天津川セイヤのとある一日
一方その頃、協会本部や各地のあれこれにほとんど関わっていない学生術師たちはというと…
「ぅえーい。せーやー、生徒会行こうぜ~」
「あ、高木。ちょうどよかった。今日は私用で休ませてもらいたいんだ」
某高校。放課後。セイヤに友人が声をかける。秋の改選で世代交代し、セイヤは生徒会入り。学生として、そして新生徒会長として忙しい日々を送っていた。もちろん自分がやりたくて立候補したのだが、協会の学生生活優先の方針で任務はもちろん重要な会議にすら出席出来なくなっていたことには、納得はしているが不満ではある。
「珍しいな。ま、それほど大事な要件ってことだろ? いいぜ。俺に任せな。立派に副会長やってやるよ」
「頼りになる親友で助かるよ」
「でだ、一つだけ聞かせろ」
「な、なんだい?」
「女か?」
真剣な顔からの俗な質問に前言撤回すると冷たくあしらい教室を後にするセイヤ。親友はもらえぬ答えに、親友が自分を置いて先に行ってしまったのでは?と翌日まで悶々と過ごす。
「答えてけよ~セイヤぁ~」
(まったく。頼りにはなるけど、あーゆーところは苦手だ。でも、自分が普通の高校生でいられる大切な友人であることは間違いない、か)
セイヤは久しぶりの任務に向かう。友人のおかげで緊張はなく、むしろ余計な力が抜けて気が楽になったようだ。
最寄りの駅から電車で三駅。そこから足取りと気配を消しつつ一時間程歩く。たどり着いたのは、先日不正が明らかになり営業停止、そしてそのまま倒産した産廃業者。その埋め立て場だ。
(一般には産業廃棄物の不法な埋め立て。しかし、一番の問題は、人間の死体も埋めていたこと。幸い、怨霊化した霊はいなそうか…?)
会社の広い敷地の中。本来は廃棄物置場だったのだろう。周りは壁に囲まれているが天井は無く、北側の壁にはクレーンが設置されており、アームが伸びた状態のままで放置されている。その下にはすり鉢状に大きく抉られた土地。そこに廃棄物と死体が投げ込まれ、砂を被せられ埋められていたそうだ。臭いや煙が出ないようにと焼却もせずに埋めていたらしい。臭い消しに安い脱臭剤や香水を散布したとも供述している。
(あんまり長く続けるつもりはなかったんだろうな。にしても仕事が雑すぎる。気分がわる… ん?)
砂の上を歩くセイヤが足下に違和感を覚える。立ち止まり、右足の靴を脱ぐ。
「砂? たしかに砂だらけだが、そんな歩き方は…」
靴の中に入った砂を出しながら呟き、そして周囲を見回す。何も無い。だが、より集中して再度見回す。セイヤは優秀な術師だ。視覚を信じない。未熟な自分の感覚も信じない。且つ違和感を調べて尚その結果に納得しない。その矛盾とも言える思考のバランスが良いのだ。そして、その判断速度も速い。
「いるね」
セイヤは呪符の力で高く跳躍し、クレーンの先端に飛び乗って埋め立て地を暫し見下ろす。
「やれやれ。帰ってくれそうにはねぇか。やだねぇ、仕事熱心なヤツは」
二時間程が経ち、すっかり日が暮れた頃。雲が月を隠し暗闇に覆われた施設。その砂の中から声が聞こえた。砂はゆっくりと膨らみ、崩れ、人が現れる。60代くらいの短髪、中肉中背の作業着の男。明らかに術師だ。
「念のために聞くけどよ、見逃して…」
「却下。お前、行方不明になってた首謀の従業員だな」
「はえぇって!少しは考えろよ。若ぇのに生き急ぎやがって。あと、首謀ってのはぁちと違うな。社長が毎日ボヤいてうるせぇからよ、提案しただけだ」
男は焦った様子でセイヤを宥め怠そうに話をしつつ、服の中に入った砂を出しているのだろうか、身をくねらせたり服を払ったりしている。
(何かの儀式の可能性もある。先手必勝。最悪は首だけ持ち帰るのもあり、か?)
「おっと!待ってくれよ。わかるだろ? 大した呪力も無ぇ、一般人に毛が生えた程度の呪師だ。今回だって、程度の知れた認識阻害術だ。ちょっとわかりにくくする程度。バレるのは時間の問題。だからやり過ぎは禁物。ってまで助言してたんだ。調子に乗ってやりすぎたんだよ。社長。俺も年貢の納め時ってぇやつだ。お前みたいな根気強ぇ優秀なやつが来た時点で終わりだ。おとなしく捕まるぜ。出来ればひとつお願いしてぇんだがよ?」
(一人でよく喋る。しかし、言う通りに大した呪力は感じない。隠しているわけでもない。だが…)
「何だ? 言うだけ言ってみろ」
仕草による呪力の高まりは感じない。この程度の呪力では『質問に返答する』等が条件での強力な術の発動もあり得ない。ちょっと強めの目眩まし程度ならありそうだが、そんなもので取り逃がすようなセイヤでもない。が、やはり何かひっかかる。故に聞くだけ聞いてやることにした。もちろんこのままおとなしく捕まってくれるなら、それに越したことはないのだが。
「いやな? 俺の罪なんだがよ、そこまで重いもんでもねえだろ? たしかに死体も埋めて隠蔽工作はしたがよ、社長命令ってやつだ。俺みてぇなやつがこのご時世に生きていくには仕方ねえってもんだ。情状酌量の余地有りだろって話しさ。そんでもって、俺には微力ながら術師の才能がある。つまりよ、俺が術師として働けるように上にうまく話してくれねぇかな?ってな?な?」
セイヤは呆れていた。社長命令と言うが、そもそも提案したのは彼自身と既に白状している。おそらく今までもこういう生き方をしてきたのだろう。気持ち悪い程にニヤついている顔だが、その目の奥が笑ってはいないし、その目はこちらを真っ直ぐに見ることはなく視線が泳いでいる。相手をどう出し抜くか、どれだけ楽をしようか、と打算している者の特有のオーラ。それをセイヤは感じ、怒りすらわき出てくる。
(おとなしく捕まってくれるなら? 本当にそうか? それで納得するのか? こんな不快なまま…)
「どうしたよ? なぁ、頼むってぇ。な?」
「……黙れ」
「あ?」
セイヤの雰囲気が、呪力の質が変わる。表情もより冷たくなり、男を見下す目も鋭い。
「お前の言葉は薄っぺらな上に嘘しかない。そもそも死体はお前が違法に受けた依頼で殺したモノだろう。捕まえて帰っても無駄だ。この場で処理する」
「はっ! クソガキが!さっきから生意気なんだよ!俺の半分も生きてねぇ半人前の分際でよ!俺が人生の厳しさってぇやつを教えてやんぜ!」
「無駄に長く生きているだけだ。埋まれ、産廃」
セイヤが呪符を周囲に撒き、男へと向かって飛ぶ。
「バ~カ」
男が汚ならしく舌を出す。と、セイヤの顔から血が吹き出した。セイヤはバランスを崩して危うく砂の上に叩きつけられそうになる。が、飛ばしていた呪符で体を救い上げて回避する。
「ちっ!やんじゃねえかよクソガキ」
セイヤが右目を押さえる。何かで目を攻撃され出血したらしい。間一髪で避けて眼球は守れたが、瞼がヤられてしまったようだ。
「目ん玉潰して脳ミソかき回してやるつもりだったんだがな。はいはい、優秀優秀」
砂の上に胡座をかいてバカにしたようにゆっくりとした拍手をする。その言動全てがセイヤの癇に障る。
(だが、怒りに任せて突進、なんてことはしないよ。微力のくせにこんなことが出来る能力。ちゃんと解析してからじゃないとね…)
「今度は立場が逆転だな。見下される気分はどうだ?クソガキ」
すり鉢状の埋め立て地。男はその中腹に、セイヤは一番下、中央へと落ちていた。雲が晴れ、月明かりに照らされて、男がセイヤを見下す姿がしっかりと目に入る。
「見下してたオッサンに一杯食わされた気分はどうだい? もっと悔しがって、もっと暴れ回ってくれていいんだぜ? その方が見苦しくて笑えて、いいツマミになるってもんだ」
何処から取り出したか、男は酒瓶を口に突っ込みぷはーと遠目でも臭そうな息を吐き出す。さすがにセイヤも耐えられない。
「殺す」
「はっはー!協会術師にあるまじき発言だな!」




