新しい家族と共に
「はは。なかなか大変だったようだね」
「笑い事じゃあないですよ。ほんとに…」
協会本部、会長室で次の依頼を受けつつの談笑。
とはいえ、被害を受けた当人のタケトは笑うに笑えない。うんざりするように、やっぱりここでも深いため息をつく。
「でも、赤ん坊って… かわいいですよねぇ…」
何か物思いにふけるように、少し羨ましそうに語るタケト。それに対してナオズミは少し意外そうな顔で語る。
「正直な話、タケト君は子供、というか自分の空間を阻害するモノは嫌いだと思っていたんだよねぇ。さらに言えば、それでもマヤちゃんたちよりも先に子供が出来ると思ってた」
逆にタケトも、そう思われていたことが意外と思い、少し過剰な反応をしてしまう。
「ええ!? いや、そんな… だってそれってつまりそういうことであって… まぁ絶対とは言えなくもなく的な…?」
心当たりはなきにしもあらず、なタケトを置いといて、ナオズミは続ける。
「ま、学生で県外滞在中の彼らよりも君らの方が、という安易な考えなんだけどさ」
そんなことを話しつつまったりしている彼らを前に秘書のシラベが次々にタケトの前に依頼の資料を並べていく。その量たるや否や…
「…あの、シラベさん?ちょっとその… 多すぎやしません?」
ナオズミと話しの最中に次々と運ばれる依頼の資料の数々。通常は次の仕事の一件なのだが、十数枚に及ぶ書類が何件も運ばれてくる。この異常事態にさすがのタケトも驚き萎縮せざるを得ない。
「あ… の… ちょっとシラベさん?」
「あら?何か問題でも?」
珍しく威圧感がすごいシラベさんに何も言い返せないタケト。同じく萎縮しているナオズミが呟く。
「タケトくんさ、今回の件で有力者にアピールしまくったよね? そのおかげでさ、そっち方面から依頼がものすごく増えたんだ…」
政財界の有力者、及び次期後継者。彼らが集まった豪華クルーズ旅行。その一件で彼らのタケトへの評価と興味が跳ね上がった。それにより彼らだけにとどまらずその友人知人から、協会への依頼が極端に増えたのは言うまでもなく…
「もちろんタケトさん一人に依頼が集中なんてさせることは出来ませんから。でも依頼者の希望がありますし、タケトさんと少しでも関係のある方々へ依頼をせざるを得ないし、という調整で私達事務の負担も中々のものでしてね?」
そんな会話の中、シラベはタケトの目の前にさらに次々と資料を並べていく。普段はやんわりした対応のシラベさんも、タケトに対してかなりピリピリした対応。相当の苦悩があるのだと察して言われるがままに黙って見守るタケトである。
「ま、そういうわけだから、その依頼も『君が果たさねばならない必須の依頼』ということを理解していただきたいね」
通常タケトは月に1~2件の依頼。内容にもよるが、それだけの準備や危険度、そして報酬を考慮してのこと。それが今は依頼が一気に18件。シラベさんは元々仕事の偏りを嫌う性格。それでもこれだけ集まってしまったのだから、これらの依頼の重要性は想像に容易い。
「あまり我が儘を言って、事務員さんを困らせるものじゃあないよ? 自分への仕事がこれだけあるってことを有り難いと思わなければ」
「てか、なんでカナタさんがいるんですか?」
「なんでって、それはもちろん君の式神の戸籍の件だけど? 私が、仕事も無いのにこんなところでふらふらするとでも思っているのかい?」
話し合いの結果、ウララは白家でタケトの妹として戸籍を作ることになった。年齢は17才だが、成績優秀な帰国子女で向こうで飛び級で高校は卒業したという設定。夫婦共に学者である白夫妻の娘ならそれほど無理の無い設定である。むしろ無理なのは高校編入の方だった。何しろ本当の学力には問題がありすぎて編入の水準を満たすにはなかなかに時間がかかりそうだったのだ。こればかりは仕方ない。とりあえずは学力を披露する場面は無さそうだし、外国暮らしを理由に多少の常識のズレは誤魔化せるだろうという結論に落ち着いた流れ。そして、その戸籍を作るために某政治家を頼り、その橋渡しとしてカナタが動くことになったのである。
「本当にいつも感謝しかありませんよ。ありがとうございます」
「うん。でもね、君もそれなりの伝手は持っているわけだからね。あと何年先になるかはわからないけど、こういう仕事は君の役目になるはずだよ」
タケトは親友の顔を浮かべ、ぐっと拳を握り心の中で気合いを入れた。親友にエールを贈りつつ。
二人の会話が一段落すると、再びシラベが笑顔でタケトに話す。
「では仕事の話しに戻りますよ。先ず、重要度が高いのは手前の三件。それから着手してください。そこだけ注意して頂ければ順序は問いませんので。よろしくお願いいたしますねぇ~」
普段と変わらぬはずの言動だが、異なる意味合いを持った威圧感を感じずにはいられない。そして
「来月中に~」
と付け加えられた言葉に一瞬思考が停止し、余りの時間の無さに青褪めて、一気に資料に目を通した。
そんなわけで、一件目の依頼の場所へと向かうタケトたち。そう、『たち』なのだ。今回はウララの戦力、及び連携を実戦で確認するための遠征も兼ねている。そのサポートにセイヤも同行していた。だけでなく…
「なんでお前らも一緒なんだよ…」
「旅は道連れって言うじゃない。どうせ途中まで一緒なんだし。少しは楽しそうにしなさいな」
窓側からウララ、タケト、セイヤと並んだ目の前には、同じく窓側からマヤ、ベビーバスケットで寝ているユキくん、そしてヒデが並んでいた。
「悪いな。けど、まだまだ全然話し足りなかったし一緒の新幹線で行けるってわかって嬉しくてよ」
「まぁ、それは俺も同じだけどさ」
「でっしょ~?もう恥ずかしがっちゃって~」
「お前は黙れ」
「いくら幼なじみでも、タケトさんは少し口が悪いですよ?」
「でっしょ~?」
「お前は黙れ」
そんなやり取りも気にせず、ユキくんはウララにあやされてケタケタと元気な笑い声をあげている。その声を聞いて、こちらも笑顔で一休みとなる。
「しっかし、ほんとに見違えたわ。勉強頑張ってるって言ってたから、まさかこんなにガタイがよくなってるとは…」
「言っても学生バイトだからな。やれることは物運びの肉体労働中心。仕事を覚えるにはさ、少しでもさっさと終わらせて近くで見せてもらうしかねーだろ? そのためには力をつけなきゃじゃん?」
と逞しい腕をさらけ出して力こぶを見せて笑う。
「おかげでけっこう気に入られてさ。飲みにも頻繁に連れてってもらったりして」
「で、その無理が祟って倒れたの。ちゃんと休めってお義父さんにも言われてたのに」
呆れたように呟くマヤ。
「まさか体壊したのって酒?」
「違うって。それは快気祝いから。まぁ最近は飲みが増えて怒られもしたけど…」
ヒデはごめんと言いながら笑う。笑える程度には許されたことらしい。タケトはやれやれと安堵しつつあの時を懐かしむ。あの時は本当に皆が心配をしたのだ。そしてヒデの所に残るとマヤが言い出した時もまた同じく。ユキくんと戯れるウララとセイヤを見つつ、新たな家族と共にこうして笑えるようになって、本当によかったと心から思うタケトだった。
「寝ちゃった」
「こっちもだよ。まったく…」
「弟子も妹もまだまだお子様だね~」
「ウララとはまだリンクが弱いからね。呪力回復には睡眠が不可欠でさ。セイヤは… 昨日まで別の依頼で動いてたから。無理して間に合わせた可能性も高いんだよね…」
タケトは本当に心配そうにセイヤを見る。
「そりゃ心配だねぇ」
マヤは軽い返答。だがちゃんと心配もしているし、逆にそれほど心配もしていない。前例が目の前に二人もいるのだから。マヤは微笑みながらユキくんを抱き抱えて哺乳瓶の乳首をを唇に当てる。と、はむっと吸い付いて勢いよく飲み始める。それを見て再びほっこり笑顔になる。
「正直、お前らが一番は意外だったわ」
「俺もだよ。ガキの頃は将来はどんな仕事して子供は何人いて、とか妄想してたけどよ。最初はノブたちで確定って思ってたからな」
「だよね~なにやってんのあの二人?」
「あっちも仕事と勉強。でも、なんだかんだで楽しそうだったよ。そのうちデキ婚すんじない?」
「で、そーゆーお前らはどーなんだよ?」
「どーなんだよー?」
タケトが一瞬怯む。そしてチラリとセイヤを見て、そして顔を少し赤らめて言う。
「ノブたちとどっちが早いかなって程度には…」
二人から両サイドから頭を叩かれ足を蹴られ、そしてその蹴りが良い振動になったのかユキくんが大きなゲップをした。
「おお~いいゲップ!」
「大きいね~やっぱり男の子だから?」
「どうだろ? でも、ゲップもやっとよ~ 最近まではゲップと一緒に吐いたりしてたし」
「そ、そうなんだ…」
またもや少し怯むタケト。それに対して「頑張れよ」といじる二人。実際にタケトが頑張るのはもう少し先の話。




