思い出しては心は痛む
タケトが目覚めると、目の前にはヤマトの顔があった。ヤマトは優しく声をかけてくる。だが、まだ頭がぼーっとして声の内容は聞き取れない。
(眠い… 眠気に引きずり込まれる… あぁ、この枕のせいだ… 枕は睡眠に大切なとか言うけど… この枕は俺にぴったりで…)
と、半分夢の中での思考の途中でタケトはハッとしてガバッと起き上がった。振り返るとヤマトがにこりと笑う。
「おはよう。よく眠れた?」
「じゃないよ。なんで君が膝枕とか…」
自身の置かれている状況、そして夢の中とはいえとんでもないことを考えていたものだと頭を抱える。
「え~だってタケト君が倒れたのは半分は僕のせいみたいなものだし?」
タケトは呆れることも諦めてチヨの方を見る。
「止めなかったんだ」
「いや~私も対処が遅れたし? それにちょっと面白そうだったし?」
と様々な感情が入り交じった顔をする。タケトはその場に胡座をかき、頭を掻き、そしてやっと正常に動きだした脳をフル回転させて状況を推理する。
(皆が… まあ笑ってるとこ見ると別段ヤバい状況ってわけではなさそうだ。少なくとも身構える必要はなさそうだね)
大笑いしたり、ちょっと引き気味に笑ったり、反応はそれぞれだが、戦いの途中、もしくは始まるような雰囲気は皆無。それ以前に悪しき力も感じない。安心して悪態をつけるというものだ。
「で、結局のところ何の用?」
「えっと… それはもちろんさっきの…」
いつもなら、そんなに冷たくしないでと意地悪く甘えてきそうなところだが、やはりトラウマを刺激して気を失わせたことには反省しているのだろう。少ししどろもどろな返答だ。そしてヤマトが言い終わるのを待てず、それはすごい勢いでタケトの眼前に現れた。
「あの!わ、わたし!」
今度は気絶はしなかった。全力で心を、身体を落ち着けさせた。時間にしてはほんの僅かだが体感では数十分にも感じられた。思考も落ち着き、目の前の少女を冷静に確認する。見れば見るほど似ている。そして全くの別人だともわかる。何しろ本人は、タケトの知る彼女は目的のためなら他人の命すら平気で使い捨ての道具として扱う、当時の同盟でも異端の存在。そして今、目の前にいる少女はタケトが自分のせいで倒れたことに酷く心を痛めたような顔をしている。大きなショックを受けたことで人格が変化した、という可能性も無いだろう。むしろあの時よりも少し若くすら見える。
(いや、そもそもあり得ない。間違いなく彼女は死んだ。そしてその魂はまだヤマトが…)
「わたし!八牟禮ウララ、です。本人… ではない?のですが、えっと…」
前のめりにやって来るも、言葉がまとまっていないらしくしどろもどろ。ヤマトが頭をぽんと叩いて落ち着かせ、代わって現状の説明をしてくれた。ヤマトによると…
呪詛師同盟の八牟禮ウララ。彼女が起こした事件、一般人も多数巻き込んで大きな事件になりかけた。それを封じるために情報の規制と操作が入ったのだが、それにより別の噂が生まれてしまった。
「あの事故で酷い死に方をした少女がいた」
「その少女はその場所で歌っていた」
「その少女はアイドルを目指していた」
「ゴスロリ風の衣装で歌は独特な曲調」
「崩落に巻き込まれて潰れて死んだ」
「遺体の側には少年がいた」
「少女の彼氏だったらしい」
「少女の霊は彼氏を想い地縛霊となった」
「少女は今でもその場所で歌い続けている」
いろいろ派生はあるが、大まかにはこんなところである。自称目撃者の、特に想像力豊かな人による真実と、真実を捻じ曲げる虚言。物語性はより増してそういう話が好きな人々に広まっていく。広まって人々の心を大きく動かした結果、それは新たな呪いを産んだ。都市伝説そのままに改変された、呪詛師八牟禮ウララの紛い物…
「噂は入ってきてはいたんだけどさ。別に無理に消火するようなモノでもなかったし。でも最近になってその地縛霊の目撃情報まで出てきてね。さすがにこれはほっとけないなと調査に行ったら彼女を見つけてさ」
商業区画とはいえ、都心とは異なり深夜に営業している店は無く最寄りのコンビニも少し離れていて、街灯も疎らで月の無い夜は真っ暗。そんな場所で、誰にも気付かれることなく独り静かに歌っていた。一番聞かせたいはずの存在にも自身の存在を知られることもなく。その寂しそうな姿にヤマトですら同情してしまったそうだ。
「八牟禮さんの記憶は当然だけど無し。でも、情報を提供したことで信用を得てね。そしてタケト君のことも流れで話したら食いついて」
「流れて… それに食いつく理由が… 俺にはどうしても悪い方にしか考えられないんだけど…」
「ん?そんなに悪いことではないでしょ」
「なんで、こ… 被害者が俺に食いつくのさ?」
深いため息をつくタケトをヤマトが笑って指差す。
「側で泣いてた彼氏」
「「は!?」」
「はぁ…」
タケトはさらに大きなため息。他の皆は困惑した。何故殺めた人間が彼氏ということになるのだと。
「殺して側で茫然自失していた姿。それが転じて、彼女が死んで茫然自失の彼氏ってことになったっぽいよ。証拠にほら『本人』も」
ウララはタケトを上目遣いに見つめていた。それはまさに恋する乙女のそれであり…
(心が痛いな…)
幽霊、むしろ妖怪に近い存在である彼女のその態度に、彼女が生じる原因の発端となったタケトは自責の念が溢れ、同時にチヨの反応も気になった。が、チヨの顔は見れず、タケトはそのまま正座になって姿勢を正しウララに向き合った。
「それで? 君はこれからどうしたいのかな?」
ウララもウララで深呼吸をして落ち着いて、タケトをじっと見つめて言葉を紡ぐ。
「私を側に置いていただけませんか?」
タケトは少しの間、固まっていた。ある程度の予想は出来た返答とはいえ、さすがに思考も一瞬停止する。即座に対応できる内容ではなかった。周りも周りで、色めき立つ者、神妙な顔になる者、呆れる者や先を理解して納得する者、と様々だった。
「それは… どういう…」
どういう意味で言っているのか? その返答次第では別の問題も発生する。それは理解していた。本当は聞きたくなかった質問。しかし聞かねば始まらないし聞かねば終われない質問。もっと上手く場を動かせる力はあったはず。しかし、この状況での思考能力ではこれが精一杯の言葉…
「あ!? ええっと、私を式神として雇ってくださいませんか? という意味でして… それ以上を求められてもそれはそれで困るというかすごく嬉しいというか…」
真面目な顔から一変して、顔を赤らめてあたふたするウララ。その姿を見てタケトは
(やっぱり全然違うな…)
と安心する反面、違う心配も出てしまったなと深い深いため息をつくのだった。
「例え知り合いでもさ、急に来て雇ってくれとか言われても無理って話だ。それはわかるよね?」
タケトの言葉に上がりまくっていたテンションは急降下し、俯いて力無く「はい」と返事をする。タケトはチヨを見た。チヨもウララのその姿を見て「仕方ないな」という顔をした。
「ましてや俺たちは、君のことは名前以外ほとんど何も知らない。だから先ずは君のことを教えてくれないかな? 好きなこと嫌いなこと、趣味やもちろん能力のことも。契約を結ぶには必要なことだろ?」
ウララの顔が明るくなる。
「あと、君は食事はするのかな? であればそっちの好き嫌いも教えてくれると助かるな」
チヨも優しい顔でウララに問いかける。ウララは少し驚いて、そして目をキラキラさせて言う。
「わ、私!ミートドリアが大好きです!!」




