依頼1~蛇~
諏訪湖。新生代第三紀終わりの地殻変動によって出来た湖。かつては東の釜無川方面に流れていたが、八ヶ岳の噴火によって堰き止められ南下するようになったとも言われる。
かつては蜆漁が行われるほど綺麗な水質だったが、高度経済成長期に富栄養化が進みアオコや蚊の大量発生等に悩まされた。
近年の水質改善活動により大幅な回復を見せているが、以前の姿までには至っていない。
諏訪大社。諏訪湖を挟んで上社は本宮と前宮、下社は秋宮と春宮の二社四宮が鎮座しており、日本最古の神社の一つと言われている。
社殿の四隅には御柱と呼ばれる木柱が建てられており、御柱祭は全国的にも有名な祭である。
祭神は大国主神の御子神である建御名方神と、その妃とされる八坂刀売神。
だが、東日本に広く伝わるミシャグジ信仰により、諏訪の神を水神、または風神である蛇、あるいは龍と見なされることもあり…
「っん~あ~…」
セイヤが声を出して思い切り背伸びをする。
「目撃された大蛇はミシャグジ様で間違いないと思うんだよね。柳田國男先生は石神として取り上げていたりもするんだけど…」
「あ、そーゆーのはもういいんで…」
目を輝かせて生き生きと説明をするタケト。その話の腰を青いハンカチで汗を拭きつつ真っ二つにへし折るセイヤ。興味の有る無しに関わらず、無駄に長くなるのがわかりきっているからである。それに
「そもそもここ、諏訪湖じゃないですし」
諏訪湖からは大分離れた湖。交通の便は良いとは言えないが、ここもそこそこ人気の観光スポット。今も周囲には家族連れやカップル、そして一人旅の人たちが行き交う。そんな場所だからこその自治体からの、そして市長からの依頼。
「花火大会も近いし、ちょっと期待してたんですけどねぇ。日にちが違うどころか何時間もタケトさんにしがみつく羽目になるなんて…」
セイヤが愚痴る。さすがに大きな祭りまでには事は治めたいし、祭り当日では渋滞や人的被害も心配になるので仕方ない。今日も現地に着いてからタクシーやバスで移動はいろいろ不便と思ってのバイク移動なわけで。もちろんセイヤも依頼書には目を通しているし、事前に説明もしていた。本人も了承の上である。だが、どれだけ優秀で物わかりのいい人間でも、まだまだ少年と言ってもいい年齢。少しの期待をしつつ不平を言いたくなるのも仕方ない。更に言えば、今回はかなり無理を言って同行してもらっているのだ。
「本当にすまないと思っているよぉ。でも他に頼れる人もいなくてさぁ。時期が時期だけに…」
先方、つまり市長は数年前の事件で知り合った村長の身内。しかもタケトが懇意にしている政治家、ヤスの師にあたる人の友人でもある。さすがに優先順位を低くは出来ない。更に世間は夏休み真っ只中。被害が爆増する可能性もある。
「うちの親も理解が良すぎですよ。まったく。まぁもちろん?世のため人のため?全力で取り組む次第ではありますけど?」
セイヤも遠方の親戚へと久しぶりに家族で挨拶にと計画していた。そこにタケトからのお願いだったわけで… ここぞとばかりに口撃を仕掛けるセイヤだったが、だんだんタケトが不憫になり「せめて美味しいものはご馳走してくださいよ」と笑って収めた。そして現地調査として湖畔を探索する。学生の旅行者を装って…
「木陰は涼しいですね~」
「のんびり釣りでもしたくなるねぇ。魚、一匹もいないけど」
「おっと。おお、鬼蜻蜒。でかいなぁ。蝶々ならウララちゃんが喜びそうだけど…」
「まだ寝てるねぇ。まぁ、ここで急に現れても周りが驚くからね。このまま人けがなくなるまで待機しててもらおう」
「そうしてもらいましょう。しかし便利な能力だ」
セイヤも頷く。現在、ウララは幽霊という性質を利用して姿を消し、タケトに取り憑いている状況だ。一般人には全く見えない。重量も感じられない。移動にはかなり便利で交通費が一人分浮くのは地味に有り難い。
「前回にこの能力が使えていれば… 新幹線往復…」
「はは… 御愁傷様です。でも、僕的には同行するなら普通に一緒に移動したいですけどね」
「ん? どうしてだい?」
「いつもと逆に『見ない』ようにするの、けっこう疲れましたよ。彼女も僕も、タケトさんの背中に『ついている』わけですからね」
「ああ~」
他愛の無い話をしつつ、しっかりと『見て』歩く。
「っても、さすがに出るのは夜でしょうね」
「だろうね。目撃談も全部暗くなってから…」
湖畔を半周程度した頃、突然悲鳴が響き渡る。
「キャー!!」
「まさか!?」
驚くセイヤ。タケトは一瞬速く声の方向へと走る。セイヤも後に続き走り出す。と、タケトが止まる。
「いたんですか!?」
セイヤの声に無反応でただ立ち尽くすタケト。その方向には…
「へ、へび~!ウギャー!はやくなんとかしてー」
「あはははは!!」
「ちょ!ビビりすぎ!あっははは!!」
「うひゃっ!こっちきた!逃げろ~♪」
若者たちが小さな蛇を相手にあっちへこっちへ大騒ぎ。一人の青年が、おそらく凄く蛇が苦手なのだろう。一人だけ泣きそうな顔で真剣に逃げていた。タケトたちは一気に疲れ、可哀想な気もしたが他の旅人同様に遠くからそれを眺めるだけにしておいた。
そして他には何事も無く無事に一周して戻る。
「やっぱり夜でしょうね」
「一回離れて飯かな。近くに何か…」
スマホで飲食店を検索していると、誰かが近付いてくる気配ががする。知ってるような知らないような術師の気配。セイヤは警戒を強める。
「やっぱりつくもくんだ~ ひさしぶり~」
白のワンピースに白い帽子の長身の女性が、これまた白いバックを胸元に抱き抱えて身を屈めるように近寄ってくる。
「あ! え~と、カヨさん!」
「おぼえててくれた~ きぐ~だね~ ともだちとりょこー? てか、はいごれーつき?」
「弟子と式神です。今日は依頼を受けて。もしかしてカヨさんもですか?」
白一色の装いとは真逆の真っ黒な瞳と長い髪。自分に自信が無さそうに背中を丸めて帽子で顔を隠す。いわゆる陰キャなお姉さん。初めて会ったのはヒジリの故郷の祭りにヤマトが交流会と称して何人か連れて来た時。第一印象は… 背筋を伸ばして堂々と構えればカッコよさげな人。話してみたら趣味が似ている面白いお姉さん…
とはいえ、そこまで話せるようになるまでにずいぶん時間がかかったなと思い返す。
「えへへ。ぷらいべーと。でーとなの…」
白い肌を真っ赤にして話す。ニヤニヤというか、少々不気味な笑みにも見えるのがもったいない。
「カヨ~? お~い? あ、いたいた」
カヨよりも短身の男性がやって来た。ちょっとふくよかな体に似合うほんわかな優しい顔をしている。
「あ、ごめんね~」
「そちらは?」
「むかし、きんじょにすんでたこなの。びっくり。あっちもでーとだって」
「違うよ!?」
「勘弁してください…」
「もう。慣れてる人にはグイグイいくんだから」
「えへへ~ じゃあまたね~」
四人、手を振り合って別れる。仲が良さげでいいことなのだが…
「なんというか… このまま丑三つ時に五寸釘打ち込みそうな…」
「しっ! 頑張って言葉濁してんのに。にしてもまさか彼氏とは。彼氏さんもまたなんというか独特で」
「彼氏さんはともかく、彼女、強いですよね?」
「うん。同盟の幹部候補の一人。肩書は俺と同じだけど、俺より強いよ」
セイヤが驚いてタケトを見る。
「実際に戦ったことはないけどね。彼女の術はヤバい。ハマれば俺たち三人一瞬だよ」
「まさか五寸釘…」
「違~う」
くだらぬ会話で時間を潰し、早めの夕食を済ませて再び現場へと戻ったタケトたち。今夜は朔の月。街灯の下で暫し待機。ウララも起きてそろそろ調査開始、なのだが
「ふあぁ…」
「だらしないなぁ。寝すぎだよ?」
「呪力の消費と供給のバランスが悪いの。アレのせいで余分に使ってるし。感覚がうまく掴めない…」
まだまだ眠そうに目を擦り、欠伸のついでのようにふあふあと話す。その様子にタケトは少し申し訳なさそうな顔だ。
「慣れないことの連続で負担をかけるけど、なんとか頼むよ。期待してる」
タケトの期待の言葉でまだ眠そうながらもドヤ顔をキメるウララに、少し呆れほんの少し嫉妬し、セイヤは軽く手刀を頭に乗せる。
「いたい」
「んなわけあるか」
そんな二人のやり取りを笑って見ていたタケト。
一瞬だった。それまで辺りを照らしていた街灯が突然消えて周囲が闇に染まる。同時に強力な呪力が辺りを覆い、一瞬で三人の緊張が最大まで高まる。
「神出鬼没が過ぎる。何処だ」
「なんて禍々しい呪力。これは…」
「近く。でもわからない。どこ…」
敵の気配を探るも特定出来ずに焦る三人。そして闇の中から一本の腕が伸びてタケトの肩を掴む
「た~け~と~く~ん」
「ギャー!!」
そこにいたのはカヨだった。
「かれと、けんか、しちゃった~」
漆黒の闇の中、地べたにへたりこみ、泣き続けた




