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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第二章
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実習6《枕戈待旦》

変わらない日常。

襲い来る災厄に対して、最初こそは恐れ、怯え、嘆き、怒り狂うも、

また、新しい出会いに心を弾ませ、語り合い、笑い合い、未来へと希望を抱くも、

時が経てばそれらの刺激は弱まり、霞み、失われ、外から見れば異様な状況すらも日常と変わり果て、人々は平穏で退屈と称する生活を送りだす。

変わらない日常。

原因不明の病に倒れる教職員や生徒が現れ、そして徐々に増加し、様々な噂が流れるも、当初程の精神的ダメージは確実に減ってきていた。しかし

(人の噂も七十五日、とは言うものの、現代社会に於いては完全にそうはいかないからな…)

タケトは一人、廊下を歩いていた。三階の廊下を左手を窓や壁に当てながら、何かを探りながら、周囲を気にしながら歩いていた。そして何かを見つけたのか、たまに立ち止まっては懐から御札を取り出して、その場所に御札を貼る。貼った瞬間に御札はすぅーっと存在が薄くなり姿を消す。その時までにイタズラに剥がされないため、怪しげな御札で生徒たちが不安にならないようにするため、だ。



~数刻前・部活動~

「…そんなわけで昔はそういう話はしっかりひとつにまとまった物語にはなっていなかったんだ。だから姿形がはっきりしない怪しげな現象として伝わっていたり土地によって全く違うものだったり…」


「…で、そういうものを編纂して纏めたことによって、それぞれの心の中にいたモノが共通の存在として認識され姿形をはっきりさせていったわけで…」


「…現代の怖いところはさ、あれってなんだっけ?とうろ覚えになっていつしか消えていくことがなくなって、しっかりと何処かにはデータとして残っていて誰でも『それ』の詳細を知れることなんだ。

多くの人々が認識することで姿形を、恐怖や畏敬の念、他の様々な感情は力を『それ』に与える」

「新しい妖怪の誕生っすね?」

「うん。まあでも現代人はさ、そんなのいるわけねーって娯楽のひとつとして見てるから大丈夫なんだけどさ…」

「信じたくなるような真面目な恐怖話だったら…」

「ちょっと不安になっちゃうよね。ことわざに人の噂も七十五日ってあるけど、一度立って記録された話は消えないからさ。必ずと言っていい程に元が消えても誰かがコピーして復活する。なんなら新しい尾ひれが付いたりしてね。下手すると一生憑いて廻るから… ほんと恐ろしいよね」

「本人が投稿しなくても盗み聞きしてた誰かがしちゃうかもだし?」

「しかも間違ってるのにバズったりしたり…」

「なんかそっちのがすげえ怖い話だな…」

「ほんと学者泣かせだよ」

タケトが泣き真似をする。皆が笑う。皆の頭を過る昔の事件。一抹の不安は抱きつつも笑っていられる分にはきっと大丈夫だろう。タケトはそう信じた。


~現在・廊下~

眼下に楽しそうに歩く部員たちを見つけて、部での出来事を思い出して少し呆けていた。と

「せんせー!なにしてんのー!?」

数人の生徒たちが寄ってくる。クラスの女の子たちだ。彼女たちも部活が終わったようだ。タケトは驚くことなく、優しく、そして少し寂しそうな顔をして返す。

「ここで過ごせるのも残り少ないんだなぁって思ったらさ、ちょっとしんみりしてきちゃってね」

「うわ。意外とセンチメンタル」

「タケちゃんって女々しいんだね~」

「いやちょっとお前ら失礼じゃね?」

もちろん半分は嘘。本業である術師としての仕事の真っ最中とは言えない。だが、もう半分は本当。少ない時間の中でも生徒たちとの交流で得られた絆はたしかにあった。こうして話して笑い合える程度には。間違いなく。

「あははは。まあ気持ちはわかるよ。あと一週間だもんね~はやいな~」

「んじゃさ、こっからは目一杯思い出作りしたらいーんじゃね?教えんのも大分うまくなったし!」

「偉そうに。てか、そう思うんなら成績上がっててくれるんだよな?」

「んぐ… それとこれとは話しが別でありまして…」

「てかさ、そいえばさ、あれってマジなん?」

「あ~あれね~」

「話し反らしたし… まぁいいや。で、あれって?」

「知らんの? うちの学校にマダム来るって話し」

「??」

「マダム・スカーレット! 超有名な霊能力者!」

「占いも超当たるってネットでもヤバかったよね。こーゆーのってさ、ヤラセだウソっぱちだーって話しもけっこー出るのにねーあの人に関してはガチってやつのがめちゃ多いのなー」

「で、なんか配信番組やってるんだけど?それに匿名で依頼があって?うちの例のやつで?そんで理事長と揉めてたんだけど?特別講義って形で落ち着いたとかで?」

「日取りがいいので火曜日の午後にということで決定されたのですよ」

「うわ!?びっくりした~」

生徒たちの後ろから肩に手を置いて首をニュッと出す人物。体育教師の前川先生だ。眼鏡でハスキーボイスで真面目な雰囲気だが、意外と茶目っ気もあって特に一部女子からの人気が異様に高い。

「まったくどこから話しが漏れるんだか」

「俺、まだ知らなかったんで、会議で聞き漏らしてたかと焦りました」

「私は体育館の準備もあるからそれとなく聞かされてたけど、ほんとにどこから… まさか教師とそういう関係だったりしないわよね~?」

「し、しませ~ん!!」

生徒たちが笑って逃げる。タケトも笑って見送りたかったが、話しの内容に驚いて一瞬立ち尽くしてしまった。ほんとはそっちの内容をもっと詳しく聞きたい気もしたが、厄介事に巻き込まれるのもいやなのでそれはスルーして本題に戻る。

「来週火曜ですか」

「そうだよ。準備、頑張りな。私はなんも手伝えないけどさ」

「いえ、こうして厄介払い的なことしてくれるだけでも有り難いかぎりです」

それを聞くと前川先生はふっと笑って立ち去る。去り際にさっと手を振る。なんというか、言葉で言うとベタなカッコつけのようなのだが、実際に見れば彼女独特の中性的なカッコよさについつい見とれてしまい、人気が出るわけだなとタケトは実感した。

(さて、では準備の続きをやりますか)

心なしか気持ちも晴れやかになり、作業効率も向上した気がする。


この学園の作りはロの字型の三階建て。下から主に一年生棟、二年生棟と職員室、三年生棟。保健室や音楽室等は下階にあり、保健室は万が一の時には保健室で応急処置を行い直ぐに外の救急車へと対応が可能。音楽室は応援で楽器を外部に持って移動することもある吹奏楽部に配慮された形だ。そして中央の空間は中庭になっていてベンチや花壇も整備されてあり憩いの場として親しまれている。その校舎の隣に体育館が隣接していて、体育館も三階建て。校庭が小さい分、屋内競技に力を入れている感じだ。タケトはその校舎を上から時計回りに歩いている。三階を一周して二階に、二階を一周して一階に。時折御札を貼りながら。何かを念じながら。一階も一周して見回り終了。中庭の前に立つ。ふぅと一息つく。目の前のウォーターサーバーから既に空になっていた水筒に水を注ぎ、それを一気に飲み干した。再び、今度は大きく一息ついて、まだ足りないと更に水を注ぐ。理事長が去年に導入したウォーターサーバー。水道水を冷やしたり温めたりして提供するもの。これも子供たちのために、だ。あまりに暑い日が続き水筒の一つや二つでは足りないだろうと。タケトは今度は味わうようにゆっくりと飲んだ。ゆっくりと飲んで、最後に中庭を見た。放課後、生徒たちが皆下校して誰もいない薄暗い空間。昼間の明るく美しい姿とは反対に、どこか不気味で重苦しい雰囲気だ。タケトは真顔でその空間を見つめ、そしてふっと笑って背を向ける。

「んじゃ、火曜日にな」

そう言って後ろに向かって手を振った。

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