第二十一話、歩みのズレ
「そろそろ祭りの時期じゃ、わらわは別の街へ行くから、しばらくさよならじゃの」
「祭り? わしも行きたい!」
「駄目じゃ」
ここは森林街にある宿の一室。俺が借りている部屋に、ジャノメやシラアイが集まってめいめいにくつろいでいた。カーテンは開き、室内には明るい光が入って来ている。
「どうせなんだかんだ連れてってくれるんだろ」
「……残念じゃが、今回ばかりはそうは行かんの」
シラアイは落ち着いた声音でそう返した。
「祭りって……あの、“黄金祭り”?」
「そうじゃな」
船の上で通りすがりの赤い髪のおじさんが話してくれていた。黄金街の近くで黄金を落とすモンスターが現れるという、冒険者たちの金稼ぎの時期。
「なんで」
ジャノメはつっけんどんに聞く。
「危ないからじゃ」
「俺たちの実力が、また足りてないって話?」
「それも、あるかもしれぬの。じゃが、黄金街でモンスターを倒せたとしてじゃ。その後には、野蛮な冒険者たちが待ち構えておる」
「冒険者が?」
シラアイは、ベッドの上に座るジャノメの後ろに回り、背後からそのふわふわとした髪の毛を触っている。
「そちらがどのような経験を経てきたかは知らんが、冒険者というのは善人ばかりではない。むしろ、力があれば金を稼げるというその性質上、金目当てなら何でもするという人間も多く存在している」
シラアイがどの程度を言っているのかは分からないが、俺も少なからずそういう人間は見てきている。
「そして、わらわが行くのは“黄金祭り”じゃ。人界では中々にない、冒険者が金を稼げる一大イベントじゃ。お金を稼ぐため、お金を稼げるモンスターを倒しに多くの冒険者が訪れるし、そうやってお金を得た冒険者から金を毟り取りに、多くの無法者たちも訪れる。光があれば影がある、強い光には強い影が付きまとう。そちらが精いっぱい黄金祭りでモンスターを狩ってきたとして、弱ければ他の冒険者に襲われ、その成果は奪われてしまうじゃろうな」
「治安悪いな……」
「まぁそういうことじゃの。わらわは慣れておるが、そいつらから二人を守る余裕はない。まぁ、これを渡しておくから、その気があるなら祭りが終わった後に合流しようぞ」
と、シラアイは手から白く淡く光る石ころを取り出し、ジャノメの手の上に置いている。
「これは?」
「“共鳴石”じゃ。一つのものを二つに割れば、元に戻ろうと二つは引き合う。遠く引き離してもその性質は変わらぬ。持っていれば、石の引っ張る方に進めばもう片方に会える」
「ふーん?」
ジャノメはぼーっと、手の中の石を見下ろしている。
「俺の分はないのー?」
俺がそう言うと、シラアイは意外そうに顔を上げた。
「ふむ、二人は一緒に居るのではないかの。あまり分割しすぎると面倒じゃが……まぁ、別れる時はその石をまた二つに割って持っていくがよい」
確かに。三つに割れば目指すのは三つの石の真ん中だ。三人、あるいは最低同時に二人が集まろうとしないと合流できない。
「そんな訳でわらわはしばらく留守にするが……わらわに付いて来たそちら二人をこの街に置いていくのは、それはそれで忍びない気持ちではあるのじゃ。わらわが居なくても大丈夫かの」
と、白髪の少女は鼻を鳴らす。
「勘違いするな。わしの行く先にたまたまお前が居ただけじゃ。“お前がわしを置いていく”というその認識が間違ってる。わしはただここに居るだけじゃ。好きなように行くがいい。まぁ、戻る時には土産を持ってこい」
「……そうかの」
「シラアイが無理だって言うんなら、俺も無理には付いて行かないよ。最近はここのレベルにも慣れてきたし、俺だけでもなんとかなると思う」
「……そうか。ではわらわを引き留めるものはここに無いな。わらわは、荒波に揉まれて金塊を掴んで参ろうぞ」
シラアイは、名残惜しそうにジャノメのふわふわの髪の毛を弄っていた。
シラアイが街を発った。彼女が借りていたはずの宿を訪れても、中には今は誰も居ない。俺は隣を借りている、ジャノメの部屋を訪れる。
「じゃあそういう訳で、俺もその街に行ってくるよ」
俺が部屋で彼女にそう言うと、ジャノメは呆れたような顔で言葉を返してくる。
「キョウゲツは、あいつに付いて行かないと言ってはいなかったか?」
「シラアイに付いて行かないとは言ったよ。でも、俺が黄金街に行かないなんて言ったっけ?」
ジャノメはぼーっと天井を見上げている。
「……言ってないが。おぬしは、もしやわしをここに一人で置いていく気か?」
俺は“俺がお前を置いていく”認識なんだ。
「一応、お前がどうするかは聞きに来たよ」
少女はいったん、空を見上げて考える。
「わしは行かん」
「そっか」
「人の悪が怖い。その場で、それらからわしを守ってくれるに足る人間は傍に居ない」
「確かにね」
俺はジャノメの頭をわしわしと撫でる。ちゃんとリスク管理が出来てる、賢い。
「ジャノメは、一人にしても大丈夫?」
「……」
「一緒に居て欲しいっていうんなら、“今回”は諦めるよ。別に、どうしても行かなきゃいけない理由はない。どうせ、ただ見学に行くだけのつもりだしね」
ジャノメは、俯き、しばらく考えていた。少女から次の一言が出てくるには、しばらく間があった。
「……わしなら、一人でも大丈夫じゃ」
「……そっか」
「……この街に、わしを見捨てた冒険者はおらん。わしは一人では戦えんが……この街でなら、交友を広げてみるのもいいかもしれんな」
ジャノメは、俯きながらもそんなことを言っている。
「誰か、一緒に居てくれる人が見つかるまで、俺も一緒に居ようか?」
「要らん。……一人でも、やれる」
少女は、不安そうな声でそう返す。
「もし何かあったら、ギルドを通してでも俺に伝言を飛ばして。すぐに戻って来るから」
「……うむ」
俺は、満足するまで、ジャノメの頬や髪を撫で続けた。




