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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第三章
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boarding×loading

クルーズ船翡翠号での婚前旅行。その前日。兼任務ということもあり、先ずは協会に立ち寄るようにと言われてやって来たタケトとチヨだったのだが…

「さすがにこれは… なんというか…」

「あの… ここまでする必要ってあります? もしかして楽しんでません?」

チヨは髪の毛をさらさらのキラキラに整え、有名ブランドのパーティードレスを纏っている。光を反射して輝く黒と、たまにスリットから見える太ももが眩しい。

タケトもタキシードを着てこちらは逆に髪をしっかりと固めているが、あまりにも慣れない服装に背筋は丸くなり体も固くなり情けない様相だ。

「もちろん必要だからやっているんだよ。君たちが今回乗る船にはね、少数ではあるけど政財界の重鎮が、術師界隈からもフリーながらそこそこ名の知れた連中が同乗する。彼らは間違いなくそういう舞台に慣れていて相応しい格好でやって来る。プライベートとはいえ協会の関係者が、しかも準幹部として名が知れている者がみすぼらしい姿を晒すなんてあってはならないことだよ」

(な、ナオズミさんがめちゃくちゃしゃべってる)

タケトは圧倒されて反論できない。というか反論の余地はない。確かにクルーズ船にはメディアで見た上流階級という言葉が相応しい人々がやってくることだろう。大金を積まれても一笑に付して旅行ー選ぶ人達だ。それに対して自分たちが準備した服装といったらフォーマルなスーツのみ。一応は気を使ったのだが「予想通りまったくもって足りていない」という評価だ。船上パーティー用にこうして着飾ってもらったことで、それははっきりと理解できた。

「もっと言えば、言葉遣いや歩き方、テーブルマナーも入念に叩き込みたかったのですがね。何しろ時間が足りない。まったくもって残念です」

「コウシロウさんもいつも以上に辛辣…」

「言われたくないのならば、せめて背筋は伸ばしなさい! 背中に抜き身の真剣を携えたイメージで! 顎は引いて! 目線は常に前方! それを保ちつつ、術師たるもの全方位の気配を感じ取りなさい!」

「はいぃっ!!」

タケトはピシッと真っ直ぐに伸びる。が、歩く姿はぎこちない。

「手の平を上に向けて、はい。チヨちゃんの手を取ってしっかりエスコートしてね。とりあえず繋いで歩けば大丈夫だから。絶対に握ったり引っ張ったりしちゃダメだよ? あと階段とかはね」

「後ろでいつでも支えられるように、ですよね」

「おお?」

エスコートについて教えていたシラベが驚く。

「す、少しは勉強したんですよ。本当に少しだったと反省してるところですけど」

「うんうん。いいね。いいよ!」

テンションが上がって口調まで変わって、にっこり微笑んで頷く。この人に関しては本当に楽しんでいるようだ。そして少しずつ動き慣れてきた頃

「あ、そうだ。ちょっと質問なんですけど、こういうのってやっても大丈夫ですか?」

タケトが質問をする。皆が腕を組んだり、顎に指をあてたりして考えこむ。


「やってみようか」


~出港当日~

というわけでやって来たクルーズ船翡翠号。ボーディングブリッジを渡っていよいよ入船だ。パンフレットでは見ていたが、実物を目にするのとではやはり違う。評判通りにかなりの豪華さ。前会長が記念にと選んだだけある。

「これで三泊…」

「口が開いてるぞ。まぁ気持ちはわかる。これで日本の海をほぼ半周か。中を見て回るだけでも時間が足りなそうだな」

立ち止まり船を見ていると、その横を同乗する客たちが通りすぎていく。裕福そうな身なりで上品な歩き方。軽い会釈にも品がある。タケトたちも気合いを入れ直して顔を見合わせる。

「では、参りましょうか」

そう言って手を差し出すタケト。

「ええ。喜んで」

と、その手を取るチヨ。船旅が始まる。


客室で一息つくと、予め頼んでおいたスタッフがやってくる。初日の夜に行われるパーティーのための着替えとメイクのヘルプだ。


「変に格好つけて言葉を並べたりせずに、ただただ黙って全てを任せなさい。しかしお礼は忘れずに。そしてもちろん…」


(尾が目当てで侵入した人間の可能性も考慮して、決して気は弛めずに、と)

コウシロウの言葉を脳内で復唱する。相手が術師でチヨが狙われたら大変だ。仮に達人であっても非術師が術師を相手にするのは大変なことである。

「それでは失礼いたします。ごゆっくりお楽しみくださいませ」

今回は問題なかったようだ。一安心して顔を見合わせ笑う。

「まだまだ時間があるね。少し見学する?」

「そうだな。こんな機会は二度と無いかもだ。じっくり楽しもうか」

「に、二度目くらいはあるように頑張るよ」

「ふふ。理想を言えば、新婚旅行と何周年かの記念旅行で三度目までは欲しいけどな」

「了解。それと、小旅行でよければ毎年」

タケトは右手を差し出す。チヨはその手を取る。そしてタケトの頬に唇を近づけ…

「言質、取ったからな」

と囁いた。タケトは呆気にとられ、赤面した。その顔を隠すように白い手袋をした左手でハットを深く被り直し、なんとも言えない表情で、無言でドアを開けた。


二時間後、船内散策を楽しんだ二人はパーティー会場に向かうことにする。船内中央。三階層ぶち抜けの広い空間。そこは更に一段上の別世界。明らかに一般人とは違うオーラを放った人々。何処の誰かと知らなくとも、誰もが何らかの組織で上に立つ人物だとわかる。そして、その人々の目がタケトたちに集まる。

(さっそく来ましたか)

そのうちの何人かがこちらへと向かってくる。呪力は感じられない。しかし、今回は呪力よりも権力の方が厄介かもしれない。チヨだけは巻き込んではならない。タケトはチヨの前に立つべく一歩踏み出そうとした。

(あら?)

その前にチヨが前に出て、その人々を迎える。

「お久しぶりです」

「やっぱりチヨじゃないか~奇遇だね~」

「フランス以来だね。また一段と美しくなられて。一瞬、人違いかと思ってしまったよ」

初老の男性と、ハーフっぽい男性がチヨに声をかける。チヨも笑顔で対応していた。タケトは呆気にとられ、そして少し恥ずかしくなった。どうやらここでは、いや、おそらく一般人の間ではチヨの方が圧倒的に有名なのだろう。何しろ彼女は今や女子剣道日本一。同時に世界ランクも一位の実力者。親友でライバルの娘も強く美しく、美人剣士としてメディアでも紹介されたこともある。海外でも日本の武道人気はまだまだ強く、特に剣道などは侍の精神がどうとかで経営者に好まれているとかなんとか…

(そんなこと言ってたっけなぁ。てか、よく見れば俺でも知ってる顔だわ。超VIPじゃん)

そんなことを思いながら少し距離を取っていると、その様子を見かねたのかタイミングよくウェイトレスが近づいてきた。

「いらっしゃいませ。ウェルカムドリンクです。どうぞ!」

笑顔全快でトレイに乗ったシャンパンを差し出す。シュワシュワと細かな泡が弾けると、ほんのり甘い爽やかな香りが、そしてそれに混じって、そこにあってはならない臭いが漂う。

(始まったか。なかなか手荒い歓迎だな)

タケトの心が静かに燃える。

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