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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第四章
38/83

あの事件のことを

「よっ!お疲れ!」

「おつかれ~」

いつもの変わらぬミコトとムギちゃんのお出迎え。二人は安堵し、自宅の玄関に荷物だけ置いて御薬袋家にさっそくお邪魔する。

「本当にお疲れだったな。お疲れのところ悪いんだが事件のこと、記憶が薄れる前に聞かせてもらっていいか? こっちも報告は受けてはいるが、術師とその術式については対応した人間から直接聞いておきたいんだが…」

「ええ。俺は構いませんよ。ヒジリさんたちの意見も聞きたいですし」



「むずかしいおはなし。つまんない」

「はは。でもムギちゃんも才能は凄くあるからね。もう少し大きくなったら、ちゃんとお話に参加出来るようになるよ」

「ほんと?おじいちゃん?」

「ああ、本当だよ」

タケトたちの会話中はいつものようにムギちゃんはカナタと戯れる。こうして見ると、本当の祖父と孫娘のようで微笑ましい。

「ごめんなツムギ。もう少しでお話、終わるから」

「複数属性を扱う剣術使い。間違いないだろうな。そしてそいつを『使う』レベルの術師か。お前、ほんとよく生きて帰れたな」

「というか、せっかくのチャンスだったのに生きて帰してしまいました。勘づかれてないか、そこだけが心配です」

(生きて返して、か。やせ我慢しやがって)

師と兄弟子は思った。二人ともタケトのトラウマは知っている。そしてそれを咎めるつもりも、払拭しようという気もない。他人に言わせれば甘いの一言なのだが、二人もまたタケトがそのトラウマを抱くに至ったことに責任を感じている。故に触れずに流して、流し続けている。

「ま、心配がそこだけなら問題ないだろう。よくやったよ。弟子が成長してくれて嬉しいかぎりだ」

「今回もいろんな人のサポートがあったので。特にチヨには助けられました」

二人が見つめ合って微笑み合う。それを皆が笑顔で見た。

「付喪神ってのが救いだったな。妖怪の中でも普通の人間にも見れて触れられる存在だからな」

「ですね。妖怪や呪いを扱うやつだったらアウトでした。乗船してた人間のほとんどが逃げるどころか気付くことのないままに…」

チヨが俯く。今回は助けにはなれたが、それはたまたま見える敵だったから。霊能力が全くと言っていいほど無いチヨには対呪霊の技を扱えても、それを当てる術が無いのだから。たまたま足手まといにならずに済んだだけに過ぎないのだから…

「つーかよ、念入りに仕込んできたわりにはそれなんだよな~ なんで付喪神だったんだ? 他にもやりようがあっただろうによ。しかも楽に」

「そこなんですよね… 『敵』に何かしらの制限があるのか、実は使える手下が限られているのか… とりあえずは客がパニックになって逃げ回っていれば、俺の意識はそちらにも向かざるを得ない。って理由だとは思いますが」

「筋は通っちゃあいるけどよ。俺ならソッコーで乗員全員ヤってオシマイなんだけどな~ お前や協会の信用も潰せるし?」

「そこは個人の趣味嗜好の違いでは? あとは術式」

「の前に、ツムギの前で親が物騒なこと言うんじゃない!」

ヒジリからの痛烈なチョップを脳天に受けて悶絶するミコト。それを見て呆れ、そして笑う一同。ムギちゃんも限界なので、術師談議はここで終了となった。


「つーか、タケ。どうだったよ?ちゃんと楽しめたのか?ちゃんとやれたのか?」

「なんのことですか?」

ミコトがタケトの肩を引っ張ってこそこそ話し。顔が少しいやらしい。

「なんのってそりゃお前、決まってんだろ。そろそろお前らも考えてはいるんだろ?そのきっかけのひとつとしてもありだとは思うからな」

「そんなことを思っているのなら、少しは俺たちに構う時間を減らしてもらえませんかね? 特に夜。監視されてんじゃないかってくらい気になってそういう営みなんておちおち出来やしませんよ」

「な!? ひどくない?なんか覗き魔みたいな扱い」

「実際、そうだったこともありましたよね?」

「すげえ昔のことじゃん…」

「………」

「今後、気をつけます…」

「私はタケトよりもマヤたちの方が気になるがな。最近はめっきり連絡も少なくなって」

二人の会話に聞き耳を立てていたヒジリがほんの少しの苛立ちを交えて話す。その苛立ちを自分に向けられたものと勘違いしてミコトは萎縮する。

「ヒデも学業が疎かにならないように頑張ってるって言ってましたね。ちょっと前に。かなり神経磨り減らす作業だろうに、よく勉強と両立できるなと感心ですよ」

「それ、自慢か?」

「え?」

「お前も学生やりながら術師の仕事、してんだろ。しかも今や準幹部だ」

「あ、俺も両立してるのか」

「ったくこいつは」

「いや、だってなんかもうこれが普通だし…」


ピーンポーン


インターフォンが鳴る。御薬袋家ではない。つくも家の音だ。

「あ、うちに誰か来たようですね。ちょっと見て来ます」

白家に客人はめったに来ない。買い物も通販はあまりしないし、厄介な訪問者用に結界も張ってあるので、必然的に来客はそれなりの案件を抱えて来た者となる。ので、タケトは玄関へと急いで向かう。そしてチヨは何故かミコトを睨む。

「え?なに??」

「インターフォンの音もよく聞こえる距離なんですよね… 家の中の音も『耳がいい人』なら…」

「そんなことしてないからね!!」



「あ、すいません。留守にしてて~ってヤマト!? 久しぶりだね。急にどうしたの?」

そこにいたのは無量小路ヤマト。太陽が逆光になり一瞬わからなかったが間違いない。美しい顔立ちの銀髪の青年。黒のスーツが相変わらずよく似合う。同盟所属の幹部術師であり、タケトに御執心の青年であり、ミサトと交際中の人物である。いつも行動が唐突だが、今回も事前の連絡はなく事件の直後なだけに問題発生かと不安が過る。

「お久しぶりだね。僕としてはもっと頻繁に会いに来たかったんだけどなかなかお許しが出なくてね。同盟からもミサトからも」

そう言って疲れた笑顔を見せる。が、彼がこういう熱量低めの回りくどい言い方をする時は、だいたいの場合が言いにくい面倒事を持ってきた時。違う意味での不安が過る。

「大丈夫。単刀直入に言っていいよ」

力を抜いて柔らかな笑顔でタケトは言った。自分もずいぶん成長したのだ。術師として、人として。だからヤマトには余計な気を遣わずに接して欲しいと思っているのである。

「…そうかい? じゃあ単刀直入に。実は君に会いたいって… 人? がいてね」

ヤマトが半身をずらすと、そこにはもう一人。

いや、いくら逆光だったとはいえ、今まで存在すら感じ取れなかったのだ。普通の人間であるはずはない。それに、一歩前に出てきたことではっきりと見えるようになったその姿を、この人物をタケトはよく知っていた。


ツインテールにゴスロリ調の黒い服。

袖が長く指先まで隠れている。

眼帯こそ着けていないが間違いない。

タケトがトラウマを抱える原因となった人物。

タケトが5年前にその手で殺めた人物。

呪詛師 八牟禮はちむれウララがそこにはいた。


「えっと… お… 久しぶりです?」

その声を聞いて、あの時のことがフラッシュバックして、自責の念に押し潰されて、タケトは程無く気を失ってしまった。異変に気付いたヒジリたちが出てきて少し揉めたがチヨが一喝し、ヤマトがタケトを背負って全員が御薬袋家に入る。タケトが目覚めたのはそれから15分程経ってからだった。

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