表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

そして、深雪

永谷、秋元、吉沢、横田。

私は4つの姓を受け、今まで過ごしてきた。子育てが一段落する頃、上司から気張り過ぎてないかと問われてから、私は私自身について考える時間が増えた。仕事は家庭を支えるために近場で選んだだけで、成りたい職業でもないが、手に職を持つようなスキルもない。どれ程の人が自分のしたい仕事で満足しているのだろうかと思う。

永谷から秋元に変わる頃、私はまだまだ幼かったが、誰も眠っていないお墓を綺麗にする意味が分からなかった。祖母は私に優しく、休みが合えば祖母の家で皆で水炊きを囲んだのを覚えている。お墓の意図を知る頃に、母と祖母が嫌悪だったことを聞いた。振り返れば確かに2人が談笑しているシーンは思い出せない。祖母の形見分けをした時に、母は祖母が1番大切にしていたルビーの指輪を私が持つよう言っていた。当時の私にはデザインも古いし、宝石だっていうだけで、価値も分からなかったが、生前の祖母の意向だと聞かされていた。

秋元深雪は、やんちゃで先生の反感を買い、チョークが飛んできたのを覚えている。今でこそ大問題だか、私が先生でも当時の生意気ぶりでは仕方がないと思えるほどだ。クラスの男子より声をはり、先生の揚げ足ばかり取っていた記憶がある。皆を笑わせるため、自分を主張することは恥ずかしいという気持ちは無かった。友人への対応も酷かったようで、古い友人に会うと、ランドセルを持たされたり、道路を挟んで悪口を言われたりと、悪い話しか出てこない。声だけ可愛いかったという、唯一の褒め言葉だった。

吉沢と結婚するとき、彼がお金にルーズな事は知っていた。それでも今まで何とかやってきた自信があり親の反対を押切り、半駈け落ち状態で入籍した。入籍日は日にちしかみていなかったから、届けを出した時に仏滅だったことを知った程だ。式に対しても本人らが希望してないならお金もかかるししないと一方的に決めて、周りの意見なんて一切聞いてこなかった。親への感謝など1ミリの考えにも及ばなかった。長女を身籠るまでは2人だけの生活で楽しんでいたけれど、誕生してからは生活が一変した。長女は泣き止まないし、彼は隙あればパチンコに出掛けていた。赤ちゃんが産まれたら、子供との時間を作ってくれるなんてただの妄想に過ぎなかった。それでも親を頼ることも出来なかったから、寒い家で泣き続ける我が子を抱いていた。母乳もうまく飲めない、ミルクは吐く、寝かしたと思ったらすぐ数分でまた泣き始める。睡眠不足で死ねるんじゃないかと思うくらい、子育ての厳しさを味わっていた。目の隈が広がる頃、彼は私の顔をみて大丈夫かと心配すると思いきや、両親が孫の顔を見に来ると言った。寝不足もあってか苛立ちを通り越し、プツンと私の中で何かが切れてしまった。しんどいから無理だと伝えたが、予定通りに義理の両親は訪ねてきて、機嫌の悪い長女を抱くこともなく帰っていった。親が親なら子も子だな。愛は盲目。このときほど、諺が身にしみたことは無い。彼への愛情は、我が子への愛に移り、娘の成長だけが私の支えとなっていった。娘が2歳を迎える頃には、大事に育てくれた両親への感謝を痛感でき、和解できるようになっていた。買物途中、古い友人が募金活動しているのが目に止まった。フミフミの噂は聞いていたから、何て声をかけてよいか迷っていたら、向こうから声をかけてくれた。聞いていた情報とは違い、彼女からは負のオーラなんて感じれず活き活きしていた。知ってる名前が飛び交うと懐かしいし、私も昔は募金活動していた事を思い出した。今は人の為になんてしてる余裕なんてない、あの頃は若く無知だったのが良かったのだろう。フミフミが眩し過ぎて、彼女の言動は受け止め難く、今の私には重たいと思えてしまった。

吉沢との冷え切った家庭に終止符を打ち、私は暫く実家に住みついたが、横田と出会ってからは3人で住むようになった。横田とは結婚相談所で出会い、子持ちであることも受けいれてくれた。失敗もあってか、家庭ありきで生活が出来るかの視点が増えた。また人を愛することができるかは分からないが、横田は娘を我が子のように接し理想の父親であった。娘に不憫な思いをさせたくなく思いで小学校になる頃には、正式に入籍し、横田の性になった。もう子を授かるつもりは無かったが、主人との生活を過ごすうちに、この人の子を授かりたいという気持ちに変化していた。暫くは子宝に恵まれなかったため、私は生活を支えるために職を見つけ、共働き生活を送っていた。昼は勤め、帰れば主婦と忙しい日々を送っていた頃、長男を授かった。長女の時とは違い、長男誕生を主人と一緒に喜ぶことができた。大きな手で小さな赤ん坊を抱く主人を見て、幸せがこみ上げてきた。あぁ、私、この風景ずっと待ってたんだ。長かったなぁ。

 2人目ともあり、子育ては順調だったが、発達遅延が分かってからは、長女の成長で見てきた発育記録からはどんどん遅れて、歩き始めるのも2歳になる頃だった。発育検査では1年以上、年相応から遅れを取っていることが分かった。始めこそ、地域健診で他の子との遅れを目の当たりにして、ショックを隠しきれなかった。同級生に出くわしたが、出遅れてる我が子を恥ずかしむ気持ちがあり、顔を伏せて歩いたりもしていた。それでも遅いながらに成長する我が子は愛おしかった。大きくなるに連れて言語障害があることも医師から伝えられたが、心理の先生と共に発達支援を受けることで改善が見込める余地があるという。塞ぎ込んでいた私も、息子の成長と共に息子のペースでいいかと思えるようになってきていた。主人はこの頃からリハビリに通う我が子を私任せになることが増えた。職場での役職もあがり、休むことも厳しく、休日も仕事が多くなっていた。私は家庭では子供中心、職場では人間関係で気を遣い、毎日をただ無事に過ごせるよう務めるので精一杯で、気づけば息子が産まれてから早7年が経とうとしていた。

そんな中、組織改変で新しい部長が現れてから、職場環境が変わりつつあった。事なかれ主義の課長への指導が強くなり、指示待ち部下は1人、2人とどんどん異動が決まり、半年が立つ頃には三分の一のメンバーが入れ変わっていた。時代の変化で仕方が無い、強く言えない風潮が暫く続いたのが嘘のように、使える人材、使えない人材の選別が棲み分けがされ、自分の長所を活かせる人事配置になったことで、今まで甘えていた社員達は我先にと仕事をこなすようになっていた。

『たった1人で、こんなに変わるものか。。』

改めて部長への信頼が厚くなってきた。部長の思いは、プライベートを大事にして仕事量を調整していけばいいとのこと。もう何年も、子持ちであることでメンバーへの申し訳なさと、先立つ予定を埋めることに不安しか無かったが、縮こまっていた自分が開放された気がした。家庭が落ち着く頃に、受けてきたフォローを返せばいいだけ、人は皆が支え合うものなんだよ、と言われ、はっとした自分いた。

『そうだ、、そうだよ。

  感謝は繋がっていくんだった。』

何もかも1人で抱えこんで、変わらない環境に抗うこともなく、ただただ目まぐるしい毎日を過ごすだけだった。部長のお陰で、今まで仕事も家庭も目先の事しか見てなかったが、展望することで世界が一掃するくらい心の持ち方が変わることに気付かされた。

主人や両親に頼んで、私は自分の時間を貰うことにした。といっても急に1人で何をすればいいかという所からだった。1人でできる趣味もないし、都合よく友人の暇も合わない。長崎の烏賊食べたいけど、そんなお金も時間もない。しいて言えば、ゆっくり散歩でもしたいな。自宅から近い神社へ出向き、ゆっくりと参拝し、持参した飲み物を飲んで境内の木々を眺めていた。紅葉が青々とし、日の光が当たってキラキラしている。もみじは紅葉してる様が見応えあると思っていたのに、新緑のもみじがとても綺麗で爽やかな気分になれた。

『私は何年も、見てこなかったんだなぁ。。』

キャッキャッする子供の声がして、家族連れが参拝してきた。和気あいあいとする中でも、子供は泣き出したり、急に走り出したりと、その母親はもみじの綺麗さに目を向ける事なく子供の見守りに専念していた。まるで自分を見てるようだった。私は場所を変え、川のほとりを散策した。堤防に自転車をとめた学生2人が横に座ってくすくす話をしている。普段なら自分の見た目だけ気にするような子たちだとしか見ていなかったが、あんな風にゆっくり話をしたりするんだな。当り前のことなのに、自分に余裕がないことを理由に世の中を否定してきていた。流れる川を暫く眺め、私は生き急いでいたんじゃないかと振り返っていた。

『子供達、今頃ご飯食べているのかなぁ。』

結局、1人になっても家族の事を考えてしまう。子供達を切離しては、私が私で無くなってしまう。やっぱり私には家族しか無いんだなぁ。

穏やかな時間を過ごせたお陰で、改めて自分が大切にしている事を再認識できた。子供達や家族のために働いてる自分は、間違いなく誇れる自分だ。まぁこれからは少しは手を抜いて、子供達と一緒に空の青さや、花々の変化にも気付いて楽しんで行きたい。他人に囚われず、自分が自分を好きでいよう。疲れた時はうんと休むことも忘れないでいよう。疲れ切っていた自分がいたからこそ、気付けた1つ1つとても小さな大切なこと。次挫けても、踏ん張りきれる自信を感じる。1人じゃないってこんなにも心強い。貯金して家族で長崎の烏賊食べに行こう。そうか。私は目標を見失ってただけなんだ。やりたいこと、やりたかったこと今ならどんどん思いだせる。自分で閉じてた蓋、やっと開けられた気がする。私はもう大丈夫。

「みんな〜、ただいまー!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ