かつての敵は語る
駅に着いた。ここで新幹線の乗り換え。名残惜しいがマヤたちとはここで別れて別方向に向かう。タケトたちが目指すは東北だ。
「わりと北に縁がある気がするなぁ」
「そういうのって本当に自分にとってかなり重要な縁だったりするって皇先生も言ってましたよ。大事にしてくださいね」
「いや、どっから目線よ」
ウララが笑う。つられて二人が笑う。ウララが入ったことにより空気が和やかになり、二人のコミュニケーションが少しずつ円滑になっていた。
(想定外の収穫だな。うん。よかったよかった)
まだトラウマを完全に払拭できたわけではなく、どちらかと言えばタケトの方がぎこちない感じ。だがそれでも良い方向に向かっているのは間違いない。
(このままいけば、いよいよタケトさんも… はやくこの人の本気が見たいね)
と実はセイヤもご満悦である。
北へと向かう新幹線の中では、セイヤも初めての土地ということもあって二人とも景色に夢中。眠気はすっかり飛んで元気一杯。まるで修学旅行生のようで、やはり高校生なのだなとタケトは懐かしむ。
「さて、と…」
「ここからは目的地に直行ですか?」
「バス?バス初めてです!」
先を急ごうとする二人を落ち着かせ、これからの予定を説明する。本当はここまでの車内で説明と思ったのだが、せっかく楽しんでいる二人に水を差すのはと黙っていたのだ。
「そんな子供じゃないですよ…」
と少し照れつつ呟いた。
「これから向かうのは、誰が建てたか不明のさざえ堂もどき。その調査、というのは言ったよね。事件の詳細説明と、現場までの送迎は現地の人がしてくれる」
「依頼者の方ですね。役場職員さんかな」
「いや、俺の知人で観光大使をしてる人… ってきたきた」
聞きなれた車とは違うエンジン音が聞こえてくる。程なくしてデカくてゴツいアメ車が駅前駐車場に停まる。
「おお!ハマーH3だ!!」
「セイヤはいろんなことに詳しいねぇ…」
セイヤの興奮の声が閑散とした駅前に響く。中からは、これまたデカい男性が降りてきた。
「おう!久しぶり。最近またまたご活躍だな!」
「お久しぶりです。キョウスケさんも大活躍じゃないですか。チェックしてますよ~」
「で、そっちが弟子と…」
キョウスケという人物がウララをじっと見る。
「式神の『元』八牟禮か。ほんとに見た目同じな」
少し萎縮気味になったウララを、キョウスケが笑って頭を撫でる。
「悪い悪い。深い意味は無えんだ。空気読めるいい娘じゃねーの」
力一杯撫でられて小さくなるウララに、さらに悪い悪いと笑う。そんな様子を見つつセイヤがタケトに訪ねる。
「観光大使で術師? もしかしてプロレスの!?」
「そ。元協会術師で、現在は地方団体で覆面レスラーやってる雷電キョウスケさん。リングネームは黒い雷獣クレージーサンダー」
腰に手をあてて筋肉を強調するキョウスケ。とたんにセイヤは目を輝かせてTシャツ一枚になり背中を向ける。
「すみません!サインください!!」
「まさかこんなに詳しいとは…」
「いや~少し前に動画サイトでバズってたじゃないですか。すげえ技を使うレスラーって。それでファンになって、それとは別に昔の事件を調べてたら同じ体格の人がいて…」
少し前にバズった動画。デビューしたての、地方団体の奇抜な覆面のヒールレスラー。正直なところ期待の目では見られない。それは当然なのだが、そんな中で雷電キョウスケことクレージーサンダーは観客の度肝を抜く。
相手にダメージを与えてコーナーに押し込んだかと思うや否や、その相手に向かって飛び蹴りを食らわせると、その反動でロープに飛び、さらにロープの反動で高く飛び上がり2回転捻り。からの、蹴りを食らって倒れて寝そべった相手の首元へ強烈なエルボー!
人間離れしたその動きに、査定すべく冷ややかな目を向けていた観客は一気に興奮の絶頂へと至った。
「生き残った連中の中でもよ、罪が軽めで協力的なやつは社会復帰が認められてな。いろいろ厳しい条件はあったんだが… まあそれはいいか。おかげさまで、今は楽しくやってるよ」
キョウスケは少し寂しい目をする。協会を裏切ったこと、タケトを殺すべく戦ったこと、事件の中で、後で、問答無用で処された仲間のこと、思うところは多い。
「ついに参戦、ですもんね!! ぶっちゃけ、優勝狙ってますか!?」
「セイヤぁ…」
完全に只のファンになっているセイヤ。ウララは何もわからず興奮しまくりのセイヤを面白そうに見ていた。依頼内容について話そうと思っていたこともあり、さすがに止めようと思うタケトをキョウスケが構わないよと逆に止めて返答。こういうことへも手慣れたプロの対応に感心する。
「でかい団体でのでかい大会。しっかり爪痕は残すつもりさ。それが拾ってくれた今の団体への恩返しにもなるからね」
たしか移籍の噂も出ていたなとタケトは思い出す。さすがにそういうデリケートな話題はセイヤも出さなかったが、恩返しという言葉を使ったのだからしばらくそれはないのだろう。
(個人的には期待しちゃうけどね。大きな団体でベルト戴冠して、ヒーローになる姿)
そんな話をしていたら、結局説明も出来ぬままに現場に到着してしまっていた。駅から車で一時間弱。山の中腹にいつの間にか建っていた御堂。獣道の先の場所だったが、噂が広がり見物人が増えてしまったことで行政が整地したらしい。が、それでも高い木々に囲まれて昼間なのに薄暗い。
「さて、さざえ堂は知ってるかな? それと同じ造りなんだ。二重螺旋構造で、一方通行ですれ違うことなく進む。発見された当時は面白いって観光客もそこそこ来たらしい。麓の商店街も少し活気づいて喜んでいたんだが、問題はここから」
キョウスケは鞄からA4のファイルを取り出し、開いて見せる。
「行方不明者が出た。最初は地元のヤンチャども。後続の被害者と思われる連中もそっち系で本当にここに来たのか帰ったのかはっきりしてなくてな。関係性が微妙だったが」
資料を指さし説明するキョウスケ。そして次の頁に指を動かす。
「先月、観光客10数名が行方不明になった。通報者はその観光バスの運転手。いつまでも戻って来ないってな。警察も術師も出動したが何もわからず。ドラレコが運良く入口付近を映していたが、入る姿だけで出てくるとこはいつまで経っても、ってな」
そこからは直ぐに市が立入禁止にしたが、もちろん完璧に管理できるはずもなく。肝試しにやってきた不良が新たにという話もちらほら出ている現状。
「でも、呪いか何かだったら調べてわかりそうなものですよね? さすがに調べてないとか、そこまでダメダメな術師は呼ばれないでしょう」
セイヤが訪ねる。そしてキョウスケが頷く。
「ああ。調べたのは知り合いのフリーの術師だ。能力は協会の専門家と比べて遜色無いと思うぜ。俺も同行して調べた。が、何事もなく一周して戻ってきたよ。何か特別な条件があるのか、それとも実はその観光客だけが被害者で一回きりのトラップだったとか…」
「いや、それでもですよ。条件でも一回きりでも、術の痕跡は残りますよね? それが確認出来ないということはさすがに…」
「とりあえず、詳しくは中に入って調べつつでいこう。やっぱり外側からは反応無しだし。それに…」
話を聞きつつ、左目の力を使って御堂を見ていたタケトが言う。感知能力トップレベルのタケトの目で何も感じられないのだから、中に入って調べる他はない。そして『それに』で指さした方向にはウララがおり、そろそろ限界のようで近くに咲いている花や虫に興味が移り始めた。まさかとは思うが、万が一何処かにふらふらと行かれては大問題になる。
「同い年、ですよね?」
「当時の八牟禮は、ね」
「神妖としては生まれたて、か。ほんとに大丈夫なのか? そんなの連れてて」
不安で一杯な顔の二人に対して、タケトはにっこりと笑って答える。
「大丈夫。きっと驚くと思うよ。ま、バトルになる状況なんて来ないのが一番だけどね」
念のため、左目の力を展開しながら入口へと進むタケト。ウララがそれに気付いて後を追う。そんな二人を、やはり不安な顔を見合わせてから仕方なくついていく二人。セイヤがポツリと呟いた。
「あの顔… 絶対バトル状況来るやつじゃん…」




