第一話、入場
俺は停滞していた。新たな環境に身を置いて、新たな武器を手に入れ、新たな魔法を覚えて、新たなスキルを獲得し、俺はそれらを一つ一つものにして、使えるようになっていた。
だが、どうだろう? 俺はどこまで強くなればいい? 俺は本当に強くなっているのか? 今日と比べて、昨日は、一週間前は、一か月前の俺は、俺はちゃんと前に進めているのか? 分からない。
俺は今、どこに居るのか分からなかった、だから知りたかった。新しい強さを。俺は今どこに立っていて、どこまで歩いていけばいいのか。俺は、広い世界に答えを求め、部屋の外へと旅立った。
*
“雑用を請け負ってくれる人間を募集しています! 難しい仕事、危ない仕事は任せません! 一緒に黄金街に行ってひと稼ぎしましょう!”
俺はギルドでそんな文言の募集の依頼を見つけ、すぐさま紙を剥ぎ取り受付まで持っていった。
「にーちゃんが、応募してくれた人か?」
通りから脇道へと入っていき、路地裏を通り、暗い空き地に着けば、その子は立っていた。
「君が、この依頼の募集主?」
「そうだな」
その子はあっけらかんにそう言う。言葉を憚らずに言えば、身なりの汚い少年だった。まとっている服はボロボロであり、服や顔も汚れている。これ本当に大丈夫だろうか。まぁでも大陸だしなここ……。
「汚いね」
「率直に言うね、にーちゃん」
「服を買うお金すら無いのか? 黄金街への移動賃はあるのか? それとも歩きで行く気か?」
俺は少し心配になり、問い質してしまう。
「綺麗な服は持ってるよ。今は他の仕事の帰りでな、せわしなくてすまないな」
「見た目は信用だぞ、がきんちょ。手間は惜しまず見た目は綺麗にしといたほうがいい、特に初対面の相手には」
「つっても、どうせこの後も汚れるしな。あんたも、汚れてもいい服に着替えた方がいい」
「汚れる?」
彼は後ろの車(?)らしきものを指している。一匹の馬の後ろに付いた幌車、人を乗せるものというよりかは荷物を乱雑に積んで運ぶようなぼろい車だ。荷馬車にはすでに大量の干し草の先客がいる。
「……おいおい、まさか“それ”に乗っていくつもりか?」
「知らねーのか? にーちゃん。この時期の“黄金街”への移動手段はどれも高額なんだ。ま、出せる金がありゃそっちで行ってくれていいぜ。現地で落ち合おう」
彼はここから黄金街への移動費を教えてくれる。魔導のエンジンが引っ張るいつものバスに乗るには、今の俺の貯金の二、三倍は必要だ。ただ見学に行くつもりの俺には気が重くなる値段だった。
「早速だがにーちゃん、現地に向けて出発したいんだが、準備は万端か?」
青髪の褐色の少年は、淡泊にそう言った。
「戦うところは基本俺が請け負うよ。ただ、奴らが落とす金塊は重くてね。それを持ったままじゃ俺はまともに動けない。運搬役が要るんだ。俺があんたを守るから、あんたは重い金塊を運んでくれ」
仰向けに寝転べば、青空がただ流れていく。頭上から風を感じる、荷車はたまに跳ねるので、その時に落とされないように注意している必要がある。藁の上に俺たちを乗せた荷車は、一匹の丈夫な馬によって引かれ、街道を走っていく。見渡せば何もない草原や山が見える。
彼は荷車に乗せられたまま、今回の仕事の説明を始めた。“お前はまだ子供だけど戦えるのか?”、なんて、今まで何度も聞いてきた質問だ。今回はもう、聞かなくていいだろう。ここは龍脈の横たわる大陸の上であり、そんな所で一人で歩いている子供はただものじゃない。
「分け前は?」
「……いくらがいい?」
少年は、鋭い目つきで聞いてくる。
「お任せするよ」
「じゃあ9:1だな。俺が9で、お前が1だ」
「おっけー」
「……正気か?」
と、少年は身を起こし、訝し気にそう言ってくる。ガタガタと荷台が揺れている、彼の背後の景色も流れていく。
「戦うのはそっちでしょ? 荷物持ってるだけで稼げるなんて、楽でいいね」
「……一応言っておくが“リスク”があるぞ。俺に任せて負けりゃ無一文、どころか身の危険もある。そんな時、あんたはただ右に左に流されるだけの荷物持ちだ。甘い話じゃねぇ」
「君は弱いの?」
「……そういう話は今してねぇ」
「ダメそうって思ったら他の人のとこに行くかもね。ただ、俺はあまり腕に自信がなくてね。俺なんかを拾って黄金街へ一緒に行ってくれるのなんて、探しても他に居ないかもしれないしね」
彼はゆっくりと背中を藁に下ろしていく。
「7:3でいい。あんたが3だ」
「いいの?」
「しっかり働け。あと裏切るなよ」
「ほいほい」
裏切るってなんだ。あぁ、そう言えば欲に目のくらんだ冒険者も多く集まる祭りなんだっけ。裏切って分け前を持ち逃げするなとか、そんな意味だろう。
昼と夜が過ぎて、やがてその街が見えてきた。彼は近くの木陰に荷車を置いて、藁の中からバッグを取り出す。
「街に入んないの?」
「こんな格好してったら守衛に止められるだろ。着替えてから入る」
彼は袋から服を取り出した。何の変哲もない町民の服。彼はポイポイと服を脱ぎ捨て、さっさとその服に着替え終わった。俺はタオルを水で濡らして彼に渡す。
「顔が汚れてるよ、拭いたらいい」
「……タオルが汚れるぞ」
「タオルはそういうものだよ」
彼はそれを手に取り、顔や頭、手などを軽く拭いている。
「洗って返す」
「いっぱいあるから貰っていいよ」
「……まぁそうだな。こんなのを返すのもあれだしな」
木陰で服に付いた藁を払い、多少身綺麗にして、俺たちは馬と一緒に見える街の門まで歩いていく。
壁の下まで着いたら、他の冒険者やら馬車やらが止められ、並んで列を作っていた。俺たちは最後尾に並び、順番に前へ進んでいく。
「……貴様らは?」
門の下には鎧をまとった守衛さんが立っていた。隣の彼が一歩前に出る。
「俺たちは観光客です! 有名ならお祭りがあると聞いて、遠くからやってきました!」
聞きなれない声が出てきて、俺は思わず隣を見る。明るく溌溂とした声、見れば、隣の少年は顔つきまで明るく、人好きのする表情へと変わっている。
「……子供だけでか?」
守衛さんは、俺と、少年と、ぼろい荷車を順番に見る。
「多少は腕が立つんですよ! 子供だと思って侮らないでください!」
「……そうか。身分証はあるか?」
彼は懐からそれを取り出して提示し、俺も冒険者カードを取り出して守衛さんに見せた。
「ふん。大丈夫そうだな。観光で来たのなら関係ないかもしれないが、今の時期は外から人が多く集まる、出来るだけ取り締まってはいるが、治安の悪い輩も多い。街の中では気を付けて、薄暗いところには近寄らんようにな」
「はい! ありがとうございます! お仕事お疲れ様です!」
俺たちは門の下を潜り、壁の中へと進んでいく。
一気に視界が広がった、街を華やかに彩る装飾がまず目に映る。壁の中には、赤と白のレンガの街並みが広がっていた、まっすぐ大通りが伸びていき、通りの両側にはたくさんの屋台が並んで外から来た人間を出迎える。お祭りの時期だからだろうか、通りには人も多く、町全体が賑やかだ。
「まずは馬を預ける所からだな」
「あぁ、戻っちゃった」
「……戻ったってなんだよ」
彼は今までの素っ気ない態度に戻ってしまった。
「さっきまでの可愛い少年は?」
「疲れるからいつもはやんねーよ。金を払ってくれるんならやってやる」
「じゃあ金が出来たら考えるかー」
馬を厩舎に預け、俺たちは壁近くの、高い壁の日陰になっている、ぼろっちい宿を見つけて、やってきた。壁に沿った道のすぐ隣の宿だ。頭を上に向けて見上げればやっと空が見える、壁の圧迫感がすごい。
「あんたもここに泊まんのか?」
と、少年は目の前の建物を眺めている。
「察するに、宿代もお祭り価格に吊り上がってると見た」
「明察だな。金が無けりゃここに泊まれよ、外で寝るよりかはマシだ。俺も顔を合わせる手間が省ける」
俺たちは受付のお爺ちゃんにお金を渡し、それぞれ部屋を取る。荷物を置いて外に出てきた。部屋の前に出れば、彼はまた違う服を着ている。
「いろいろ混むから先に入ったが、祭りが始まるまでまだ時間がある。それまで好きにしてりゃいい」




