WAVE × WAVE
「組長、そろそろ…」
「ん? おお…」
パーティーも終盤。若頭がそろそろ部屋へ戻って休むように促す。タケトたちも皿に残ったものを胃袋へと流し入れ、部屋へと戻る準備を始める。
「おい、そう急かすな!」
組長が少し声を荒げた。自然と視線が集まる。そして皆の動きが止まる。その言葉から想像したのは若頭が組長の腕を引くような画だ。しかし、当の若頭は少し離れた所で若い衆に指示を出している。組長自身もそれに気付き、自分の腕へと視線を動かす。どうやら別の『誰か』に腕を引っ張られたらしい。だがそこには誰もおらず…
「なんだ、こりゃあ…?」
組長の腕を『何か』の腕が掴んでいる。何かの腕だけがそこにあり、組長の腕を掴んでいた。咄嗟にタケトが呪符を取り出して飛ばす。謎の腕と近くの食器が弾かれて床に落ちた。
「大丈夫ですかっ?」
「組長!?おい!何があった!?」
「あれはナンダ? 何かの術か? 発動の気配は感じなかったぞ? ワタシが未熟だからか?」
「いや、俺も何も感じなかった。たぶんあれは…」
タケトが皆の前に立ち、右腕を伸ばして前に出ないように制する。一緒に飛ばされていたワイングラスがカタカナと揺れる。もう一本現れる腕。その二つの腕が床に触れるとグラスが少し浮かぶ。そして、今度は足が現れた。そう、その手足はグラスから生えていた。手足の大きさは子供のそれに近く、だが急激に細くなってグラスにくっついているような感じだ。そしてグラスが振り返ると、そこには顔もあった。大きさが不揃いの目玉、鼻、口があり、アンバランスで不気味さを引き立てている。
「なんだい、あれは? まさか人が?」
「いえ、あれは付喪神ですね」
「付喪神? 誰かの式神か?」
「いや、おそらくは…」
タケトが予想を語る間も無く、グラスの付喪神が襲いかかってきた。タケトはそれを呪力を込めた左手で弾き、床に叩きつける。そして、それが合図にでもなったように他の食器たちも次々と付喪神化して動き出す。
「なななななな!?」
「ど、どういうことですか??」
「一斉に付喪神に!? やはり術は感じなかったぞ?偶然にしては出来すぎだ!」
トリスタンも素で喋る程に驚き慌てている。装っているわけではなく、ちゃんと落ち着いているのはタケトとチヨ、そして組長の三人くらいだ。他のテーブルの人々も騒ぎに気付いて、叫んだり逃げたり、余裕のある人は写真を撮ってみたり…
「おそらく時限式の術式だね」
「時限式?」
「付喪神化するにはこの食器は新しすぎる。何か条件を付けて、その条件を満たすと強制的に変生させる感じの術だと思う」
「それは、簡単に出来る代物なのかい?」
チヨと組長と、冷静な三人が状況を把握するために近寄り、そして付喪神から徐々に距離を取る。
「いや、かなり無理矢理のはずだよ。だから姿形が微妙に異様。でも、仮初めとはいえ物に命を与える術だ。それなりに高い呪力は必要でっと!」
付喪神たちが一斉に襲いかかってきた。タケトは皆に後ろに離れるように指示し自身は付喪神たちに向かって飛び出す。そして左手で床に触れ術を放つ。
「畔渦」
左手を中心に床が歪み渦状のシワが出来て付喪神たちが引き寄せられる。
「桜憤」
そして手を離すとその渦が一気に元に戻ろうとし、その強い衝撃派が周囲に飛んで付喪神たちを弾き飛ばした。
「とにかくこの部屋から出よう!」
タケトが殿を勤め、他の客にも指示を出しつつ出入口へと走る。タケトが通り抜けると、その周囲にあった食器たちも次々と付喪神化していく。さすがに一般人の乗客たちはパニックだ。
「おいおい、ちょっとマズいんじゃあねえか?」
先程の術は周囲の敵を引き寄せ、そして弾くもの。と言っても敵だけを選んで弾けるほど優秀な術ではない。別の術も同様。しかも範囲は限られる。全方位をどうにかするのは難しい。それに、付喪神化の条件がなんとなく理解出来たので、あまり術を乱発したくはなかった。しかし、そんなことはお構い無しに既に発生した付喪神たちが周囲を取り囲むように近付いてくる。その動きは到底知恵があるとは思えない動き。だが、その動きはタケトたちを追い詰めかけていた。
「まったく、立場とか言ってらんないか。すみません組長さん。部下たちに指示を。他の乗客の避難誘導をお願いします」
「だとよ。行け!」
「行けって、組長は!?」
右手側から何体かが、皿やカップが飛びかかる。正面を対処していたタケトは出遅れ(しまった)と思うが、その目の前を組長が風の如く駆けて斬り払う。そして仕込み杖を納刀しながら呟いた。
「全盛期とは程遠いか。だが、まだまだてめえら若僧に心配されるほど老いぼれちゃあいねえぜ? 組長命令だ。さっさと堅気の連中を逃がしてこい!!」
「「お押忍!!」」
組員たちが一斉に動く。組長は再び構えに入る。
「人が、変えられてんじゃあねえならよ、斬っても問題無えよな? へっ、久しぶりに暴れられるぜ」
「やれやれ、私も負けていられないな」
チヨが腰を低くしてスリットから足を出す。滑やかな太腿が露になるが、注目すべにはそこではない。ガーターベルトに仕込まれていた棒を手に取り、それで周囲を払うように一回転。棒は伸びて竹刀と同じ長さに成った。
「ちょっと試したいことあるから、お先!」
タケトが部屋の中央へと走る。すると、タケトが通りすぎた場所から次々と付喪神化。そしてタケトを狙って走り出す。
「あぁ、やっぱりか」
「どういうこった?」
「こいつら、周囲の呪力を吸って変化してる。そういう術を付与されてる。たぶん最初から」
「我々が乗船した時には仕込みは既に終わっていたということか」
「だから余裕かましてたんだろ… ねっ!!」
再びの畔渦&桜憤の連携術に付喪神たちが弾かれて宙を舞う。だがこの術の威力はタメに比例する。故に一瞬のタメでは威力が弱く破壊を逃れたモノも少なくない。また放たれた呪力を吸って新たに変化する物もある。付喪神たちはタケトを睨み付け、再び飛び掛かろうという意思が溢れ出ていた。
「タケトっ!!」
チヨが叫び走り出す。恋人のピンチに思わず声をあげたわけではない。これは合わせろという合図だ。構え、走り、そして流れるように化物たちを叩き斬る。その速度は落ちることなくタケトの正面に突っ込み、そして飛んだ。タケトはそのチヨをバレーのトスのように打ち上げる。空中でチヨは捻りを加えながら回転し、その回転に合わせて周囲を斬る。
「火纒一刀流 牙龍天征!」
華麗に着地するチヨと、砕け散る食器たち。
「やるねぇ、嬢ちゃん」
着地から直ぐに立ち上がり、タケトとチヨは背を合わせて構える。
「さすが師範代」
「茶化さない。ちなみにタケトが大人しくしてれば新たに化けることはなかったり?」
「いや、一般人でも微量に呪力はあるからね。それを吸っててほぼほぼ臨界状態。そこに俺が通ったから一斉にってだけ。時間の問題。むしろここは」
「囮になって全て叩くと? 術師はどうする?」
「それに関してなんだけど…」
「おい!なにイチャついていやがる! 少しはこっちに来て手伝え!!」
「いやいや、せっかくの十分に暴れられる状況ですから。そっちは遠慮してお任せしたいなと」
「バカやろう! 限度があるわ… 年寄りの体力…
はぁ… ナメんなって… の」
暴れるとは言ってみたものの、さすがにずっとお任せするにはブランクが長すぎたようだ。チヨを其方に行かせて、タケトは少し距離を取る。
「じゃ、とにかく頼むよ。なるはやで」
「わかった!」
部屋を走り去る二人。と、チヨが振り返り叫ぶ。
「タケト!」
「ん?」
「絶対に無理はするなよ」
「もちろん」
タケトが気の抜けた笑顔で見送る。それを見て安心して再び走り出すチヨ。タケトはこういう時に上手な嘘をつけるような人間ではない。つまるところ、最善は尽くすが命までは懸けないという宣言みたいなものだ。チヨにはこの宣言が本当に支えになる。
「では、全員甲板へ。私は下の階から…」
「いや、うちの若えのが下にも行ったはずだ。俺が下に行って指示した方が手っ取り早え。嬢ちゃんは上を頼む」
「了解した」
チヨはドレスの裾を少し捲って結び、組長に一礼して上階へと向かう。組長もそれを見送ると下へと向かった。




