生者の行進
その日、協会は異常な程の緊張感に支配されていた。今回ばかりは一般術師にも通達があり、それぞれに役割が与えられた。というよりも、余計なことをしないように『すべき行動を義務付けられた』と言うべきか。タケトたち幹部クラスは既に第一会議室に集まっており、この緊張感の元である客を待つ。
「き、来ま、いらっしゃいました!」
「ん。失礼の無いように…」
平術師の報告に会長が少し釘を刺し、全員が規律してその客を待つ。
「みんなで集まって盛り上がったみたいじゃない」
挨拶もそこそこにタケトに愚痴るのは客の一人、タケトの同級生でもある青天目ミサト。
「偶然ね。まさかあんなに人が集まるなんてさ」
「偶然、ね。ま『私たち』は偶然そこに居合わせられない程度の仲なんでしょうから?」
不機嫌全開のミサトと、困り顔の同行者は無量小路ヤマト。そう、今回の緊張感の原因はこのヤマトにある。何しろ長い長い歴史の中で同盟の人間が協会に入ることなど一度もなかったことなのだから。近年は有効関係にあるとはいえ異例中の異例だ。
「いや、逆でしょ。彼らの持ってきた話の内容はそういうレベルのこと。でも君が持ってきた話は『こういうレベル』なのだから。そしてそんな異例をも成し遂げて、というのは流石だよ」
つまらなそうな顔でタケトを見るミサト。そしてため息を一つ。
「嫌味も通じず。いつからそんなつまんない男になったんだか。まあいいわ。本題に入りましょ」
ヤマトと目配せして苦笑い。そして和やかな時間は早くもここで終了だ。全員が真剣な表情になる。
「私共は先日、ある画期的なシステムの開発に成功致しました。そのシステムとは呪術を学習し発現可能なAIです」
「「は?」」
呪術を学習まではわかる。だが、発現と言ったか? つまりそれは機械が呪術を使うと?
「ここにいる無量小路ヤマトの協力により、呪術を行使するために必要な呪力を集積するシステムの開発に成功。その後に呪術を発動するための基本回路の開発にも成功しました。現在は一般術師も用いる簡易結界を発現可能な域に達しています」
「マジかよ…」
多少のことには動じない幹部もさすがにこれには動揺を隠せない。AIの発展が凄まじく目覚ましいのは周知の事実ではあるが、それがこの呪術界にも及ぶとは思ってもいなかった。
「それで? そのシステムの売り込みに来たわけではないのでしょう?」
そんな中でも唯一動揺していない、むしろ既に知っていたのか、それとも立場的に隠し通しているのか、会長であるナオズミは一切の揺らぎなく話を進ませる。
「ええ。私共も呪術界の、いえ、むしろこの国の現状は把握しております。このシステムの開発もその状況を打破するため、と思っていただいて差し支えありません。単刀直入に言います。このシステムに優秀な結界術師のノウハウを学習させたいと思っています」
理解した者、まだ理解しきれずにいる者、様々だがこのざわつきは仕方のないこと。それはミサトも想定内。更に話を続ける。
「優秀な結界術の使い手に学ぶことで、邪悪な結界術の発見、及び破壊までを引き受けようと思っております」
「これから結界術師を発掘育成するよりも圧倒的な速度で実用可能、ということだね。しかし…」
「リスクが、な…」
その言葉の意味を理解した者はミサトを、そしてヤマトを見る。ここで言う『優秀な結界術師』とはつまるところ副会長であるジョナサンのことだ。彼の結界術は彼が離れていても尚この協会を強力に守り続ける程のもの。前会長以上の使い手で現存する結界術師の中でも最強クラスの逸材だ。そしてヤマトは同盟幹部。ミサトはその交際相手。ましてや同盟は人材不足と聞いている。そのシステムが、その術と共に同盟に流れることを危惧するのは自然なこと。
「えっと、たぶん想像してるようなリスクはないと思いますよ?」
そんな危惧を否定したのは他でもないヤマトだった。
「まず現時点で、この話は同盟には伝わっていません。僕はあくまでミサトの護衛任務を受けた術師であって、同盟幹部の無量小路ヤマトではない」
「彼の立場的にいろいろ考えまして… 先ずは協会に話を通して理解して頂こうと。ここで同意が得られれば次は同盟に話を持っていき、そこで同意を得られれば」
「肝心なのは」
いつもは寡黙なナオズミが率先して話に入る。おそらく自分が動かねば余計な問答が起きて収拾がつかなくなることが見えているのだろう。
「『その後』のことだ」
耳が痛い程に静まる。まさにその通りなのだ。便利極まりないシステムだ。だが、そのシステムはミサトたちの所有物。彼女らが一連の事件が決着の後にこれをどのように扱うのか。それが一番に注目すべき大問題なのである。
「私共は… 事件に決着がつき次第、このシステムを破棄、凍結することを誓います」
「え?」
再びざわつく。それはそうだ。人知を越える力を、そしてそれにより膨大な利益を得られる事業。それを凍結などと…
「この事件を解決せねば、この世界が崩壊しかねないと聞いております。ならばやれることはやる、私財を擲ってでも援助するのは当然のことですわ。それに」
「それに?」
「契約内容次第では、しっかりとした利益になるとも理解しておりますよ?」
ミサトがいじわるそうな笑顔を見せる。私財を擲つとは言っても、無償で投資するわけではない。むしろここで協会が『そんなことは無理だ』と突き放しても、その後で同盟に売り込みに行って契約を結ばないとも限らない。そうなれば協会の一人負けだ。
(ヤマトの存在がこんなとこでも活きてくるか)
タケトは誰にも気付かれないようにナオズミに視線を送る。ナオズミはこうなることを知っていたのかいなかったのか、なんとも読み取りにくい表情で話を続けた。
「さすがだね。ま、後手後手に回っている現状だ。この商談を断る理由は、あんまり無いよね。皆もそれでいいかな?」
無論ですと興奮気味のジョナサンを筆頭に、幹部一同納得する。せざるを得ない。
「ありがとうございます。では、さっそく同盟に行って話をつけてきますわ!」
「そこでうまくいけば、ジョナサンの出番になるわけだね?」
「はい。あと、もしよろしければタケ… 白氏にも協力を。彼の索敵能力も学ばせれば更なる強みに」
「了解した。決まり次第連絡を。スケジュールを詰めよう」
思っていた以上に話はトントン拍子に進んだ。ミサトとナオズミが繋がっていて最初から結果が決まっていたことかもしれない。逆にそんな繋がりが無かったとしてもここまでスムーズに進められるのだからナオズミとミサトの才能がずば抜けているのだろう。そう考えると、タケトは先程自分が仲間外れだと言ったミサトに対し『君が遥か上に行ってしまったせいだろうね』と思わずにいられないのだった。
「何?」
「いや、なんでも」
見送りの最中にタケトの自嘲の笑みにミサトが気付いてツッコむも、それをタケトは流して話題を戻す。
「それよりだ、明後日にはAIの学習とやらは始まるんだろう?」
「あら?どうしてそう思うのかしら」
「そりゃあね…」
タケトはヤマトを見る。
「ミサトって、けっこう速攻タイプじゃん? これから同盟に行って、その場で話はつけるつもりでしょ? そうなればさ」
「あら、まだまだのんびり屋さんなのね。私が速攻タイプってわかっていて明後日まで余裕があると思っているなんて。今日で決まれば今日から始めるわよ。準備して待ってなさい!」
「マジすか…」
有言実行。夕暮れを待たずにミサトと、そして同盟から連絡が入り、ミサトが再び来訪。そしてジョナサンとタケトが皆の見守る中でAIとの特殊訓練に入る。
(いや、たしかに早いことに越したことはないんだけどさ)
(タケト殿のご学友はバケモノでありますか!?)
(かもしれない。ナオズミさんと同レベルかも)
(ナオズミ様は神であられるぞ!さすれば彼女も神なのか?女神なのであるか!?)
(知らないよ…もぅ…)
「ほら!雑念は入れない!うちのこに余計な情報は覚えさせない!」
「「はい!!」」




