと俺の方を振り返る。
「モンスターにはいろいろ種類が居ます。人間に敵対するもの、無関心なもの、中立的なもの、人間に利益を与えるもの……まぁ、この辺に危険なモンスターは生息していませんし、出会っても、まだ戦う必要は有りませんよ」
「そ、そうですか……」
「えー? 戦えないんですかー?」
と、ほかの生徒から声が上がった。声の主は、金髪の女の子の生徒だった、見れば、彼女は手に太めの枝を持ってぶんぶんと勇ましく振っている。先生もそちらの子を見て、答えている。
「モンスターと戦う際は、特殊な道具を用いないと有効なダメージを与えにくいですね。その枝では、何を相手にするにしても骨が折れますよ、キララさん」
枝が先に折れるんじゃないかな。
「じゃあたたかう道具は今くれないんですかー?」
と、金髪の子は続けて聞いている。どんだけ戦いたいんだ。
「今日は森を見て回るだけですね」
「ちぇー」
金髪の子は先生の答えに落胆し、ポイと枝を適当に投げ捨てる、背後に居た黒髪の女子生徒の顔にそれが当たり、背後の黒髪の子は顔を抑えて地面にうずくまる。
「見てください、早速居ましたよ」
先生の声にそちらを向けば、先生が指さす方向、土の地面の上に丸い岩の塊がある。先生に連れられ、俺たちはぞろぞろとその周りを囲む。
「先生、これが生き物ですか?」
俺たちの目の前にあるのはただの岩だった。
「これは、“イシハコビ”と呼ばれるモンスターの一種です。カタツムリにも似た生き物で、岩の内部を体液で徐々に溶かして空洞を作り、そこに体を入れ込んで、岩を背負い、ヤドカリのようにして移動します」
へー。元々の殻がないタイプなら、カタツムリよりもヤドカリに近いのかな。けどこの大きさの岩を背負って運ぶのか。筋力凄いなイシハコビ。
「動きませんよー?」
と、ほかの数人の生徒たちは黙って遠巻きに岩を見ている。
「そうですね。見た目はただの岩ですね。しかし、こうして持ち上げてみると、ほら」
先生は岩に手を掛け、傾けて見せる、俺たちはその下から穴の中をのぞいた。確かに、岩の底には穴が開いて中に空洞があるようであり……穴の中に何か居る、か? これ。
「先生、よく見えませんけど」
「そう……ですね。割ってみましょうか」
「割る……可哀そうじゃないですか?」
中に主が居るんじゃないのか?
「彼らが背負う岩には、有用な鉱石が含まれていることが多いのですよ。見つけた冒険者たちは基本割ります」
「可哀そうに思う気持ちとかないんですか?」
「何が入っているか楽しみですね」
先生は岩を完全に横倒しにし、横から穴が見える。先生はハンマーを取り出しガンガンとそれを叩き出す。やがて、岩の表面にはヒビが入り、その次の一撃で完全に岩は砕けた。割れた岩は二つになって地面を転がった。どうだろう、割れ目には、確かに空洞はあるが、
「……先生? やっぱり何も居なくないですか?」
「……みたい、ですね」
先生は、砕けた岩の中身を確かめている。
「すでに、捨てられたヤドだったのでしょう。残念です、中身は茹でると美味しいと聞いていたので」
と、先生は、残念そうにさらに岩を砕きながら岩の破片をあさっている。
「このイシハコビ? というモンスターは、岩を割っても、中身の主は反撃とかしてこないんですか?」
「この石のヤドこそが、イシハコビを守る唯一の砦です。本体は、動きの遅い、貝柱みたいな奴ですね。岩を割られた後の彼らになすすべはありません。攻撃性は皆無と言っていいでしょう。せいぜい腕に巻き付いてへし折るくらいです」
「へー」
……いや最後。全然元気じゃん。
しかし、聞いた感じ、異世界のモンスターとは言えど、変な生き物、くらいの範疇なのかな。探せばワンチャンあっちにも居そうだ。モンスターってこんな感じなのかな。
「これは……全部クズ岩……何の成果も得られませんでした」
先生は、岩の瓦礫のそばから立ち上がり、そう呟いた。
「勇者は、こういう生き物を狩って収入を得るんですか?」
俺の質問に先生は答えてくれる。
「そうですね……小遣い稼ぎや素材集め、経験値稼ぎなどにこういうモンスターを狩る、こともあります。基本は、一般人じゃ手に負えないようなモンスターが相手ですよ」
そう……こういうのが相手なら、俺でも相手出来そうだと思ったけど。
「せんせー、それもクズ石?」
と、生徒の女の子の一人が、岩の瓦礫の中を指さす。
「……? 何か見つけましたか? ミナモさん」
「ほら、それー」
ミナモと呼ばれた女の子は、砕けた岩の方に近寄り、一個の石の欠片を拾って見せる。彼女がぺっぺと表面の埃を払って見せると……中から、深い青の石の表面が見えて来た。
「おや、いいものがありましたね」
「いいもの?」
「その青い石は“アオクジャク”と言って、特殊な顔料に使ったりする、有用性の高い鉱石なのですよ」
「ふーん」
ミナモさんは、手元の石をぼーっと見つめている。
「ミナモさんが見つけたので、その石はミナモさんのものですね」
「いいんですかー?」
「街のギルドや商店を通せば、そこそこ良い値で買い取って貰えるでしょうが……どうしますか?」
んー……と、ミナモさんは手元の石をぼーっと見つめている。
「とりあえず、持っときます」
「そうですか。それはいいですね。見ていても綺麗な石ですよね」
先生は、柔らかく笑みを浮かべ、ミナモさんの方を見つめている。
「さて。結局中身は空でしたし、またほかの生き物を探して行きましょうか」
外も殻だぞ。
≪ひとくちモンスターずかん≫*
イシハコビ
岩をくりぬき背負って運ぶ、白い貝のような生き物。体は柔らかいが、岩を持ち歩くその筋力は並でない。ヤドとなる岩は有用な鉱石をよく含んでおり、冒険者によく狙われ壊される。中身は茹でられ食べられる。