ホームルーム
ーそれは小さな勇者の成長と人助けの物語ー
何でもない平日の昼間、瞼の裏ではどこかでまばゆい光が差し込んでいるらしく、それは俺の意識の端をじりじりと焦がしている。俺は薄く目を開け、締め切ったカーテンの向こうを見つめる。窓の外の世界は今どんなだろう……。俺の体は、今も布団に埋もれている。
今日も、何かをやる気も起きない。学生や社会人なんかは、今頃はもう外に出て、自分の役目をこなしている頃合いだろうか……俺の時間はもう、何も刻まない。
ぼんやりと、頭は思考を続ける。今日は……今日は、何をしよう。俺の思考はぎこちなく回り、回転を続けようとする。何をしよう……何をすれば、いいんだろう……。
意味もなく目を開けて、見えるのは部屋の天井。消えた電灯。意識の外で、無意味に、規則的に鳴り続ける時計の音が、俺の感情をチクチクと刺し続けている。遠くに聞こえる人の声が怖い。
*
俺はそこに立っていた。
「ということで、あなたはこれから異世界に赴き、そこで勇者になるための授業を受けます」
白い床、無機質な空気。そこは何もない白い世界。見渡せば、空間全体が明るく、じんわりと温かい。近くをふわふわと光の玉が浮いている。ともすれば眠ってしまいそうだった。俺の知ってる世界から、一切切り離されているような、不思議な空間。俺の意識はこの場所をぼんやり漂っている。
「ゆう……しゃ」
「無理をなさる必要はありませんが、そのうち魔王とかを倒していただけると、みなさん喜ばれますね」
ゆるい条件だった。
「俺が、倒す必要はないんですか? その……魔王とやらを」
「まぁ勇者はいっぱい居るので。たとえあなたがそれを為さなくとも、誰かがそのうちやってくれますよ」
俺の前には、綺麗な女性が立っている。白い衣に身を包み、表情は無機質で、しかし不思議と温かみがある表情だ。彼女は、対面に立っている俺に視線を合わせている。
「俺は……どうして俺が、選ばれたんですか?」
「あなたが選ばれている理由ですか? お部屋の中で、暇そうにされていたので」
「……それだけ?」
「せっかくなので、手伝ってもらおうかなと」
特に大した理由ではなかったらしい、神様は率直にそう答えてくれる。俺が、特別な人間だったから、とかじゃないのか。そうか……。
「この話は、いつでも断っていただいて構いませんよ。あなたが気に入らなければ、このことはなかったことになり、あなたはいつでもすぐに、いつも通りに帰れますから」
……いつも通り。俺の、いつも通り……。
「……一度、俺はその”異世界”へ行けば、行ったきりなんですか?」
「行ったきり。元の世界へ戻るかどうかを、聞いていますか? では、魔王を倒せば、元の世界へ戻る権利を与えましょう」
魔王を倒せば……魔王ってなんだ……。
「勇者は……俺でも……俺なんかでも、やれるんですか」
「あなた次第ですよ」
簡素な答えだ。真っ白な衣を身にまとう神様は、静かに俺の目を見ている。冷たいとも取れる答えだ。
「……俺は……俺は、必要なんですか?」
「はい」
「俺は、その世界から、必要とされてるから、呼ばれてるんですか」
たどたどしい俺の問いに、神様は、人差し指をあごの下に当て、上を向きながら少し考える。
「そうですね。あちらでは、戦える人材は常に不足していますので。あなたが行って、そしてあちらで勇者として戦えば、あちらの世界に居る彼らは大いに喜ぶことでしょう。あなたがダメなら私は他を探しましょう。もちろん、他が見つかるとは、限りません」
「じゃあ……」
ぽとぽとと、下に何かが落ちている。
「……行きます」
神様から、さらなる大体の事情を聞いた後、俺があちらへ向かう準備は整ったようだった。
「それでは、準備はよろしいですか?」
「はい」
「もう一度確認しますが……元の世界での記憶は、消すことを選ぶのですね?」
「はい」
「分かりました。それでは、あなたが次に目を覚ましたなら、そこは見たことのない景色、知らない法則で巡る世界です。では、この空白のページへと―」
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