美穂
「ママ、、学校いきたくない」
「うん、暫く休もう!」
長男は気が弱く、些細な事で体調を崩しがちだった。繊細な主人に似て、人より感受性が強く、目線を向けられただけでも、何かしてしまったんじゃないかと不安を抱いてしまい、何も手付かずになることが多かった。中学の部活では野球部に所属し、体力もついてきた頃に、また休みが続くようになっていた。
学校を休みがちになるのは、今回が初めてでない。小学校の頃は1日だけだった休みが2日になり、一週間になりとどんどん学校に行けなくなったときは、男のくせに弱いなぁと苛立ってしまっていた。内容を聞いても、友達に無視されたとか、授業が分からないとか、ちょっとしたことで休みたがる長男に飽きれていた。主人も仲間外れにされた経験もあるからか、長男のことは責めずに無理に学校行かなくていいのではと言っていた。近所のママ友に話を聞いても、自分の子を雨の日は休ませたり、集団登校をさせず送り迎えをして、子供を甘やかせてばかり。習い事を始めたと思ったら、もう辞めていて、何も継続して取り組めていない様子も何度もみてる。そんなんではろくな大人になれないと思っていて、30にも40にもなっても家を出ず、ずっと面倒を見るはめになると思うとぞっとする。人様の子は勝手したらよいが、うちの子はそうなっては欲しくない。1人で強く生きていけるよう、幼い頃からしっかり育ててきたつもりだった。
結婚する前、主人は至れり尽くせりで、優しい人だった。今も優しいことは変わりないが男としてはもう機能していない。主人が母的で私のほうが昭和の父親的存在である。私が声を荒げる前に、主人は察してテキパキと家事を進んでくれた。察しすぎて、何も求めないのに気を遣われ過ぎてしんどい時もある。そんな話をしたら、世間一般は贅沢だと口を揃えて言ってくる。私の家の事知らないくせにと虫唾がはしる。主人が前に出て行かない分、私が相手宅へ乗り込み、息子が傷付いたことを知らせに行かなくてはならない。大抵、自分の子を放置する親は、悪口を言おうが、文房具を取ろうが、石を投げたと知らせても聞く耳持たずで、我が子を溺愛するあまり自分の子が嘘をついてることさえ微塵も疑わない。先にこちらの子供が手をだしてきた、うちの子が悪いと言い張る。話にならないので先生を頼りにするが、オオゴトにしたくないと言わんばかりに子供達同士で話し合い、解決したと言ってくる。失明しないと取り合ってくれないのか?誤解だとか、コミュニケーション不足だとかで、話し合いでうまくいくと思っている。真実を見抜けず、間違ったことは間違いであると伝えられてこなかった生徒のためになっているとは思えない。自分の行いと向き合ってこなかった子供はまともな人になれるのか。親も先生も、世の中おかしいことばかりだ。子供を守れるのはは、私しかいない。
でも、私は長男に自分の意思を押し付けるばかりで、長男の思いを押し殺していたのだ。好きで始めた野球も、本当は辞めたいのに私に言い出せずにいた。知ったきっかけは、馬鹿にしていたママ友からだった。そんな筈はないと、話半分で聞いていたが、主人もどうやら感じていたようだ。長男は大事な試合でボールが取れなかった経験から、うまくなろうと沢山練習に打ち込んだが、跳ね上がるボールへの恐怖心と、ミスしたら仲間に迷惑がかかるといったプレッシャーで身体が強張ってしまうようだ。長男にそのことを問い正すと、観念したように頷いた。私は今まで彼の何を見てきたんだ、長男のためにとやってきたことが、彼にとってプレッシャーでしかなかったなんて。自分が正しい、自分は間違っていないと貫いた信念で最愛の息子でさえ、私が押し潰していた。頭が真っ白になった。何も怒らない、受身の主人を能無しだと思い、甘やすだけのよその家の子さえしっかり家族として成り立っていた。息子の本音さえ喋って貰えない私の方こそ無能じゃないか、この家に必要無いのは私だったんだ。
自分への落胆と長男の不登校も重なり、私は長男を連れて実家に戻った。実家には年老いた父親だけが住まい、町内は変わらず閑静な街並みを維持していた。田舎ということもあり、自治会の連携もあって独り身になった父親を気遣い、私達が滞在中も何人か訪ねてくれる人がいた。今の時代、人との距離感は変化していて自分にとって必要な相手だけと付き合うようにしたら、ストレスが無くていい。ライングループも多数あるが、子供達が卒業するとともに退会し、二度と連絡を取らない人ばかりである。短的な付き合いだと分かっているから、これまで散々言いたいこと言ってきた。地元に戻れば本音が言える友達がいる。友人は多数である必要がないと思っている。でも、こうして父を訪ねてくれる人達の存在は有難い。父に良くしてくれても決してメリットがあるとは思えないが、声をかけてくれるだけで父はとても嬉しそうである。私は、思い出したように古いアルバムを開き、ペラペラとページを捲っていた。
「これ、おかあ?」
「そうだよ。」
「めっちゃ笑ってるね!」
歯茎をだして笑う昔の自分がブサイクで、吹き出してしまった。この頃は自分のことだけで良かったから自由だった。馬が合わない友達もいたが、気の合う仲間とつるんでる時間は本当楽しかった。毎日、毎日、しょうもない話で盛りあがり、何時間とカラオケで歌ったっけ?
『みー子、声可愛かったなぁ。』
同じ時期に親になったことから、連絡は取り合っていたが、お互いとっても陽気だったことを思いだした。そんな彼女も、時々暗い表情を浮かべることもあった。親になるって大変なんだな。世の中全てを敵に廻しても、私が子供を守るって、私は何と戦っていたんだろうか。私のブサイクな顔をみて、一緒に笑えるだもん。長男が真似をしてみせて、またつられて笑ってしまった。そうだよ。何も完璧である必要なんてなかった。笑顔が溢れ、楽しく過ごせるだけで良かったんだ。
「ね〜、お父さん。」
「どうした、美穂?」
「私、こっち戻ってこようかな?」
「離婚して、山西に戻るってか?お父さん元気にやっとうから心配せんでええ!」
これは帰ってくんなって言われてるな。でものんびりできたことで、本来の自分を取り戻せた気がする。
「野球、自分の好きにしていいよ!」