突入
「くそっ!どっから情報が漏れやがった!!」
事務所のある某ビルの一室、若頭が怒鳴り散らし椅子を蹴り飛ばす。事情を知らない留守番の組員たちが驚き固まり言葉に詰まる。それがやましいことがあるように映ったのか、それともただの八つ当たりか、若頭は一番若い、一番最近に入った男の襟元を両手で締め上げて
「まさかテメエじゃねえよな?そのために入ったスパイじゃあねえよな!?」
とキレる。そもそも、そんなものがあることすら組員のほとんどが知らなかったのだ。最近入ってきた若僧がスパイであるはずもない。まだ冷静さの残る他の組員が若頭を宥めて解放させる。
「あー!くそっ!!すまねえ。つーかよ、だとしたら、あれのことを知ってるやつは限られてんだろ」
幹部、古参、その中でも特に信頼のおける連中しか知らない事。それが外部に漏れるということは、すなわち組の崩壊は近いということだ。若頭はソファーに座り頭を抱えて大きくため息をついた。
「この組のために、オヤジのために、そのオヤジの宝まで売ろうとしたのによ… 何もかもがうまくいかねぇ…」
そんな様子を見かねて、舎弟の一人が居ても立ってもいられずに動きだす。
「き、きっと大丈夫っすよ。今までだってほら、ヤバい時は何度もあったけど、結局なんとかなったじゃないっすか。オヤジなら大丈夫っすよ!この組だって、アニキならやれるっすよ!そうだ、窓、窓開けましょう。空気が悪いからなんとかって言うっすからね。リフレッシュってやつしましょう!」
~都内上空~
「そろそろですか?」
「勘がいいね。目の前のビルの五階。最上階だよ」
「何処に降ります?」
タケトがスマホを見て難しい顔をする。ちなみにバイク運転中だが、呪力によるサポートでハンドルは固定され真っ直ぐ走る分には問題は無い。また、セイヤの作った道の上では守護の術も発動しており、ドローンや鳥等との事故の心配もない。さらに言うなら、彼らは姿を消しているので一般人の法からは完全に逸脱している状態だ。
「うーん、この辺って駐車場ないんだよね~ あ、なんかちょうど窓が開いたし、このまま行こうか」
「へ? え!? こ、このままってまさか!?」
二人を乗せて、姿を消して夜空を駆けるバイクは、そのままのスピードで、そのままの進路で、真っ直ぐと組事務所のあるビルの最上階、その一室へと突っ込んだ。
「ちょ!?や!うおわー!?」
ドッ!! ガシャーンッ!!
部屋に突っ込み着地と同時に急ブレーキ急ターン。その場にあった椅子やらテーブルやら、そしてその上に乗っていたもの全てを吹き飛ばし破壊しながら、タイヤの激しい摩擦音と焼け焦げる臭いを撒き散らしつつ停止し、そして姿を現した。
「うん。着地成功。我ながらバイク捌きも上達したもんだ」
「はぁ…はぁ…もう少し、ですね…バイクと同、乗者をですね…大切、に…」
「怪我もキズもなし。バッチリだ」
「だーかーらー」
突然の轟音と爆発にも似た惨状。あまりにも衝撃が大きく、組員たちは急に現れた人物が誰かも認識出来ず、そんな様子を暫くぼんやりと眺めていた。
「はっ!? 白!!まさかツケて来てたのか!?いったいどっから入って来やがった!!」
「ちょうど窓が開いたから窓から」
「タイミングが良すぎる。テメエが裏切り者だったのか!?」
あっけらかんと答えるタケトに呆れるセイヤ、そして揉めだす舎弟たち。なんか少し可哀想になってタケトがフォローを入れる。
「裏切り者なんていないよ。ちょうどよく窓が開いたのは俺も驚いた。日頃の行いの良さかな? まあ、開かなくてもそのままぶち破ってお邪魔したんだけどね」
「他に選択肢は無いんですか?屋上に降りるとか」
「あーそれもいいんだけどさ、なんかめんどくさいじゃない? それにさ、だいたい彼らは俺を殺そうとしてきたんだよ? そんなの相手にさ、別にそこまで気を遣う必要も無いでしょ?」
セイヤはゾクリとした。表情こそは相変わらず笑顔のような穏やかなままだが、その言葉は決しておちゃらけて言っているわけではない。善行には誠意を持って慈悲深く対応するが、悪行には蛮行を持って全力で無慈悲に叩き潰す。弟子入りして共に過ごした年月はまだ長くはないが、そんな場面を間近で何度か見てきた。
「悪人には悪人の矜持ってものがあるそうだよ。
だから中途半端な優しさはむしろ失礼になる」
以前にそんなことを言っていたのを思い出す。ひどく冷たい目をしていたと記憶している。様々な噂が飛び交う人ではあるが、その噂が真実ならば、その感覚は実は人よりも神に近いものであり、人としてではなく神の視点で人の善悪を判断し処す。そんなきらいがあるのではないか、とセイヤの胸が不安で満ちる。
「黙りやがれ!!」
若頭の声で我に返る。悲鳴にも似た怒号。絶体絶命の場面での精一杯の虚勢。
「人ん家、滅茶苦茶にしておいて、こっち無視してグダグダ喋ってんじゃねえ! さっさと目的を言いやがれ!!」
タケトはやれやれといった風で、仕方なしに説明を始めるような感じだ。何故わざわざ敵を挑発するような振る舞いをするのかセイヤにはわからない。故にやきもきしてしまう。そして、だいたいはこの人の思惑通りに事が進んでしまうことも不快に思うことすらある。
「俺の目的は尾の回収と入手経路の調査だよ。事務所の弁償はしてあげるからさ、さっさと教えてくれると嬉しいな?」
「尾など知らん。弁償はしろ。以上だ。帰れ!」
意外にも若頭は先程よりは落ち着いていた。こちらは強制捜査をしようと思えば出来る権力と暴力は持ち合わせてはいる。彼らも承知のはずだ。なのに余裕があるということは…
「ここにはない。保管場所に案内する。か… ここでもないってことだよね? でもこの街にはある。本当に不思議なんだよ。強力な呪具のはずなのに気配がない。君らの中には術師もいないというのに。隠す術だけはあるのかな? というか、術師でもないのにそれをそれだと確信している理由も気になるね。もしくは全部嘘なのか…」
突然、若頭が懐から拳銃を取り出してタケトに向けて発砲した。パンッ!っと一発、乾いた音が響く。
「ふぅ… だろうな。噂通りの化物だ」
若頭はため息まじりに呟き、ぐったりと項垂れる。その視線の先には放たれた銃弾が、タケトの手によって真っ二つに捻切られた銃弾がテーブルの上に置かれてあった。若頭は観念したように拳銃をテーブルの上に、その捻切られた銃弾の横に置く。
「捻鬼桜真神、だっけか? 化物として生まれるも、その力を村を守るために使い、盗賊の逆恨みで国に追われる立場になるも村人から匿われ、後に守り神と崇められて村を守り続けたとか」
「詳しいんですね」
「裏の人間なら知らんやつはいないだろう。さらに言うなら、そいつもいつしか化物と成り果てたが、それをお前が再び神様にしたってんだろ? で、その神様の力をお前も使えると」
若頭はタケトを睨み付ける。そのタケトの左目は赤黒く鈍い光を放っていた。
(実は最後は違うんだよなぁ。タケトさんに取り憑いた呪いが元の姿を取り戻し、そして神様になった時の残りカスが今のタケトさんの呪力の根源で、それを自分なりにアレンジしたもの、だっけか)
セイヤがタケトの後ろに身を隠しながら以前に聞いた話を思い出していた。
「いやぁ、いい感じに噂が広まってくれて助かる助かる。ほんとに彼女には感謝しかない…」
タケトは視線を壁の方へと動かす。様々な物が吹き飛んで散乱し滅茶苦茶になってはいるが、テレビはかろうじて被害を逃れ、とあるゲストを呼んだトークバラエティー番組を映していた。
「てか、セイヤ君は何で俺の後ろに隠れてるの?」
「めんどくさいからですよ。どうせ、もうどうなるかは決まっているんでしょ? 絡むのも絡まれるのもイヤなので、後ろで静かに見ています」
「けっ!ガキが。ビビってるだけだろ?」
「いやいやまさか。彼なら俺より上手にこの場の全員を拘束も惨殺も自由自在だよ?」
弟子自慢のタケト。呆れるセイヤ。そして再び静かになる組員たち。
(何かを確かめるような挑発にも似た言葉。そういうところ、やっぱり好きになれないですよ…)