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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第二章
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実習5《局面打開》

翌日は小林先生からの謝罪から始まった。

「ほんっとーにすまんかった!」

手をあわせて頭を深々と下げる、昔のドラマなどでよく見る謝罪姿だ。奥様に相当お叱りを受けたようで、タクシー代も返すと綺麗な封筒を、おそらくはタクシー代以上の金額が入っているだろう封筒を半ば強引に渡そうとしてくる。

「いやいや、飲み代のがぜんぜん高かったですし、それに俺の方も悩みを晴らして頂いて有り難かったですから。あ、どうせならまた飲みに連れてってください」

「そう?また誘っていいの?」

と、なんとかその封筒をしまって頂く。それならばと、最終日に打ち上げに行く約束をして。

次は石下先生の謝罪。自分のせいでそれなりの数の生徒が体調を崩したと聞きかなりへこんだようだ。だが、直ぐに回復してきて早速生徒たちに挨拶に回って歩いたことを称賛されてすっかり照れていた。

そのおかげもあってか、生徒たちもすっかり落ち着きを取り戻し、授業も滞りなく進められた。そしてそれを聞いた休んだ生徒たちも翌日には回復して登校してくるのだが、原因不明の病欠者自体は変わらずに増え続けている。だが、タケトに焦りは無い。不安な顔は一切見せず余裕を持って午前を終える。

「なんだか不思議な感覚だったよ。生徒が休みだと聞いて心配になって、不安からなのか胸がキリキリしてきてね。このままじゃいけない、生徒たちのためにもしっかりしないと!って思えば思うほどに力が抜けて苦しさが増していってね」

「子供たちの中にも似たようなことを言ってるやつがいましたね。親友の心配をしてたら伝染うつったみたいな?とかなんとか」

「…本当に呪いとかなんでしょうか? 不安な心に取り憑くとかよく言いますよね?」

「それ、一説には集団ヒステリーの一種って言ってる学者もいますよ」

昼休み、食事を終えた教職員の会話。タケトもその輪に入っていく。もちろん理由は情報の操作。被害を拡大させないための大切な仕事だ。

「不安な心に取り憑く。自分は不安な状態。取り憑くモノに心当たりがあって、他にそうなっている人がいる。次は自分の番かも。

本当はそんなモノが存在していなくても、そう思ってしまえば肉体にも強く影響が出てしまう。思い込みのせいってやつです。で、ひとりふたりと増えていくと、やっぱりそうなんだ!きっと自分もそうなるはずだ!って」

「なんか…」

「はい?」

「授業よりも説明が上手」

同意したり笑ったり、そしてタケトのショックを受けたリアクションで全員が笑う。少なくとも真面目な話から不安な方向に行きかけていた空気は一新されたようだ。タケトは微笑む。先生方とは違う理由で。どこからともなく伸びてきた呪いの触手。それが先生方を締め付けようとするも弾かれてしまって戻っていくイメージ。危険が去ったことを感じ、そして自分の推測が間違っていない可能性が高いことを感じた。事件の原因、その解決方法の予想がついた。次はその予想を確信に変えるべく行動に出る。その前段階として先程の職員室での会話を、休み時間を利用しそれとなく生徒たちに広める。都市伝説というモノは、それ自体は一度火が着くと一気に燃え広がるが、その解決編や種明かし的な話は広まりにくい。だが一定範囲内での、まるで結界のような呪いにおいては必ず効果はある。自身の経験から、そして偉大なる先輩方の経験談からその大切さを理解しているタケトは少しずつ、変に思われない程度に会話をしていく。

「…ってね」

「へー」

「説得力ある~」

「てか、授業より説明うまくね?」

「うわ!生徒にも言われた!」

ここでも笑いが起こる。笑いは恐怖や不安を吹き飛ばす重要な行動。タケトのキャラクターも相まって効果は上々。だといいな~とタケトは思っていた。

「まぁ、真面目なこと言うとさ、俺の専門ってこっちだからね。民話や伝承ってのは現代で言うところの都市伝説みたいなものだから。時代背景、食料事情や政治闘争、伝染病やらなんやら。いろんなことから話は生まれる。その何故生まれたか?何故伝え残されたか?に興味引かれるわけよ」

「たとえば?」

「なんか面白いのある?」

「子泣きじじいって妖怪は知ってる?」

「あれ、実在する人物」

「はあ!?」

話は驚くほどに盛り上がり、部活の時間いっぱいにタケト先生の妖怪講義は続いた。呪いのことを別としても、タケトにとってはかなり充実した時間になった。

「柳田國男先生の著者は初心者にもオススメだよ。こういうのが好きなら絶対に面白い」

「明日にでも図書室覗いてみるわ」

「ありがとね~すごい楽しかった~」

「タケちゃんまたね~」

ご満悦の顔で生徒たちを見送るタケト。部活も終わった完全な放課後。生徒たちは帰り、教職員たちも職員室で後片付けと明日の準備を淡々と行い徐々に帰る。タケトも今日は用事があると一足早く職員室を出る。そして誰にも見られぬよう慎重に理事長室へと向かった。

「お待たせしました」

タケトが理事長室に入ると、机の上には頼んでいた資料が山積みになっていた。

「術師の方といえども、外部に持ち出すことは固く禁じられておりますので…」

「はい。では少しお部屋をお借りしますね」

タケトは凄まじい速さで資料を見ていく。速読とは比較にならない程の速度。タケトの『眼』の力と鍛え続けている『脳』力の賜物である。




タケトは立ち上がった。善は急げとばかりに資料をてきぱきと片付ける。そんな時に、ちょうど休憩にコーヒーをとやってきた理事長。タケトはタイミングバッチリとひとつの提案をする。その提案を聞いてさすがにそれはと拒否をしたが、タケトの作戦の詳細を聞いて、それならばと渋々了承する。

「こちらとしても譲れないことはありますよ」

「もちろんです。先方次第ではありますが…」

とタケトはスマホを手に取った。

(ほんとはあんまり気は進まないけど… せっかく出来たご縁だし、有り難く利用させていただきますか)

とある人物への電話。それはツーコールで繋がる。予想外の早さに言葉が詰まってしまった。

『どうしたんだい?タケトちゃん』

年配女性の声。色っぽさとは違う、別の妖艶さと威圧感が感じられるその声に、タケトは臆することなく正直に返していく。

「お久しぶりです。マダム。あんまり早く出るから驚いてしまいましたよ。今日はお暇でしたか?」

『あら、そんなわけないのはわかっているでしょ?あなたのタイミングがよかったのよ。ちょうどお客が出た後だったから。ふふ、いい流れじゃない。必ずうまくいくわ。さあ、お話しなさいな』

こちらが要件を話す前に仕事の依頼だと理解し、そして内容を話す前にイエスと言われ、タケトは表舞台に立つ人間の器量と、様々なものの流れを読む彼女の独特の力に感嘆する。

(やっぱりこの人はすごい。俺らとは違う方向性で)

タケトは通話をスピーカーに切り換えて理事長にも聞こえるように話を進める。

「実はですね、お願いしたいことがありまして…」



『わかりました。あくまでも『匿名の投書』という設定、ですね?』

「はい」

『ところで、依頼の横流しとか下請けに丸投げって突っ込まれたりしない?』

「たぶん大丈夫です。やり方は一任されているし、丸投げではないし。下請けって言うなら足場の発注みたいな感じでいいんじゃないですかね? 経費の追加請求するつもりもないですし」

『私はしっかり頂くわよ?』

「う… それは俺のポケットマネーから。授業料として支払わせていただきます」

『ふふ。いい心掛けね。ならシチュエーションとしては…』



「…なるほど。こちらは問題ありませんよ」

「私も問題ありません」

『でも残念。今回はあんまり絡めないのねぇ。せっかく会えると思ったのに』

「はは… 今度はプライベートで飲みにでもお誘いしますよ。いい店、教えてもらったので」

『それは奥様に悪いわ。むしろ三人で飲みま…』

「どうしました?」

『ふふふ。ちょっとだけ未来が見えたわ。たぶんそれも無しだわね。さ、次のお客様が待ってるから切るわよ』

「あ、はい。ではお願いいたします」


(なんだったんだろう?)

仕事で忙しいのとは別のことで会話が途切れたことに疑問を抱くタケト。マダムの雰囲気から察するに悪いことではなさそうなのだが…

帰り際、理事長と成功を祈って握手をかわす。その手は熱く、希望に満ちていた。自分を見る目が何故か輝いていたのが、少し失礼だが奇妙に感じてしまった。

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