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教科『異世界』の時間だよ! ~武器と魔法とスキルを学んで、仲間と共に異世界を歩き、モンスターを倒し強くなれ!~  作者: 藍染クロム
-天使の羽編

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第二十話、氷の翼 ーII

「分かるな? ツバキ。俺はお前にそうなって欲しくない。それだけだ」


 彼は冷たい、あるいは少女を傷つけないような優しい口調で、少女に語りかける。


「……じゃあ、私にどう戦えというんだ。私の腕は細く、力もない」


「知らんな。そもそもお前は戦う必要があるのか? お前は内地で、花でも愛でて生きていけばいいだろう」


「私は!」


 少女は、勢い良く立ち上がる。


「私は……叔父さんみたいに強く……人を守れる人間に、なりたくて……」


「それで頼るのが“その魔法”か?」


「……」


「今はもう戦時中じゃない。俺たちは身を守るにも、手段を選んで戦っていくべきだ。身を削って戦う奴なんて歓迎されてない」


「一個質問いいですかね」


 俺が口を挟むと、彼は退屈そうな目を俺に向けてくる。


「なんだ。言ってみろ」


「魔法を使っていくと“魔物化”が起きるって話なんですけど、それってどれくらい使った場合に起きてくるんですかね?」


「……」


「すみません、あんまり詳しくなくて。でも、例えば人界では“転移”の魔法ってありますよね。あれは“転移屋”さんっていう、専用の“転移”の魔法使いがやってくれてますよね。彼らはみんな“天使”になっちゃうんですか?」


 彼はやはり、面倒くさそうに天を仰いだ。


「“魔物化”については、そう簡単には起こらん。魔法を使い続ければ、と言っても、体に変化が現れるようほどの影響は、“深層”レベルに達するほどの魔法使いか、あるいは高濃度の龍脈に触れるかしないと、まず見ることはないだろう。せいぜい体内の魔力量が増えるくらいだ」


 “深層”。人界付近では、龍脈の度合いを“0”から“10”未満までの段階に分けており、そして、普通の人間じゃ出入りすらできないほどの“10”以降の龍脈の深度を、“深層”と呼んでいる。“深層”では、息もままならないほどの龍脈が場を満たしているほか、そこの龍脈の影響を受け、変異、あるいは進化した化け物たちが歩いている。通常の冒険者は“深層”に出入りしない。すぐに死んでしまうから。


 要するに、普通の一生で魔法を使うくらいなら、“魔物化”が起きるほどの変異は体に現れないということ。


「あなたの言っている“天使の技”って、この子の強化魔法のことですよね。それは、この子に使っている間に、この子の体に影響を与えるほどの変化をもたらすんですか?」


「分からんな」


 彼はあっさりとそう返した。


「人界付近の龍脈はほとんどが“大自然系”だ、魔物もそう。俺たちは“大自然系”の属性の扱いには慣れてるが、それ以外の属性にはそうではない。“天理系”の魔法をどれだけ使ったなら“天使”に至るのかは、まだ明らかにはなっていない」


「……でも、この子には使うなって言うんですね」


「あぁ。その性質から考えれば分かるが、“天理系”の代償は厄介だ」


 彼は空を仰ぎながら、淡々と話を続ける。風が吹いて、頭上の枝葉が揺れている。公園に今はほかに人が居なく、街の喧騒からも少し離れて、この公園は静かだった。


「たとえば、“天理系”の魔法の代償で、本来の寿命から引き延ばされて二倍になったとしよう。そうすれば人生が二倍になり、単純に考えれば、人生で“天理系”の魔法を使用する機会は二倍になる。魔法を使う機会が二倍になれば、増えた代償の分また寿命が延びる。伸びた寿命でまた魔法を使用する機会が増える。そうやって、いつからか加速度的に“天使”へと近づいていく。どこからって話じゃねぇ、出来るなら、一生触れないほうがいい」


 まぁ実際はそう単純な話ではないがな、と彼は続ける。


「基準が曖昧な理由で力を使うなと言われて、お前が納得できない気持ちは分かる。だがそもそもお前は冒険者になる必要はないし、冒険者にならないならそんな魔法を使う機会もそうそうないだろう。お前が冒険者の夢を諦めれば、それで万事解決。みんなハッピー。そうなるはずだったんだがな……」


 と、彼は横目で俺を見てくる。いや別に俺のせいじゃないし……。


「だが、お前はここまで来た。なんでなんだろうな」


「私は……私は、叔父さんみたいに……」


「あぁ、分かる。聞いたさ。俺に憧れて来たんだろう。……あぁ、ったく、俺はお前の頬を引っぱたいて夢を覚ましてやった方が、きっと良い叔父さんだったんだろうな……」


 と、彼は立ち上がる。少女へと手を差し出す。


「ロッドを貸せ」


「……もう貰ったものだ。これは、私の―」


「別に取り上げやしねーよ。使い方を教えてやる。貸してみろ」


 少女は、ロッドを取り外し、おずおずと彼の手に渡した。


 彼は少し離れ、こちらを向いて棒を片手で横一文字に握る。公園の中で、風が周囲の木々を揺らしている。


「これは等級★4の“氷”の導器だ」


 瞬間、彼のロッドを握る手から、魔力の光の帯が溢れ、こぼれ出していく。それは多くは銀色のロッドの中に注がれているのだろう、銀のロッドは魔力を注がれ、やがてその全体が青白い光を湛え、光りだす。


「“氷”の利点の一つは、固体になるってことだ。そしてそれは魔力で出来た氷の塊だ、魔物にもよく効く」


 棒の片方、その先端から、光で出来た雫が湧き出、膨らみ、今にも零れ落ちようとしている。刹那、光の雫は膨らみ、後ろに氷を作りながら下へ下へと垂れ下がっていく。やがて棒の先には、湾曲した刃先が出来ていた。ロッドは氷の刃を纏い鎌に変化する。


「ま、強度は魔法の練度によるがな。氷はいくらでも作れるし、どうとでも作れる」


 ぱりんと、彼は膝で氷の刃を折った。ロッドからまた氷が伸びていき、次は氷の槍先を備えた槍になる。彼はまた氷の部分を折り、次は、大きく分厚い刃を備えた斧になり、次は氷の塊をぶら下げた槌になり、その次は、棒を中に内包した厚めの直剣となる。


 彼が振れば、棒から氷の刃が抜け落ち、地面に落ちる。それは段々と地面を冷やしながら空気へと溶けていく。


「こんなもんだな。器用なお前なら使いこなしてくれると思ったが、なかなか俺の意図は汲んでくれないらしい」


 そう言って、彼はロッドを投げて返した。少女は受け取り、惹かれたようにその銀のロッドを見下ろしている。


「かっ、必ず使いこなしてみせる、私も」


「そうか。まぁ頑張れよ」


 少女は彼の言葉に目を輝かせ、だがすぐにその頭が落ちていく。


「……だが、今の私では……戦えない。“あの魔法”なしでは……」


「ここでなきゃダメなのか?」


「……」


「内地へ行け。そっちでなら、お前の腕に見合ったモンスターもたくさん居るだろう。そこから少しずつ積み上げて行け。そしたら、またいつか、“天使の技”なしでここまで来れる。無理に今急いでここに居残る必要はない。お前の人生はまだこれからだろう」


 ガリウスさんの言葉に、少女はまた黙って俯いたままでいる。


「俺としては、その間に心変わりでもするか、あるいは一生弱いまま内地で遊んでくれるかしてくれればいいんだがな」


「私は強くなる。必ず。叔父さんみたいに」


「おう、そうか」


 彼は、低い位置にある少女の頭を、がしがしと乱暴に撫でた。



「という訳だ。私は私の身の丈に合った狩り場を探して、そこからまた始めようと思う。私はここを離れる。短い間だったが、先生には大変世話になった。先生から教えてもらった魔法の動き方も、無駄になってしまったが……」


 彼が去った後、俺と少女がこの場に残った。少女は俯いて、申し訳なさそうに俺にそう言ってくる。


「別にいいよ。それに、君が頑張ったことは無駄にはならない。君の望んだ形で報われるとは限らないけど。君のために頑張ったそれらは、必ず君のことを助けてくれるよ。謝らないで」


 少女は、おずおずと頭を上げる。


「……先生は、ずっとここに居るのか?」


「どうだろうね。今は風に吹かれる根無し草だからね。まぁその辺に居ると思うよ」


 俺はどこに居るんだろう……明日の我が身さえ保証できないな。


「私はいつか、また先生の背中に追いつく。それまで待っていてくれ」


「待っているとは言ってあげられないね。俺も先を急ぐ身だ。まぁ、勝手に追いついてくる分には止めはしないけど……無理は、しないようにね」


 俺が語り掛けると、少女はこくんと頷く。


 それから、少女は、何度もこちらを振り返りながらその場を去って行った。それきり、ギルドでも少女の姿を見なくなったし、それからの彼女がどうなったのかも聞いていない。俺の心の中に残った、触れれば冷たい一抹の寂しさも、その内溶けて消えていくのだろうか。


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