預かり所
「いらっしゃい。じゃあ説明するわね」
部屋に入ると、簡素な木製のテーブルが一つと椅子が一つ。その椅子にはおそらくこの施設の管理人だろう人物が座っていた。髪の毛を半分はスキンヘッド、もう半分は長く伸ばして三つ編みに、という独特のヘアースタイルに加えて耳鼻舌にピアス、そして身体中に様々な模様を彫った長身の女性が一人。年齢不詳。そして強い。ここを一人で任されるくらいには武の心得がある。それが、ただそこに座っているだけでも伝わってくる。
(喧嘩自慢のパワーファイターは相手にしたことあるけど、全然レベルが違う。つーか、非術師に守護術式が破壊されるイメージが浮かぶってマジかよ…)
汗が一筋流れる。そんな緊張の糸が張りつめたセイヤに女性が気付き大笑い。
「あはははは! 大丈夫《だ~いじょうぶ》だって。とって食いやしないよ。あたしゃ枯れ専だからね。若い男にゃ興味ないない。それと、あたしが殺るのはルールを破ったヤツだけさ。安心しな」
少し和んだかと思った空気も、後半の言葉で再び締まる。お前たちは心配ない、という気遣いだったのだろうが、まだルール説明前の今の段階では『うっかり破って戦闘開始』も有り得ると不安がわく。
「お嬢、こいつらルール知らねぇから不安なんす。説明の続き、お願いしますわ」
「ああ、そうだったね。これは失礼。てか、全部《ぜ~んぶ》あんたが悪いんだけどね。それじゃ、心配性の若者のためにさっさと説明するかねぇ。まずは…」
少しだけ意地悪そうな顔をして、若頭は神妙な顔つきで、そして女性は元の穏やかな表情で話に戻る。
「ここは裏社会に関わる連中、の中でも特別な資格を持った連中が使える預かり所さ。安全に且つ確実に預かり、そして返却されることが約束されている場所。それが何であっても、ね」
何であっても。その言葉にいろいろな想像をする。が、それを制するように女性は続けた。
「ルールその3。他人の荷物には干渉しない」
わざわざ3から、このタイミングで話すのだから、そういう想像をしていたことを察したのだろう。タイミングがあまりにもよすぎることから、読心術のような、心理学のようなことも達人の領域にある人物なのかもしれない。興味が増すタケト。恐怖が増すセイヤ。二人を値踏みするかのように、怪しい視線を送りながら女性は続ける。
「順序が逆になったね。ルールその1。ここのことは誰にも話さない。例外は御新規様を紹介する時だけど、それでも前もって申請が必要だし許可が下りるまで喋っちゃあいけない」
まさに今の状況のこと。とでも言うように視線を強めて笑う。
「ルールその2。明朗会計その場で現金一括払い。カードや電子マネーは不可。足跡は残さない」
タケトたちには言わなかったが、足跡は残さないという言葉から察するに、銀行強盗等で入手した現金も不可、なのかもしれない。逆に誰かが脱税等で隠し持っていた金ならば可能。そんな想像が巡る。
「で、ルールを守れなきゃ全てが没収さ」
優しい笑顔が逆に不気味だ。資格ある者しか入れない場所。つまり、資格の無い他の連中は入れないし存在も知らない。入れてもルートを知らなければ…
(他の組員が知らないわけだ)
とタケトは納得する。ルール違反は全て没収。その全てには『命』も含まれるのだろう。明言はしなかったが、裏の世界の特別な領域ではそのくらいは当然だろうし、この人ならば刑の執行は可能だろう。が、如何に達人であっても、もし違反者が超VIPだったら、刑執行の報復に一個師団がやってきたら、等とまたもやそんな想像をしてしまう。
「そうそう、忘れちゃいけないルールその4。あたしのことも詮索しない。そういう男は大嫌いなの」
表情は変わっていないが、明らかに圧力が増した。日常会話中のおふざけでも許されないだろう。彼女がいつから、どのくらいの間ここにいるのかはわからない。しかし、預かり所自体は昔から存在し、また各地に分店もあるそうだ。裏社会の人間から絶大な信頼を得ている施設。彼女のみならず歴代の、そして各地の分店にいる人もまた達人なのだろう。スタッフ養成施設もあるのかもしれない。何度となく想像を繰り返すタケトに、女性がちょっと本気で怒り、鼻をつまんで上にツンと放る。その動きに全く気付くことが出来ず、暫し呆気に取られ、遅れて鼻の痛みに涙が出た。
「ふ、ふみまへん…」
「なにやってんですか…」
「紹介した俺のメンツもあんだ。マジ頼むぜ?」
「さすがに心の中までは強制できないけどさ。それでもこうして威嚇しとかないと、若いのはすぐに調子に乗っちまうからねぇ。特にあんたは人一倍詮索好きのようだ。メリハリはしっかり付けな?」
深々と頭を下げて謝罪するタケト。その姿が普段の飄々とした、そして堂々とした雰囲気からかけ離れており、セイヤは思わずニヤニヤしてしまう。
「逆に、弟子の君の方が優秀そう。実はこちらの世界の方が向いてんじゃないかい? 50年後に会いたかったねぇ」
ニヤニヤするセイヤを見てニヤニヤする女性。想像もしてなかったことを連続で言われてプチパニックになる。その様子を見て「あぁ、私の勘違いだったね」と言い四人は笑った。一人は苦笑いだが。
「さて、本題に入ろうか。少し待ってな」
そう言うと、後ろの扉から奥の部屋へと入っていった。おそらくは預かった物を保管しておく部屋なのだろう。大きさの想像もつかない。どんな物がどのくらい保管されているのかわからない。恐ろしく広い地下空間があるのかもしれない。そして、それらは想像してはならない。タケトは鼻を擦ってひと息ついて、そして考えることを止めて時間がかかるだろうことだけを覚悟した。が、意外にも次の瞬間には再び扉が開いて女性が現れた。かなり古そうな、掛軸でも入っていそうな少し長めの木箱を持って。
「さ、これが預かってた物だ。確認しとくれ」
「と言われても、俺も中身は知らん。とりあえず箱は合ってる。はずだ」
女性が若頭を見て言い、若頭はタケトを見て言った。タケトが「触れても?」と許可を求め、そして両者から了承される。タケトが木箱に触れると、木箱は何かを試すかのように、もしくは警告するように怪しげな模様を浮かべて赤く発光する。その模様は封印をサポートする文字であり、そんなサポートが箱全体に刻まれていることから、この封印を施した術師は実は差程の実力ではないことが知れた。
「間違いない、でしょう。少なくとも中身は強力な呪具ですね」
そう言うと、今度は普通に持ち上げる。発光はしていない。
「どういうこった??」
「おやまあ、面白いねぇ」
「呪力を込めて触れたか否か。それだけのことです。でも呪力を込めないと箱の封印は解けない。間違った解呪方法では何が起きるかわからない」
「目標までのルートはルールで決められているってことかい。ここと同じだねぇ。ふふ。まったくもって面白い。気に入ったよ」
女性はそう言うとカードを一枚手渡してきた。
「ここのメンバーズカードさ。あんたら二人どちらでも使えるよ。細かいことはそいつに聞いとくれ」
「じゃあ…」
「あぁ、不問にしてやるよ」
「アザッス!!」
急に大声で感謝する若頭にセイヤは驚く。がタケトには理由がなんとなくわかっていた。だが何も言わない。ここでは詮索は罪なのだから…
「あと、あたしのことはマリアって呼んどくれ。もちろん本名じゃあないよ」
聖母とはかけ離れた見た目とのギャップに一瞬反応に困った二人。気付いた時には壁までぶっ飛んで後頭部をぶつけていた。たいしたダメージではなかったが、本当に気を付けなければならない。改めてそう思った。