Sweet×Suite
(ん?)
タケトが再び会場に戻ると、案の定チヨは紳士淑女に囲まれて会話の中心にされていた。が、チヨがこちらに気付いて紹介しようとすると、ほとんどが軽い会釈をして蜘蛛の子を散らすように去っていく。
「気分はよくなったかい?」
「おかげさまで。で、何を話していたのかな? まるで逃げるように戻られた方が多いけど?」
タケトは困ったような笑顔で優しく語りかける。いつものことではあるが、怯える?周囲の人々を威圧しないように更に気をつけて。
「ふふ。少し紳士淑女に相応しくない問いかけをした方々にな。私は笑って受け流しても、私の旦那様は許さないかもしれませんよ、と教えて差し上げただけさ」
「あぁ… 勘弁してくれよ。それではまるで、君の変わりに無礼者をねじ伏せる用心棒じゃあないか」
「おや、違うのか?」
皆が一斉に笑う。少なくとも、この場に残っていた人々は失礼な発言をするような輩ではないし、タケトのこともある程度知っている人物らしい。
「はじめましてタケトくん。私は…」
恰幅のよい初老男性から始まり、次々と挨拶をかわす。その誰もが『肩書』を持つ人物であり、チヨの人脈に改めて驚かされた。
「私からすれば、裏の人脈が豊富なタケトの方がよっぽど恐ろしいけどな。私がどう頑張ってもそちらと繋がりを得ることはないだろうし。それに、表の人脈もいずれは自然と増えるだろ?」
「まぁ、ね。たしかにそうなんだけどさ。やっぱり知らないうちに有名人になってたってことがどうしてもね。それだけ離れていた時間も多かったのかという反省も含めてさ」
「へえ。そうかそうか。ならば、これからは離れる時間をぐっと減らしてくれるということだな。そうかそうか。こんなに嬉しいことはないよ」
チヨが満面の笑みですり寄り、しっかりと腕を絡める。恥ずかしがるタケトに
「離れると、また無礼な輩が私に近寄るぞ?」
と嬉しそうに脅してくる。こんなことを言われたら仕方がない。この数年でハッタリの扱い方は十分に学んだ。そのハッタリを実現する力も身に付いた。全ては自分のせいで危険に巻き込むことになるだろう人たちを守り抜くために。
タケトは観念して、気を引き締め、背筋を伸ばして堂々とたち振る舞う。無礼な輩が愛しの婦人に近寄らないように。
「いこうか」
タケトがエスコートをして先へと進む。とはいえ、ここまで格好をつけても、その行き先はスイーツコーナーなのだが。
「珍しい果物の入ったタルトがあったんだ。まだあるかな?あるといいな♪」
「先に食べてればよかったのに」
「一緒に食べて感想を言い合うまでが楽しみだ!」
「はい」
そんな年相応のカップルをしている時、少し離れた所から二人を見る影が二つ。まだ二人は気付いていなかった。
「う゛… やっぱりあまいものだけはきつ…」
「こんなにスッキリして美味しいドリンクがあるのに。情けないなあ。ほんとにいくらでも入って困っちゃう♪」
スイーツを口に入れては頬に手を当てるというベタなポーズでとろけるチヨ。それを見て更にこみ上げるタケト。たぶんこれだけは一生勝てないだろうなと諦め、張り合うことはやめた。
「やはり尻に敷かれてましたね」
聞き慣れない、それでいてどこかで聞いたことのあるような声。そこにはスーツ姿の同年代の青年が立っていた。背が高く、髪の毛は清潔感のある短髪。と見覚えのない姿に、唯一見覚えのある銀縁眼鏡。
「遅めの声変わりに加えて身長も大分伸びましたからね。見違えるのも仕方がないでしょう。お久しぶりです二人とも」
「「まさかヤス!?」」
二人の同級生であり、親友の奥川シゲヤスだった。ノブやマッつんたちと共に、八人でよくつるんでいろいろやった仲。中学卒業後は有名高校、そして有名大学へと順調に進み、某政治家の下で世話になっているとまでは聞いていたが
「こんなところでどうしたよ?」
「本当に見違えたぞ。見た目も立派になったものだ。誰かさんは相も変わらずだというのに」
「ちょ!軽くディスりいれるのやめない?」
「あはは。二人は相変わらず。いや、むしろすっかり所帯染みたって感じですかね?」
ヤスが笑う。その笑い方は昔と同じに見えて、タケトには少し変化したように感じられた。
「ヤスは… かなり頑張ってる感じ? 今日はプライベートだろ?」
「はい。プライベートですが、どうしました?」
「笑い方、周囲に好印象を与えるように整形した笑い方だなって。疲れてないか気になった」
タケトのその言葉を聞いて驚き目を丸くするヤス。
「あのタケトくんがそんなことを言うなんて… いったいこの五年で何が…」
「いや、驚きすぎだ」
「あっははは」
チヨが笑い、続けてヤスが笑い、遅れてタケトも笑い、最後は三人で大笑い。ヤスも周囲を気にしない年齢相応の大笑いだ。だが三人が特に目立つということはない。今、ステージではジャズの生演奏中。一段と大きく美しい声と音が笑い声を隠す。
「僕がここに来たのは先生からのプレゼントなんですよ。ゆっくりと休むため、日頃支えてくれる恋人のため、そして人脈を広げるため」
そう言いながら、後ろを振り返って誰かを呼ぶ仕草をする。すると、そこで静かに佇んでいた女性がふわりふわりと近づいてくる。そう、ふわりふわりとだ。そう表現するのが一番しっくりくるような。白いシンプルなドレスもまた雲のような雰囲気を出すのに一役買っているのだろうか。なんとも言えない独特の雰囲気を纏った女性だ。
「はじめまして。なのですが… 皆様のお話は昔から伺っていましたので、なんだか不思議な親近感がありますね」
「セナさん、でしたよね。はじめまして。のはずなのに、たしかに不思議な感じだ」
チヨとセナが笑顔を交わす。タケトとヤスはその様子に見とれていた。
「なんというか、とても清楚な人だなぁ」
「はい。とても清楚なのです。とても良いのです」
実は趣味は仲間内で一番合う二人。久々という状況がテンション上昇に拍車をかける。が、それも淑女二人が此方を見て一瞥したことで抑えられた。
「てか、びっくりだわ。お前も婚前旅行プレゼントされたクチかよ?」
「は?え!?任務とかじゃないんですか?」
「なんだ。奇遇にも程があるな。いやあ実はな…」
チヨが説明し、タケトが少しだけ捕捉を加え、ヤスが驚き、そして何かを察したように頷く。
「もしかすると、前会長さんも先生も知っていたのかもしれませんね」
「プチ同窓会を仕込んだってか?」
「ある意味では危険な場所だぞ?わざわざ今回のこの船を選ぶか?」
「というよりは、次世代の日本を動かす人間たちのファーストコンタクトを図ったのでは?」
セナがポツリと呟く。タケトは真顔になる。その発言からヤスの方は順調だということはわかった。そして、その先生がそういう謀をしたというのならば、ここにいる若者たちは今は無名であっても将来的にはそういう立場になる、そういう人物たちなのだろう。このヤスと同様に。そして、そんな発想が出来るセナもまた同じく。
「少なくとも、おふざけ以外で事を起こす人はいないでしょうね。利益が無さすぎますから」
「そのおふざけを既に食らったけどな」
「実は拝見させていただきました~」
「え…」
「はは、ずっと見られていたわけか。なかなかに強かな人だ」
チヨが嬉しそうに、ヤスは困ったように、そしてタケトは恥ずかしそうに笑った。
「あと、だな。明日のオークション、ある呪物が出品される。それが本物なら、さらに言うと本物でもよりヤバいやつだった場合はおふざけじゃない、大真面目にやらかすヤツが出ても不思議じゃない」
「九十九の尾の噂は私たちも聞いています。噂通りの物なら、たしかに事件を起こしてもその見返りは大きい…」
深刻な顔をして黙り込む二人。その二人をそれぞれのパートナーが叱咤する。
「その時は逆にチャンスですよ? しっかり皆様の安全確保、避難活動に従事してアピールです」
「半分はその時のために来たのだ。対策はそれなりに出来ているだろう? なあに、有事の際は微力ではあるが私も共に戦うさ」
二人の青年は互いに顔を見合せ、頷き、そして互いのパートナーに向かって自信満々の笑顔を見せる。
「いつでも動けるように状況把握だけは怠らないようにしましょう。VIPの所在と避難経路の状況は特に注意を払って…」
「チヨが背中を守ってくれれば百人力だ。俺も安心して戦える。大丈夫。全部うまくいかせてみせる」
オークションは明日の夜。それまでの時間をこの二組のカップルは、他のどのカップルよりも大切に過ごすことになる。その詳細は…
「「秘密です」」




