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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第六章
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アフターダーク

滝野瀬らが崇拝する王と呼ばれた存在。それの起源は約500年程前になる。キリスト教伝来と共に日本に流入した悪魔と呼ばれる概念。欧米諸国で異端や悪魔崇拝が少なからず存在し続けるのだから、日本でも発生し存続するのは至極当然のこと。しかし、情報も少なく悪魔を召喚するにも西洋呪術に対する知識も力も乏しかった当時。十数年に渡り尽力して何者も喚び出すことの出来なかった彼らが最終的に取った方法は、凡そ常人には考えられぬ、仮に考えついても実行には移せぬ異常なことであった。すなわち、召喚出来ぬのであれば自らが悪魔と堕ちる、と。当時、彼らの中で最も呪力が高く最も悪魔への憧れが強かった者。今となってはその名前すら残ってはいないが、その者が悪魔へと至るべく異教徒たちは生け贄を求めて旅し、手頃な村を見つけては傷付け、奪い、呪い、病を伝染させ滅ぼして歩いた。その際、その者は人々の恨みを始めとするあらゆる負の感情を余すことなく受け入れるために獣の皮を被り、自傷作用のある拘束具を身に付けて教徒たちに祀られながら彼らの象徴として呪いの旅を続けた。次第にそれの邪悪さは増し、流れる血は土地をけがし腐敗させ、瘴気を放って更なる被害を人々に与えた。苦痛に屈し心が折れた者の中には私財や家宝を差し出しただけなく家族を生け贄に捧げた者すらいたという。その宝の中でも有力な武具は彼の望むがままにその肉体に刺し込まれた。その家族の中でも呪力、生命力の高い者は武具と共に生きたまま喰われ取り込まれた。人々の怨念は彼の中で増幅し武具へと蓄積され、名もなき最強クラスの呪具へと至る。やがてその者は畏肬狸膿武エウリノームと崇めれるようになり、同時に滝野瀬ら邪教徒の一党もその名を呪術界に知らしめることとなった。


王はニタリと笑う。同時に他の者共は畏れ立ち竦み膝をつく。

「あれが瀧野瀬一党が崇拝する王… 妖気とも神気とも違う。だがこの圧倒的な呪力…」

黒ナミ事件他、多数の神と対峙してきたヒジリすら脂汗を流す。が、そんなことは当然とばかりにトシユキは平然と畏まり王との対話を続ける。

「ヴアァァ… イグァァヴァ…」

「畏まりました。では…」

トシユキは王に刺さった武具の一つに手をかけて、そして一気に引き抜く。


『ギィギャアアアアアアア!!!!』


王の絶叫が木霊する。トシユキは顔を赤らめる。王は恍惚の笑みを浮かべる。トシユキは涙する。部外者には理解し難い何かが両者にはあり、そして過ぎ去った。

此度、王より授けられた武具は六角棒。仏具の一種である。それを錫杖の様に携えて、真っ直ぐにヒダル神へと向かって歩く。


「王直々の慈悲である。愚者よ!大いなる喜びと共に受け入れよ!絶叫し、発狂し、絶命せよ!」

トシユキの命令とは無関係に絶叫と共に暴れ狂い、残った反物を四方八方に伸ばして手当たり次第に破壊する。

「おおっと」

「ひえっ!?」

「っとと。瀧野瀬様?お早めにお願いしますよ?」

六角棒を左手に携えて右手で祈りを捧げるその表情は今までヤマトが見たことない程に心穏やに、トシユキは呟く。

「そう急くな。我が王の慈悲は、正に今」

次の瞬間、六角棒はヒダル神の脳天から地面に突き刺さっていた。トシユキの立ち位置は変わらず、同じ場所で祈りを続けている。棒だけが瞬間移動しヒダル神を貫いていた。ヒダルは微動だにしない。そして伸びていた反物が地面にヒラリと落ちて、その先の方から徐々に霧散していく。戦いの終わりである。

「王よ…」

トシユキは六角棒を地面から引き抜くと、王の元へとゆっくりと歩み寄り、そして再び王の身体へと突き立てた。絶叫と共に王は地に深く沈んでいく。

「は、はは…」

「いやはや。何度見ても...」

「彼の王の出自、御教授願いたいものだねぇ」

トシユキは両膝をついて王が無事に帰還するのを見守り終えると、そんな外野の声を笑顔で一喝する。

「無礼者共め。さ、我らも帰るぞ」

強者達が安堵の笑顔でその場を後にする。


「打っち上げ~打っち上げ~」

「うえぇ… いや、まず持ち合わせ…」

「経費で落とそうぞ」

「よっしゃ!トシさん最高!」

「あ~ジンさ~ん」

「いい酔い醒まし、用意しますね」

「お酒からは逃がしてくれないのですね~」



「で、皆ツブれてるわけだ」

「わ~いおむかえ~あいするだんなさま~」

「へいへい」

泣きじゃくるムギちゃんをカナタに預けて愛車を走らせて二時間。山の麓の、唯一朝方まで開いている飲み屋に到着。そこで愛する旦那様ことミコトが見た光景は、ベロベロのヒジリと酔い潰れて寝ている一同。そして笑顔で控えているジンと冷静に業務をこなしている店の老夫婦だった。迎えにきてくれという電話の時も既に酔いは大分回っていた感じだったし、それから二時間もの間を黙って待つはずもないのだが、さすがのミコトも酔っぱらい過ぎだと呆れる。

「えっと… ジンさん、だよな? 車まで運ぶの手伝ってもらえたりする?」

「もちろんです。レイナ様の御体は誰にも触れさせませんよ」

「いや、まぁ、うん。お願いするわ」

深くは突っ込まず、安心して突っ伏したヒジリを起こす。が「ん、大丈夫だ」と抵抗する。

「さてと、ミコトも到着したことだし… ジン、確認だが… あの山もその一つで間違いないか?」

突然真顔で、真面目なトーンでジンに問うヒジリにミコトは一瞬戸惑うも、直ぐに仕事モードに切り替える。ここはいつも振り回されているだけに対応が速い。

「ええ。龍脈に浮かぶ不穏な影。そしてそれらが結ぶ悪しき結界。その一つが今日、紡がれました」

「は?」

「やはりか」

「は!?」

ここ最近の事件には何らかの繋がりがあり、何か良くないことを成そうとしている。それを防ぐために奔走していて今回の仕事もその一つ。そして依頼を達成したと聞いて来た。にもかかわらず、最悪に向かって一歩進んだと聞かされ、さらにはヒジリもそれを実感していたと聞かされ、酒など飲んでいないのに頭が回らない。

「簡単なことだ。失敗しても成功しても結界の楔は打たれる。そういう仕組みだっただけのこと。まったく持ってたちが悪い。なぁ?」

「ああ。まったく。我が王に無駄足を踏ませるような真似をしおって。絶対に許してはおけぬ。黒幕の情報、入手したら売れ。言い値で買ってやる!」

いつの間にか起きていたトシユキ。まだ酔っているのかとんでもないことを言う。この人らの感覚の言い値はどれだけになるのか、実は家計の管理をしているミコトはいろいろな思いが脳内を流れてゾッとする。

「それはトウショウに言ってくれ。それよりも」

「その悪しき結界とは? ですよね。うーん…」

歯切れの悪いジンに何か問題があるのかと問うと

「いえ、神をも制するとまで評される超一流の呪術師ともあろう者たちが、神の化身たる私に簡単に正解を施してもらおうだなんて、よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるなぁと…」

「「は?」」

酒のせいもあり、キレて言い寄る二人。を尻目にミコトはヤマトを車の最後部座席に寝せる。そしてヒジリを引っ張り助手席に乗せ、トシユキを宥めている間にジンがレイナを抱っこして連れ出して寝かせる。会計を済ませて深々と頭を下げて店を出ると、空は明るくなり始めており朝露が白く輝いていた。白露。猛暑が終わりを迎え、短い秋が訪れようとしていた。

「つっても、ヤベェのが進行中で詳細はスルー。これからどーすっかって感じよ?」

「それでも勝算はある。のでしょう?」

「どこまで未来が見えてんだか。この神様は」

「未来視ではなく信頼ですよ。この人のためにもよろしくお願いいたします」

「だったら情報寄越せって。俺は別に恥ずかしいとは思わねえし」

「これで私もギリギリなのですよ? 神も言うほど自由ではないんです」

ミコトは苦笑いしてアクセルを踏む。車が高速に入った。隣で笑っていたヒジリも、後ろでしかめっ面をしていたトシユキもいつしか寝息を立てていた。

「とりま、後ろの坊っちゃんが寝ゲロしねーかだけ見ててくれ」

「はい。かしこまりました」

ジンがにっこりと微笑む。膝の上のレイナの頭を優しく撫でながら。

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