実習7《それぞれの戦い》
体育館に集合した全校生徒、そして全教職員。彼らが、特に生徒たちがざわめきたつ。マダム・スカーレットの登壇だ。
「え~私よりも皆の方が詳しいよね。今、日本で一番有名で一番実力のある霊能力者で占い師のマダム・スカーレットさんです。今日、来てくださった理由等も含めて…」
教頭先生による簡単な紹介が終わり、マダムが一礼して声を発する。生徒たちは自然と静かになりいったいどんな話が聞けるのかと期待して息を飲む。
「皆さん初めまして。最初に注意しておきますが、講演中の撮影、そしてそれをSNSに投稿することは固く禁じさせていただくわね。理事長さんと話し合って、今回の講演も配信はするけどモザイクは入れるし学校名も伏せることになってるの。全部皆さんのため。ご理解いただけるとうれしいわ。何しろ、もし違反者がいた場合、どんな手を使ってでも絶対に探しだして罰しないといけないから」
髪を結い上げ、奇抜な簪で飾り、派手な着物を着て、真っ黒なストールを纏ったふくよかな女性。年齢は不詳だが、年相応の妖艶さと声質、丁寧な言葉遣いと、脅迫染みた恐ろしい内容とが相まって目が離せなくなる。そして
「冗談よ」とマダムが笑ってみせると、つられて皆がホッとしながら笑い「半分ね」と再び真面目な顔をすると皆が凍りつき、また視線が釘付けになり静まり返る。
「ふふ。皆さん落ち着いたかしら? では本題に入りましょうか。投稿はダメだけど、写真やサインが欲しいなら講演の後に時間作ってあるから安心して」
皆がマダムの話に集中する。彼女の声、喋り方には人を惹き付ける力があるようだ。だから誰も気付いていない。タケトが既にいなくなっていることに。彼女に依頼をしたのはこれが理由の一つだ。術ではなく特性。手品の技術よりも高度な本人のカリスマ性を伴った人を惹き付ける能力。
「私が本気を出したら三時間は釘付けに出来るわ」
その言葉を信じて、いや、信じる信じないの話ではない。彼女がそう言ったのならそうなのだ。だが、あくまでも学校行事の講演会。時間は延長できても30分が限界だろう。タイムリミットは最長でも一時間半。その間に全てを終わらせねばならない。ただの悪霊退治なら十分すぎる時間だ。だが今回は…
「とりあえず、皆が気になっていることの結論から言うわね。ここには悪霊とか呪いの類いは存在していないわ。あたしが断言してあげる」
タケトは中庭に到着した。
「さあ、約束通り会いに来たよ?」
中庭の中央を見ながらそう言って手を掲げる。すると屋上から光が放たれ、その光がタケトが貼り隠してした御札へと走る。三階から二階へ、二階から一階へ、札から札へ。光が結ばれて中庭を包み込み、そして結界が発動する。
「うん。バッチリだね」
掲げた手でOKサインを出す。それを見てふんと鼻息を荒くする人物が屋上にいた。弟子のセイヤだ。
「当然です。学校を早退してまでヘルプに来たんですから。さあ僕はちゃんとやりましたよ。今度はタケトさんがちゃんとやってください」
タケトは笑い、再び中庭中央を見る。四方八方からの光に照らし出されるように、それは徐々に姿を現す。写真で見たのと同じ顔。同じ姿形。例の事件の被害者の女の子だ。昔の制服であるセーラー服を着て無表情に近い顔で立っている。ただ一つ違うのは髪の毛が異常に長いこと。その長い髪は地面まで到達していた。
「大人しく言うことを聞いてくれるなら、手荒な真似はしないよ。別に強制的に成仏させようってわけじゃあな…」
歩み寄りながら喋るタケトだったが、言い終わらないうちに触手、もとい髪の毛が襲ってくる。
「いやいや、これはもっと後からな技でしょ!?」
地面から生えるようにタケトの四方八方から髪の毛が伸び出て網のように絡み合い、そして一気に収縮する。収縮した髪の毛を更に別の髪の毛が巻き付いていき、最終的に黒い丸い塊となる。少女は涙を一粒落とす。
~講堂~
「人の想いが力になる、というのは本当よ。ただ、それはプラスのことだけではないの。例えば可哀想と思う哀れみの心、助けてあげたいという慈しみの心、それらも間違いなく力になる。力となって対象を可哀想で助けが必要な存在足らしめる」
~中庭~
「泣くくらいならさ、もうやめようぜ?」
黒い塊がうねり、捻れて切り裂かれる。中からは無傷のタケトが出てきた。少女は無表情だが、少し驚いたような感じでタケトを、タケトの左手を見る。その腕は呪いを受けた時の姿、醜く捻れて歪んだ怪物の姿をしていた。
「想いが力を与えるって言うだろ? 呪いという負の想いが作ったこの姿はね、どうやら見た目そのままに切り裂く力が割り増しになるようなんだ」
少女は理解したのかしていないのか、今度は髪の毛を人間の腕の太さに結い上げる。太めの触手といったところだ。内側に四本。彼女を守るように。外側に六本。間違いなくタケトを攻撃するために。合計十本の触手がうねうねと不気味に動く。
「おっと! うん、普通は最初はこうだよねっと」
一本目が真正面からタケトを襲う。それを右に避けると回避した場所目掛けて二本目の触手が叩きつけられる。それを軽くバックステップで回避すると、叩きつけた衝撃で地面に貼られたタイルの破片や砂が舞い上がって土煙になり、一部が目潰しのように飛んでくる。その隙にと今度は左右と上、三方向からの攻撃。さすがに目潰しは効かないが大きくカーブを描いてやや後方から襲ってくる触手は厄介だ。それは明らかに内側へ、少女の側へと誘い込もうとしている攻撃だった。
(あんまり戦いの知恵をつけられると面倒だな)
タケトは敢えてその誘いに乗り、真正面から叩き潰そうと走る。触手は後ろでぶつかり合い、そして一つに纏まった髪の毛はそのままタケトを追尾。そして少女からは彼女を守るように漂っていた四本の触手のうち三本がうねりながら向かってきた。
「守りを減らしていいのかい?」
今度はタケトが呪いの左腕を地面に叩きつけて土煙を上げる。そしてスライディングで触手を躱して少女へと近づく。そしてチャンスとばかりに一撃を放とうと拳に呪力を込める。
「やばっ!?」
少女の攻撃によって起きた土煙。それは目潰しではなかった。外側の触手。残り三本の所在を隠すためだった。地面が揺れる。そしてタケトの真下が盛り上がり、こちらも三本を一本に纏めた大きな触手が突き上げる。タケトは術を地面に、その触手に向けて放ち、その勢いを利用して上空へと回避。だが、もちろん少女の攻撃は終わらない。再び触手は十本にバラけ、うち六本が一斉にタケトを襲う。飛行能力の無いタケトには空中で回避する術はない。かに思えた。
バチッ!!
大きな音がした。その瞬間、タケトの位置がほんの少しだけ右手側にずれていた。ほんと少しではあるが、一斉に襲いくる攻撃を躱すには十分なズレ。タケトは体操の宙返りのように体をくねらせて回避しつつ、なんとか地面に着地する。少女はやはり無表情。だが今回はかなり驚いたのだろう。顔がピクピクと動く。まるで、まだ感情を表情で表現することを知らない、もしくは出来ないかのようだ。
「俺の受けた呪いは捻裂峠の鬼の呪い。文字通り触れたものを捻って切り裂く化物の力。今のはね、空間を捻切って、その衝撃で弾き飛ばされたのさ」
~屋上~
「なるほど。しかも的確な呪力調整で回避から着地そこから攻撃へと転じやすいようにしていた。自分の能力をまさに使いこなしているわけか」
セイヤがタケトの解説を聞いて納得する。仮に自分があの状況だったらどう対処したか、むしろ対処出来たのか、思考を巡らせてチッと舌打ちした。
~中庭~
「うぅぅぅ…」
少女が怒ったような声をあげる。そして呪力が高まっていく。
「いや、呪力じゃない? 霊力? やはり彼女は」
考察するタケトをお構い無しに再び攻撃が始まる。




