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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第二章
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聖域

時は少し遡り、タケトとヒジリが二人で出掛けた時へと戻る。


タケトとヒジリの乗ったバイク。ヒジリからタケトへの引き継がれた愛車の隼は、道中トラブルはあったものの予定通りの時間に目的地に到着する。その建物の前でタケトは愛車に労いの言葉をかける。

「なんやかんやで定刻通り。やっぱり頼りになるよ、お前は♪」

そう言いながら汚れを拭き取るタケトにドン引きしながら、可哀想なモノを見るようにヒジリが声をかける。

「お前… いつもそんな感じでメンテしてるのか? とうとう無機物に逃避…」

「何を失礼なこと言ってんですか。ヒジリさんから頂いた大切なバイクですよ? 丁寧に扱うのは当然です。まあたしかに? 付喪神の存在を知っているだけに、どうしても過剰な対応にはなっているとは思いますが… そんなに引く程です?」

「うん。お前だけにちょっとヤバい」

「ひどい!!」

等と、ほぼほぼ恒例のやり取りの後、いよいよ建物の中へと向かう。タケトはまだ数回しか来たことのない場所だが、ヒジリにとっては勝手知ったる我が家のような場所。そこは元ヒジリの隠れ家。そして現在は神来社からいとレイナの居住地。龍脈がいくつも集まる術師にとって理想の地。今は人見知りの激しい交霊術師のために親友であるヒジリが用意した、ということになっている。

「いや~久しぶりだな~楽しみだ~」

「要件を先に済まさせてくださいよ… ほんとに…」

一升瓶を抱えてニコニコのヒジリに今度はタケトがドン引き。そして、次の瞬間には二人共ドン引きすることになる。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ。白タケト様。一尺八寸かまつか… もとい熊埜御堂ヒジリ様」


開ける前に扉は開き、そこには見たことのない人物が、長身で外国人で物腰柔らかで、そしてかなりのイケメン執事がいた。様々な想像をしてドン引きした二人は言われるがままに中に入り、そして久しぶりの対面をする。

「お久しぶりです~ さ、どうぞどうぞ。まだちょっと散らかってますけど、汚くはないですよ。掃除はしてもらってますんで~」

掃除はしてもらっている。その言葉で執事風の男性に視線が動く。笑顔でこくりと頷く男性。そして今とてもヤバいモノを見るようにレイナへと視線を動かす。が、当のレイナは意に介せず、というよりもこれが普通であるかのような普段通りの振る舞いをしている。それも意識してそうしている様子ではない。益々混乱する二人をまるで呆れ笑うように(少なくとも二人にはそう見えた)奥の工房へと招く。

「それじゃ早速依頼の件ですが…」

「いやいやいやいや!ちょっと、ちょっと待て!待ってくれ!さすがに頭の整理が追い付かない!情報無しではヤバい妄想しか出てこない!!」

「レイナさん、このままだと仕事にならないんで、紹介だけでもしていただけますか?」

ぐったりしながら懇願する二人に少しテンションが上がるレイナ。とすると、やはり彼氏的な存在なのだろうかと考える二人だったが、事実は遥かに、遥かに遠く遠く斜め上へとぶっ飛んでいた。


「初めまして。わたくし、藤堂ジンと申します。神来社からいとレイナ様の執事として住み込みで働かせて頂いております」


タケトとヒジリ。二人の顔が引きる。自称執事の顔、名前、立ち振舞い、それらからこの人物の正体を用意に想像出来てしまったからだ。

「いや、あの、私とは初めましてじゃないよな?」

「というか… え?普通にこんなとこにいていいんですか?大丈夫なの?」

「おやおや、一体何がでしょうか?」

とあくまでも冷静に、そして一般人を装う藤堂ジンと名乗る人物に、ヒジリがしびれを切らして強く突っ込む。

「いやいや!あんたトト神だろ!?藤堂ジンとか名前もほぼまんまじゃねーか!?」



「正確にはトト神ではないのですよ」

藤堂ジンと名乗る人物は皆に紅茶を淹れて、手作りらしいクッキーを並べ始める。

トト神は、五年前タケトの両親が手に入れた遺物、それを譲り受けたヒジリがレイナに願い召還したエジプト神。故にヒジリはその姿を知っていたため、タケトは神仏の存在に敏感になのでそこから推理して気付いた。

ジンも椅子に座って一息つく。そして先程の話の続きを語り始める。

「私はトト神が受肉しこの世に降りた姿、というわけではありません。魂の一部を人に宿した姿、とでも思っていただければ…」

つまるところ、神としての記憶はあれども神としての力は皆無。人間とほとんど変わらないレベルということらしいが…

「しかし、なんでまた?」

魂の一部とはいえ人間に転生して、しかもこんな辺鄙へんぴな場所で執事の真似事など? というのは当然の疑問だ。エジプトにおける智の神。一説には創造神の一人とも言われる存在なのだ。こうして会話をすることすら畏れ多い。

「簡単な話です。彼女に興味があったのですよ」

トト神、もとい藤堂ジンはレイナを見てそう話し、そしてタケトたちの方を見て続ける。

「ほんの一瞬ではありましたが、人間一人の力で神を降ろせる程の霊力。その可能性に強く惹かれました。しかし、神のまま人間界に降りて、ましてや共に生活するなど到底不可能。こちらに来て頂くにも障害が多い。ならば、というわけです。神の力の有効活用ですね」

ジン再びレイナを見る。レイナもジンを見て一瞬見つめ合う。レイナが顔を赤くして目をそらす。二人のやり取りを見てタケトたちは察した。惹かれた、とはやはりそういうこと。神が従者を演じてまでも共にあることを選ぶ。つまりはそういうことだ。これ以上は詮索すまいと二人は話を本題に戻す。


「ここを超絶神器の保管所に、ですか」

「はい。人里離れていて龍脈も集まっていて、封印し管理するのに十分な設備もある。ここが最適なんですよ。お願い出来ませんか?」

レイナがジンを見る。そのような神器を預かるということは、逆に言えば神器狙いの何かがやって来る可能性もあるということ。戦闘能力はほとんど無いレイナにとっては不安だらけ。判断を求めるのも仕方ない。だが、ジンもジンで先程本人が言ったように彼もまた呪力や霊力をほとんど持たず、普通の人間と同じで戦闘能力は無いに等しい。彼女のことを大切に思うなら拒否も有り得るだろう。一応、他の場所も候補としてはあるが…


「構いませんよ。どうぞお使いくださいませ」


「…ほえっ!?」

たぶん断られるだろうと思い次を考えていたので、間を空けて、間の抜けた声で驚いてしまった。驚きで考えが遅れてしまったのでヒジリが変わりに質問をしてくれる。

「いいのか? 頼んどいてなんだがたぶん危険だぞ。もちろん最大級に注意ははらうが、それでも見つかる可能性はある」


「その可能性は極々軽微でしょう。それに、私には最終手段がありますから」


「最終手段、ですか?」


「はい。本体を降臨させます」


「!?」

これにはさすがに言葉が出ない。他の国の創造神の降臨。しかも一人の人間のために。その時、いったい何が起こるのだろう。他にも死者の記録者、夜の守護者、そして偉大なる魔法使いとして名高い神。かつて現れたこの国の邪神の欠片でも天地を揺るがす程の力があり、生まれたての神でもそれを御する力があった。そして創造神が降臨した時はその圧力でそれらすらも微動だに出来なかった。そんな存在が怒りと共に降り立った時、この世界はどうなってしまうのか…

それに直接触れた三人だからこそ心から畏れ、慈悲を願う。


「ご安心ください。あくまでも最終手段です。そういう状況にならなければ問題ありません。あなた方ならば大丈夫でしょう?」


もとよりそのつもりだ。二人は強く頷いた。

「あ、ちなみになんですが」

タケトの言葉に「なんでしょう?」と優しい笑顔で返すジン。その笑顔に甘えてダメ元で質問を投げかける。

「九十九の尾、それについてトト神は何かご存知ではありませんか?」

ジンは黙り込む。目を閉じて黙り込み息苦しい沈黙が周囲を支配する。時間の感覚が狂う程の緊張感。ジンが再び目を開けて言葉を発しようとした時も、その言葉によって命が削られるのではないか?というあまりにもリアルな幻覚に襲われた。


「…私の中に残るトト神の記憶。その中には該当する言葉はありません。ですが…」


「ですが?」


「この国の神々が手を出さないのですから、そこまで過敏にならずともよいのではないでしょうか」


偉大なる神の化身から安心する御言葉を、少なくとも現世が崩壊するまでの厄災となる危険性は無いだろう、というお墨付きを頂いてホッと一息ついた。

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