九十九の尾
「で、どうするんですか?タケトさん?」
彼の問いかけにタケトは少し考え、そして答える。
「やっぱりさ、そろそろ『師匠』とか『先生』って呼んでみる気、ない?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう!!」
タケトのすっとんきょうな返答に怒りを露にする。そう、この少年はタケトの弟子だ。先のような様々な噂が広まってこの世界ではすっかり有名になり、等級も一級術師へと昇格したタケト。そんな彼こそ自分の師に相応しいと弟子入りしたこの少年、名を天津川セイヤというのだが… タケトの独特の性格、雰囲気、立ち振舞いに、ガッカリし、呆れ、そして最近はもう愛想を尽かして離れるべきか、むしろ彼が真っ当な師になるよう逆に自分が教育すべきかと悩むようになっていた。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない?」
「怒りもします。余裕たっぷりだったくせに、見事に全員に逃げられてるんですから。何が隠れて見てて、ですか。超重要案件だったんじゃあなかったんですか?」
彼がそう怒るもの無理はない。何しろ…
~二日前・協会本部~
「本当ですか!?」
「ああ。確かな筋からの情報だ。少なくとも『当人たちはそう思っているモノ』の取引が行われる」
タケトの問いに阿留多伎コウシロウは淡々と答えた。会長補佐官が板につき、タケトとの会話の間もパソコンをカタカタ鳴らして会長が留守の間も様々な処理に忙しくしている。前に一度どんな仕事をしているか覗いて見ようとしたが
「見ない方がいい。まだこちら側に来たくはないだろ…」
と死んだような目で言われてからはデスクに近付くことすらしていない。それはともかくとして
「あれから初の登場ですね。何番なんでしょうか?そもそもどのくらい残っているんでしょうか?」
疑問は尽きない。何しろ知らないこと、わからないことが多すぎるのだ。そして、それはタケトだけに限ったことではない。
「未だに協会でわかっているのは協会が所持していた七十二番が奪われた、ということだけだ。残りが九十八本なのか、もうゼロなのか、それはまさに神のみぞ知るというやつだ。そういえば、真神様は知らないのか?」
「いやぁ、桜真さんともあれ以来ぜんぜん交神出来てないですし」
二人は苦笑いしてコーヒーを飲む。無駄にリアクションを取ったり、変な茶々を入れる人間がいないとあっという間に話しも終わる。それがすごく嬉しくもあり、少しだけ、ほんの少しだけ物足りなくもあった。
「では、よい報告を待っている」
「はい。必ず持ってきます!」
~現在~
「そうだね。超重要案件だね」
「だったらこんなとこでふざけてる場合じゃ…」
タケトの間の抜けたような、言葉とは裏腹に事の重要性が全くわかっていないような感じに、セイヤはまたもや怒りと呆れを混じらせて叫び、タケトはそれをやんわりと制する。
「逃げられたわけじゃあないよ? 言い訳じゃなくて本当に」
タケトはそう言って懐から式紙を一枚、そしてタブレットを取り出した。
「非術師にはこれを、術師にはGPSを付けといた。面白いよね。それぞれ違う世界のモノにはなかなか気付かない」
「くっ… 先に言っといてくださいよ!」
セイヤは不満を言葉にして投げつける。先程の抗争の中でそんなことをやっていたことに全然気付けなかった。本当に暗闇の中で四苦八苦しているとさえ思って見ていた。そんな未熟な自分への不満も込めた八つ当たり。尊敬するに値する実力ではあるのだが、その考えや行動の意味は一切語らずこちらが聞いて初めて説明。なんなら説明すら省かれる。まるで君ならわかっているでしょ?とでも言うような。それは彼の実力と将来性への信頼でもあるのだが、手取り足取り様々なことを、神と通じた者の覚とも言うべきなんたらを丁寧に教わりたいと思ってきた若者にとっては、そのタケトの行動はむしろ小馬鹿にされているようにすら感じられ…
「ごめんごめん。でも、彼らの口振りから本物である可能性がだいぶ高くなったね。大収穫だよ」
「はぁ… 本当にそんなものが実在するんですか?」
苦々しい顔をして疑問を呈する。九十九の尾。そう呼ばれる超特級呪物。力が強すぎる故に神器とも称される呪物の中でも上位の存在で、かつては協会でも封印されていた代物だ。
「九尾ならともかく九十九? そんな伝承も神話も聞いたことありませんよ。九十九本あるんですよね?今まで噂にも聞いたことなかったのに一般人が取引? まったく持って疑わしい話です」
「神代の頃に存在し、神と同等、もしくはそれ以上の霊力を持っていたとされる九十九の尾を持つ獣。死後、その尾は分かれ、それぞれがその大きさに比例して等分された霊力を所持するとされる。一番小さな九十九番は呪力の底上げ程度の作用だが、一番大きな一番は… 例えば死者蘇生を、完全なる反魂の儀すら可能にするとも言われているね」
弟子の質問に優しい顔で答えるタケト。完全なる反魂とはつまり、肉体すらも再構築し寿命による死すらも無視して甦らせるということだ。にわかには信じがたい。それに、他にもまだまだ納得出来ないことだらけだ。そんな神獣が何故に今になって広まってるのか、今まで誰も知らなかったような存在なのにそんなに詳細な情報を知っているのか、疑問は尽きない。
「簡単に言えばね、協会も同盟も、その存在を知ってはいたけどずっと隠していたわけなんだよ。だって、そんな強力なモノだよ? それなりの実力者が使えば世の理すら変質させ兼ねない。実力の乏しい者でも或いは…」
しかし、五年前の事件のゴタゴタの中でそんな重大な情報も漏れでてしまった。両組織共に信用の出来る実力者にしか伝えられていなかった超機密事項の一つ。故に当時は衝撃も大きかった。たが、感傷に浸る間も無く情報は駆け巡り、今や協会・同盟共に所在不明でお手上げだったモノの取引が裏社会で行われるという状況なのだった。
「そんなわけだから出所の確認を、出来ればモノの確保をしないとなんだよね。さて、そろそろ出ようかな。お願い出来る?」
タケトがセイヤに伺いを立てる。セイヤは(のんびり話をしてたのはそっちなのに)と呆れつつも、頼られたことに少しだけ機嫌を良くする。そして、懐から呪符の束を取り出した。
「我が力を宿し式紙たちよ、我が命に従い、我が進む道を成せ。急急如律令」
呪文を唱え呪符の束を高く掲げると、呪符が舞い、列を成し、セイヤの周囲を何かを確認するかのようにぐるぐる回り、そして地面から空中へと続くように真っ直ぐに連なり一本の細い道を作り出した。
「方向は合ってます?」
「うん。バッチリだね。じゃあ行くよ」
その間に部屋の外からタケトがバイクに乗って表れ、セイヤも続いてその後ろに乗り込む。と、直ぐにエンジン全開で呪符の道を走り出した。
「桜真流守護術式・改 震天絶界」
「呪符よ戻れ。そして再び連なれ」
タケトの術は彼らの周囲の空間を捻じ曲げて姿と音を隠し、セイヤは役目を終えた呪符を回収し離れた場所へと飛ばして再び道を作る。二人の乗るバイクはその道を、夜空に作られた道を静かに、誰にも知られることなく走り抜ける。
「うーん、夜風が気持ちいいねぇ。あ、月がすごくキレイだねぇ。なんかいいことありそうだ」
「男二人でニケツしながらカップル眼下に言うセリフじゃないですよ。まったく」