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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

ねこ

作者: 壱原 一

実家で飼われているねこを幻覚する。


長年実家でねこと暮らし、一人暮らしへ移行して日の浅い頃などにままある現象ではないでしょうか。


長年ねこと暮らしていると、視界の端に小柄な影が過ぎったり、不意に気配や物音を感じたりした場合、ほぼ考えるまでもなくねこと自動で処理されます。


就寝時かけ布団の上に乗ったり、中へ潜り込んできたりして、一緒に寝たがる性分のねこと長年暮らしている場合、足を開いておいたり、腕を広げておいたりして、ねこの定位置を確保した寝姿勢が染み付くことも珍しくありません。


そうした癖が一人暮らしの新居でも抜けず、物陰を横切る影を幻視したり、生活音に紛れて足音を幻聴したり、あるいは就寝時、身動ぎの拍子に触れた寝巻や寝具の感触をねこからの催促と合点して、目を瞑ったまま掛け布団の定位置を叩きそこへ来るよう促したり、掛け布団の裾を持ち上げて招き入れたりします。


実家のねこは、掛け布団の中へ潜り込み、横臥したこちらの腹の前へ寝そべるスタイルを確立していました。


お互いに気心の知れた何の遠慮もないねこというのは、のんびりと脱力し、可愛がられている実績を礎にどっしりした安定感を湛えています。


また心地良い満足のままにごろごろぐるぐると喉を鳴らし、腹の奥から深々と鼻息を吹いて、この世のよいものが全てここに集まっているかのような手付きでそれは丁寧に寝具や体の一部などを揉み捏ねます。


取り分けこのような状態のねこは、幸せな入眠を齎す涅槃の行火(あんか)の如き至上の触感を誇ります。


ほこほこと温かく、ふかふかさわさわと柔らかい。その奥で心臓が旺盛に脈打ち、肺腑が酸素を循環させ、正に全身で生命を謳歌し安寧を享受している様を心行くまで味わえます。


長年ねこと暮らしていると、このような状態のねこを撫でて得られる強い快楽に繰り返し暴露された結果、脳内麻薬を生成する強靭な回路が構築され、根深い中毒を来しています。


つまりそのよる一人暮らしの新居で掛け布団の中へ潜り込んできたねこを撫でようと条件反射的に手を伸ばしたのです。


掌に触れた綿の肌着の感触を未だに忘れられません。


汗と皮脂でじっとりと重く、吸い付くような肌触りでした。細やかな織りや毛羽立つ繊維の1つ1つが触覚を逆撫でるようでした。


触れた瞬間にうっとりと大きく息を吸い、せがむように押し付けられた肉体の感触。


皮膚や骨、弛緩した温い肉などが薄い肌着越しの手の中で複雑に蠢く感触といったら、全身がばくんと鳴って一気に覚醒して跳び起き、部屋の隅まで放る勢いで掛け布団を捲らせるに足る嫌悪を催すものでした。


もちろん中は空でした。


ただ手足を折り畳み丸くなった人の形に寝具が窪んでいるようにも見え、誇張なく最悪な気分で一晩中ねこの動画を眺めていました。


今は間違っても招き入れたり撫でたりしてしまわないよう、両手の指を硬く組み合わせて寝ています。



終.

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