第二十話、氷の翼
「お前が引き受けたのか」
ギルドを出ると、通りにガリウスさんが立っていた。俺の隣に立っていたツバキを見て、彼は俺にそう言ってくる。俺が何かを言う前に彼は視線を外し、隣のツバキに目を合わせる。彼はいつものように、退屈そうな、冷たい視線をツバキに向けている。
「お前、“天使の技”を使ったそうだな」
付いて来いと言われ、俺たちは彼の背中を追って歩いていく。着いたのは、街の中に作られている小さな公園。街の外とは違い、平均的なサイズの広葉樹が植えられており、街の中でも自然に囲まれたひと時を過ごすことができる。
彼はどかっと、据えられたベンチの一つに座った。そこは広葉樹の枝葉に空を遮られ、日陰となっている。
「まぁお前らも座れ」
彼は俺らに指図する。
「地べたにですか」
「なわけあるか。隣にまだ空きがあるだろ」
と言っても、どういう順番で座るんだ? まぁ、彼が用があるのはこの子だろう、俺は少女をガリウスさんの隣に座らせ、俺はその隣に座る。少女は背が低いので頭の上からガリウスさんが見える。
彼はほうと息を吐いて天を仰いでいる。
「どうして“天使の技”を使った?」
彼は天を仰いだまま、そうぼやいた。誰に聞いているのか不明瞭だが、流れ的におそらくツバキに聞いているのだろう。俺が少女の頭を見下ろせば、ツバキは俺の顔を見上げている。
「え? 俺?」
「違う。俺は先にお前に言ったはずだよな。“それ”は使うなって。どうして使った」
彼に話しかけられた少女はそっぽを向き、むすっとした声で彼に答える。
「魔法も使わずして、ここのモンスターにどう抗えと?」
「知らん。それはお前で考えろ」
「私のことを助けもしてくれないくせに、私から戦う力を奪うのか?」
「そういう約束だったよな。お前がここに来るなら、俺の言うことを聞くって。そういう取り決めで、お前はここに来れたはずだ」
彼はツバキを見下ろし、諭すような口調でそう言ってくる。事情が見えてこないな。
「俺も、話に混ざった方がいいですか?」
俺が口を挟むと、彼は面倒くさそうに顔を上げる。
「……はぁ。お前がこいつを手助けしてなけりゃ、こいつもモンスターを倒せていなくて、最初から詰んでいたはずなんだがな……」
「俺のことを買い被りすぎですよ、ガリウスさん。この子は優秀です」
「そうか。まぁこいつは俺の姪だからな」
親戚だったか。やけに距離が近いとは思った。二人の雰囲気も、言われてみれば心なしか似ている気がする。
「お前、“天使の技”って知ってるか?」
彼はまた頭上を仰ぐ。彼は脱力してベンチにもたれ掛かっている。
「龍脈や魔力には、四つの属性がある。“大自然系”、“天理系”、“命理系”、“干渉系”。天使、と呼ばれる連中が使う魔法は、このうち“天理系”と呼ばれる属性に当たる」
いつか、授業で聞いたような内容だ。
「この内、“天理系”や“命理系”に属する魔法の多くは、この人界においてはその使用が大きく制限されている。いわゆる禁術指定というやつだな。なぜこれらが禁術に指定されているか、お前、分かるか?」
彼は俺に聞いているようだった。
「……危ないから?」
「魔法の大半はそうだ。“炎”や“雷”といった魔法の類も、公的な場では使用が禁止される。だがこの“天理系”らが禁止されている理由は大きく異なる」
彼は大きく、はー、と息を吐いている。
「それらの魔法は、使うほどに、使用者が人でなくなっていくからだ」
つられて俺も空を見上げれば、そこには水色の空がある。薄く白い雲のベールが掛かり、太陽も少し霞んで見える。
「魔法を使えば使うほど、そいつらは人でなくなっていく。もちろん“大自然系”の魔法もそうだ。人の身は強い龍脈に浸されるほどその影響を受け、その体が変質していく。いわゆる“魔物化”という奴だな。角が生えるもの、尻尾が生えるもの、獣のような体毛が生えるもの。人の身で竜に近づけば近づくほど、その体は歪に“変異”していく」
彼はどこかの知識を、ただ淡々と語っていく。
「まぁとはいえ、“大自然系”の本質は“変異”、“干渉系”の本質は“破壊”だ。影響を受けすぎたって、いずれその個体は自壊する。死ねば解決だ。だが“天理系”は違う。“天理系”の本質は“保持”。使えば使うほど、体は成長を止め、そして心も固まっていく。使い続けて行き着く先が―」
彼はおもむろに手をあげ、少女の頭の上まで持っていき、ぽんぽんと、優しくその頭を叩く。
「“天使”という生き物だ」
少女は、さきほどから一言もしゃべらず、口を噤んで俯いており、彼の手にもなすがままにされている。
「奴らは永遠に囚われ生きる。そうなれば、もう普通の人間ではいられない。それが“天理系”や“命理系”が禁止されている理由だ」
“天使の技”……確証はないが、少女が固有の魔法だといったあの強化魔法は、その“天使の技”に由来するものだったのだろう。
「分かるな? ツバキ。俺はお前にそうなって欲しくない。それだけだ」




