trouble&travel
「えっと… なんですかこれ?」
「見たらわかるじゃろ。豪華客船翡翠号のペアチケットじゃ」
「それは見たらわかります。俺が聞きたいのは、何でこんなものを俺に?ってことです」
潜入捜査から一月程過ぎた頃。タケトは前会長である政宗ゲンゾウに呼ばれ、彼の自宅へと来ていた。立派な庭に広い和室。そして美味しいお茶でもてなされて気が弛んだところで渡されたチケット。ただのプレゼントにしては高価すぎるし、そんなものを貰う理由もまだ無い。タケトもかなりお世話になった人だし、久しぶりに会いたい気持ちもあったが、理由も言われずに呼ばれてこれでは怪しんで当然。
「嫁さんと結婚50周年の記念旅行にと購入したんだが、嫁さんが転んで足の骨をやってしまってな。今からキャンセルも出来んし、金券ショップにというのもなんかあれじゃろ? ならばここはひとつ、若いのに譲渡して人生を謳歌してもらうのが有効な使い道ではないかと…」
「ヒジリさんたちでない理由は?」
「ペアチケットだから娘さんが乗れんし」
「ナオズミさんたちでない理由は?」
「シラベちゃん、護身出来んし」
どうやら護身が必要な程度には危険があるらしい。それを堂々と言ってのけたゲンゾウ。別に隠し通すつもりないようだ。むしろこのやり取りを楽しんでいる様子。そんな感じをタケトはちょっと懐かしいなと思いつつ、あくまでも渋々な雰囲気を装って、この『依頼』を受けることを決めた。
「で、目的はなんです?」
「はっはっは! 相変わらず聡いな」
「そーゆーのいいんで…」
「ふむ。そうか? なら本題じゃ」
ゲンゾウは姿勢を正して真剣な顔をする。実力も衰えてはおらず、会長時代の威厳ある姿が甦る。
「記念旅行に購入というのは本当でな。儂ら、すごい楽しみにしてたんじゃよ? それが最近になってある噂を聞いてな。どうやら船内で闇オークションが開催されるらしい」
「闇オークション…」
「盗品を扱うようなヤバいもんではないのだが、まあ金持ちの表に出せない趣味嗜好を満たすための場だな。儂も好奇心から参加しようとしたんだが…」
一呼吸おいて、更に真剣さを増した顔で、話を続ける。タケトも息を飲んで、更に話に集中する。
「尾が出品される」
「!?」
「何処から入手したかまではわからんかったが、運営が手に入れて『あらゆる望みを叶える魔法の尾』という触れ込みで出品するようだ。問題は…」
「気付いた者が多数いる」
「うむ。今の時代、非常に情報の流れが速い。出品情報が出ると同時にネットではチケットの希望の書き込みが、闇掲示板では金銭以外での取引が横行してきた」
「金銭以外… 『仕事』ですか…」
「『仕事』じゃな」
『仕事』というのは裏の世界での仕事。つまりは犯罪だ。盗みや殺し。そして九十九の尾が絡んでいる以上、それら全てに術師が関わっていてもおかしくはない。
「船、大きいですよね。乗船者の数も…」
パンフレットを見るタケト。乗客数約500人、スタッフ数約500人のラグジュアリークラスのクルーズ船となっている。
「そもそもチケットを購入した連中は大金や犯罪代行に喜ぶ連中でもないからな。果ては乗船予定のスタッフが行方不明になり、求人募集をかける前から応募が殺到する始末じゃ」
タケトは自分の考えの甘さを痛感していた。いや、タケトだけではない。協会も同盟も、国の組織すらも同様だった。尾の存在が漏れたとはいえ、術師が聞いても眉唾物の存在であり、数百年以上の間、それこそ古代から秘匿されてきた情報。それが、ここ数年で信憑性の高い情報として知れ渡ってしまっている。
「情報化社会って恐ろしいですね…」
「…だけではないやも知れぬ」
俯いていたタケトがゲンゾウを見る。ゲンゾウは腕を組み、目を閉じて何かを思い出している風だ。
「あの時、伊邪那美命以外にも何かがそこにいた。確かに何かがそこにいたのだ。その気配を儂は今でもはっきりと覚えておる。そしてその不安が今も頭から離れぬのだ」
「その何かが暗躍している、と」
「その可能性は高いと考えている。五年前はその気配は感じられなかったが、伊邪那美命が起こしたことなだけに、な」
伊邪那美命の邪神と呼ばれる一面の化身。通称黒ナミ。50年前にカナタが倒したはずの存在。5年前に復活するも、なんやかんやで再び倒され大団円を迎える。だが当初から言われていた「伊邪那美命は如何にして復活したのか」の疑問は解かれていない。御本人?もそれについては何も触れなかったし、後日遣いをよこして説明、ということもなかった。まあ、あのまま説明されてたとしても、あの場にいた者たちは神気にやられてしまっただろうし、そうでなくとも神の威光が溢れすぎて人間界は大混乱だったろう。そもそも、神がそうそう人間と関わることはない。あれだけでも十分すぎる。ましてや日本の最高神なのだから。それに
二柱が終わったと宣言したことだろう
少なくとも黒ナミ復活は無い
以前の復活は九十九の尾の力では?
尾を使った仲間や信者がいるはず
その残党もいい年齢のはずだろう
尾の力で若返っている可能性は?
あれ程の力を与えて尚若返りまで可能か?
尾の力には謎が多いが…
と、何度も繰り返し議論され、そして議論尽くしたことだ。結論としては
残党がいたとしても残党程度ならば何も問題はないはずだ。我々のやるべきことは変わらない。
となった。ゲンゾウも納得済みのことだ。それでも
「心配過剰のバカが一人くらいいてもいいだろう」
と自嘲しつつも独自の調査を続けていた。今回の尾の情報もそのおかげではあるし、実際に盲信した残党が事件を起こそうとしたこともあり、それを未然に防ぐこともできた。それでもその度に、あの気配とは違うと安心できずにいる。その姿は頼もしくもあり、また同時に見ていてつらくもあった。あの事件に関わった人には幸せな結末を向かえてほしい。そうタケトは思っていたのだから。
「それにしても」
「む?」
「そんな危なっかしい場所に一般人のチヨを連れていけと言われるなんて」
「ん、いやほれ。チヨさんももはや守られるだけの女ではないじゃろ。問題あるまいて」
そう言って大笑いするゲンゾウ。やはりこの人は堂々として笑っている方が似合っているなとタケトは思い、それと同時に勘弁してくれよと呆れるのでもあった。
「そんな感じでさ」
タケトは帰宅後、夕食を終えての団欒の時間、今日の出来事をチヨに話す。本来は術師ではない人間に呪術界隈の話をすることはタブー。だが、ゲンゾウも言ったようにチヨは無関係の一般人ではない。そうなってしまった原因の一つでもあるタケトは、ずっと申し訳ないと思っているのだが、チヨは隠し事をされてる方が嫌だったはずだからと現状に満足してくれている。
「ふふ。ゲンゾウさんも相変わらずだな。だが、私も見習うべきところではあるな」
「というと?」
「組織の長たるもの、誰よりも慎重なのは悪いことではない。心配し、心配し尽くし最善を模索する。その上で部下には不安の影は見せない。それが人を惹き付ける魅力となり、部下も安心してついてくるというもの」
「いや、俺に見せてんじゃん」
「わざと、ではなのか? 将来協会を率いる者に」
「俺が? 悪いけど、それはないない」
タケトは驚くも、直ぐに笑って否定する。
「もし現時点で会長交代になったら間違いなくコウシロウさんだし、俺世代で可能性が一番高いのはセイヤだと思ってる。年齢的にも才能的にもね」
「ならばこそ見せたのかもだぞ?」
「どゆこと?」
「人の上に立つ者の在り方を教えるのも、師であるタケトの役目だ。普段の言動からでは反面教師にすらならないからな」
「ひどくね!?」
「反面にならない程度には悪くないと言っているんだ、むしろ誉めだぞ?」
「言い方が完全にダメなやつ相手のやつ~」
「ふふ。本当に成長したぞ。あの頃とは見違える程に。私が惚れ直す程に、な」
見つめ合う二人。夜はまだまだ長い。




