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第二話、氷上の灯火 ーII

「おにい……ちゃん?」


 彼女がぼーっとした顔でそう呟く。


「マコモにその呼ばれ方をしたのは初めてだな。多分、人違いだ」


「……せんぱい……たすけにきて、くれたんだ……」


「先輩と呼ばれるのも初めてだが。マコモ、大丈夫か? 俺はキョウゲツだ、俺が誰か分かるか?」


 ふらっと、彼女の体が傾いた。気が付けば、俺は彼女に正面から抱き着かれている。彼女の手放した赤い棒が、地面をカランコロンと転がっていく。


「せんぱい……さむい……」


「寒い……体温が確保できてないのか? それとも食料が、っておい、マコモ、ちょっ、倒れ―」


 俺は彼女に押され、そのまま地面に尻もちをつく。あぐらをかいた俺の上に彼女が覆いかぶさり、彼女の足が開かれ俺の胴を掴み、両腕も背中に回して、体を俺の胸に寄せ、ぴったりと俺に密着してくる。


「ま、まこも……?」


 俺が声を掛けるが、彼女は俺の肩の上あたりに顔を埋めていて目線が合わない。


「せんぱい……さむい……」


「だ、抱きしめ返せばいいのか? 寒いんだな? と、とりあえず温まるまでこのままだな?」


 ぎゅううと、強い力で彼女に俺の体が抱きしめられる。彼女の体が押し付けられて、彼女の匂いがすぐそこから香る。


「……あったかい……」


「そ、そうか。それは良かったな。荷物にまだ上着があるし、それを貸そうか? あるいは魔石とかで炎を起こして―」


「あったかい……」


 少女の、安心したような声が耳元で囁かれる。


「……そうか。あったかいか」


「うん……」


「……ほかに、何かして欲しいことはあるか? お茶でも沸かすか? 体の中からあったまるぞ」


 俺は彼女に、優しく宥めるように話しかける。


「おにいちゃん……」


 誰のことを言っているんだろう。実兄が居るのか?


「お兄ちゃんではないが、まぁ別にそう呼んでも構わないけど」


「おしっこ……」


「おうぇええ? あ、あの、いつもどこでしてるの? 周り見てて欲しいんだったら見えないように近くには居るけど」


「ここでする……」


「ここで……するのか? じゃあ俺はいったん離れるから―」


 水音がする、何かが流れ出て、俺の足元に掛かって、温かい何かが染み込んでくる……少女にしっかり抱き疲れていて俺はろくに動けない、温かいそれらは染み出し、俺の腰元へ全部流れていく。何も出来ないまま俺の服がそれらが受け止めた。


「ちょっ、マコモっ」


「おにいちゃん……」


「……マコモ?」


 俺は少女の頭を無理やり剝がしてその顔を確認した。彼女は目の焦点が虚ろであり、息が不規則で、目がぼーっとしていて、額に手を当てれば……熱い。高熱が出ている。荒い彼女の温かい息が俺の頬に当たる。


 どうする。島までは距離があり、俺がこの子を背負って運ぶには多少時間が……少女の顔を見れば、まるで野にさらした蠟燭の火のように、今にも風に吹かれて消えてしまいそうだった。彼女はぎりぎりで熱を保っている。島の拠点もいいが、一応ここも安全地帯に見える。一度ここで彼女の体力を安定させるか。


「マコモ、いったん離れて。君の体をあっためるよ」


「やだ……やだ……」


 仕方ない、俺は彼女に抱き着かれたまま俺の背中の袋を外し、その穴に手を突っ込んで中を探る。取り出すのは、まずは財布。俺の手がそれを掴んだ、袋を取り出せば、ごろごろと大小さまざまな石が入った袋が手にある。


 魔石とは魔力の結晶であり、質の低いものは魔道具などの燃料として使用されている。色の付いたものは高濃度の魔力の結晶であり、高密度のエネルギーを内包しており高値で取引される。それは小さくて軽くて高価なものであり、冒険者たちはお金をこうやって高濃度の魔石にかえて持ち運んでいることが多い。


 また、色が付いたような高濃度の魔石は、それぞれ“属性”を帯びた魔石の結晶である。属性ごとに対応する色が付き、色が濃いほどその属性が濃く現われている。また、このような属性結晶は魔法を起こすための触媒としても使われ、例えば俺は“風”や“雷”のような魔法しか習得していないが、これらの高濃度の“炎”の魔石を使えば“炎”の魔法が、“水”の魔石を使えば“水”の魔法を使うことが出来る。


 この色とりどりの魔石の入った財布は、同時に多様な魔法を使うための宝庫でもある。


 俺は“炎”と“水”の魔石を手に取り……いや、先に器が必要だな。足元は氷、その上に何かを……。俺はバッグからシートを取り出し、それを片手間に地面に広げる。これは優秀な断熱の魔法のシート。それから―


 俺は荷物の中に入れておいた金属のインゴッドと、それから一つの魔石を取り出す。赤い、燃えるようなオレンジの鮮やかな石。俺が市場で気に入って確保していた石だ。たまに使って遊んでいた、それは“錬金”という属性の石。


 俺は魔石を握り、魔力を流し、指先でどうにかインゴッドに触れる。橙色の光の帯が、俺の握る手から生まれ、それは空中を流れ銀色のインゴッドへと流れ込んでいく。


 硬いはずの銀色の延べ棒が、俺の意思に応じてぐにゃりと溶ける、それは平坦に、うすく、出来るだけ薄ーく、地面の上に敷いたシートの上を広がっていく。銀色の円状の板になったら、次は外側から盛り上げていく……そう、まるで料理に使うボウルのような、薄い金属の大きな器。


 ふぅと息を吐く。


「マコモ、いったん移動するよ。そこの銀色の中に移ろうか」


 返事がない、彼女は俺の胸の上で息をしている。俺は彼女の体を抱え、立ち上がり、ボウルを傾けて中に入り、その中心へと収まった。


「マコモ、暴れないようにね」


 即席の銀色のボウルは薄さがギリギリで強度も心許ない。だが今はこれしかない。俺は持ってきた赤と水色の魔石、それから魔力代替用の燃料魔石を手に、魔法を発動させる。


 魔力で出来た水が足元に流れ、底から順に上へ上へと満たしていく。魔法の炎は酸素を必要としない、“炎”を同時に水中に生じさせ、それらの水を温めていく。


「マコモ、ほら、足を下ろしてみて。ゆっくりね。あったかいよ」


 呼びかけてもマコモは両足を俺の体に回したまま離れようとしない。俺はゆっくりとしゃがみ込み、再びボウルの上で、またあぐらをかいて座る。少女の足先やお尻の先が、上がっていく湯面の先に着いた。少女はぼーっと、銀色のボウルの中に溜まっていく湯面を見つめる。


 少女は、その温かさに惹かれたように、自分から離れ、銀色のボウルの底にへたり込んだ。俺は両手が自由になり、魔法に集中してどんどん湯かさを増やしていく。すぐに、座り込んだ少女のお腹くらいまでお湯が溜まった。


「あ……温かい」


「何か食べる? マコモ」


「……おかゆ」


 おかゆ無いんだよなぁ。まぁ携帯食料のサンドイッチがある。水で煮たら似たようなもんになるか。俺は湯の中から一度立ち上がり、ボウルをひっくり返さないように注意しながら傍の荷物の袋を引き寄せた。中から、金属製の器、携帯食料、飲み水を取り出し、器に全部ぶち込んで、“炎”の魔石を使ってそれを煮始める、同時進行でボウル内の湯かさも増やしていく。


 座り込んだ少女の肩の下くらいまでお湯が溜まった。同時に、器の中の煮サンドイッチも煮えている。しかし器が熱いな。俺は隣に座り、匙だけを彼女に差し出す。


「マコモ、俺が器を持っておくから、食べていいよ」


「……たべさせて」


 まだ、“誰か”に甘えたいモードは続いているようだ。俺は、お湯の中に座る彼女に、器を寄せて、そこから匙で一口掬い、彼女の口元へと持っていく。湯気やらでぽわぽわしている彼女はぼーっとそれを口にした。


「……不味い」


「栄養は保証しよう。全部食べな」


「……」


 少女は従順に、雑煮ざつにの中のものを頬張っていく。すぐにそれは無くなった。


「少しは元気でた?」


 少女はぼーっと、ただ俺の顔を見上げている。さきほどよりは、俺の顔に焦点が合っている気がする。


 氷の洞窟の、奥に置かれた銀ボウル。暗く、上から青く透けた光が差し込んでいる。ボウルの中で、お湯に浸かった俺たち二人。湯気が水面から立ち上る、肩まで浸かっていれば体は温かいが……少しにおいが気になるな。いったん水換える? いや、魔力量に余裕があるわけでも……。


「おゆのみたい」

「お湯ね。今から作るね」



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