実習3《HOME》
長くも短い一週間が終わった。金曜日の夜は実習から学んだことをまとめつつ来週の授業をどうやっていくかの検討をしていると、担任の小林先生から飲みに誘われて二人だけでの歓迎会&相談会みたいなことになった。現役教師の、アルコールでブレーキ弛めになった意見は貴重でタケトも気がゆるみついつい勧められるままに飲んでしまった。そしてその後には協会へと向かい依頼の進捗状況の報告。お酒の入った状態では思うように進むはずもなく、ほぼほぼ朝帰りになってしまう。そんなわけで、土曜日の朝はゆっくりと起床。まだ眠い目をこすりながら今日のやるべきことを確認する。依頼を期間内に完遂するためにもやらねばならないことはいっぱいではある。だがそれ以上に、多忙を理由に帰れぬ日があったこともあったことを気にしていたので、その埋め合わせを、チヨにしっかりと家族サービスをしてあげようと決めていた。
「ならば、もう少し早く起きて一緒に走ってほしかったものだがね」
そんなことを伝えると、チヨからはそうに言われてしまった。もちろん笑顔で、ちょっとだけ意地悪そうに。タケトが困ったように謝罪するまでが一連。二人揃って笑って、そして明日の朝はちゃんと起きることを約束する。
「う~ん… 完全な休日は久しぶりすぎて、何をしようか悩んでしまうな」
「はは、同じく」
チヨもチヨで大学では部活に忙しい毎日。もちろん単位も落とさぬように勉学も手を抜かない。お互いにそんな多忙な毎日ではあるが、こうした時間は必ず月一は作るようにしていたし、それこそが二人の関係性を強く繋ぎ続けているのだと互いに理解していた。が、改まって意識してみると、気恥ずかしいのかなんなのか、やりたいことはたくさんあったはずなのに、まずは何をしようか全く思い付かなくなってしまった。
「とりあえず町ブラでもしてみる?」
「うん。たまにはいいかも…」
と、そんな時にインターホンが鳴る。鳴る。鳴る。しつこいほどに鳴らされる。誰が来たのか二人には予想がついており、顔を見合わせて苦笑い。そしてチヨが限界へと向かう。
「あ、チヨさん!おはようございます!今日も一段と美しく…」
「ドア開けるなり人の彼女を口説くの、やめてくれませんかね?」
「まだ『彼女』であって婚姻関係にはありませんよね?それに選ぶのはチヨさんです。捨てられても文句を言える立場ではないのでは?」
「いやいや」
「あはは…」
そこにいたのは弟子のセイヤ。なんとチヨは彼の好みにドストライクだったらしく、紹介した時から積極的にアプローチをし続けている。とはいえ、隠れてデートに誘うとか、嫌がるのにプレゼントを押し付けるなどということはしない。あくまで自分の好意を強く示しているにすぎない。それに、ここまで堂々とされると逆に強く窘める方が大人として、彼氏として余裕が無い証拠なのでは?とさえ思えてしまい…
(いや、そろそろちゃんと)
「相変わらずの修羅場だな」
「しゅらばー」
「ムギちゃんに変な言葉を教えない!それでも父親ですか?ミコトさんらしいっちゃあらしいんだけどって何しに来たんですか?」
愛弟子にきっちりと自分の女に手を出すな的な言葉を強く言おうと決意するや、後ろから現れた上司とその娘。またもやペースを乱されて心の中で崩れて片膝をつく。と同時に安堵もした。もはや慣れっこであり、むしろ本当の自分のペースが崩れそうになった時に修正してくれてる感すらあり、少しホッとしているのも確かなのだ。
「ヒジリさんが呼んでたぜ。今日、行ってしまおうぜってよ。今、家で準備してる」
「また急な。こっちの都合は無視ですか?」
「朝帰りして予定もクソもねーだろ? むしろ合わせてやってんだぜ?な、ムギちゃん?」
「うん。きょーのおでかけがまんしたの。だから
たけともおかーさんとおしごとがんばってね」
はっきり言ってズルい。こんな愛らしい幼女にこんな台詞を言われては満面の笑みで受け入れるしかない。考えるまでもなく身体が自然とそう動く。それに、たしかに予定などなかったし、なるべく速く済ませておきたい要件でもあった。
(それによ、セイヤと三人はしんどいだろ?俺らが代わって入ればよ、ムギちゃんパワーでうまいことやれるから安心して行けんべ?)
ミコトが肩を組んで耳打ちしてくる。これも全く持って図星。自分がいなくなることに若干の不安はあるが、ムギちゃんパワーはセイヤにも確実に効く。そこにミコトの親バカが加われば人の彼女を口説く隙は無いだろう。タケトはチヨを見る。チヨもまたタケトを見て「大丈夫。だから早く帰ってきてね」という目配せ。決定だ。
「では、すみませんがいってきます。皆さんチヨをお願いします」
そう言って愛車の鍵を持って走る。そしてエンジンを吹かし、それが準備OKの合図となる。
「よし。行くか!」
ライダースーツのヒジリが現れて颯爽と後部に乗り込む。こちらに不平も感謝も言わせる気はさらさら無いようだ。こういうところは結婚して子どもが生まれても変わらなかった。故に、これがヒジリという人間の根底であり本質なのだろう。弟子は一人納得し、愛車の隼に跨がり、皆に見送られながら出発する。
「どうした?」
フルフェイスのヘルメット越しでも伝わるタケトの満面の笑顔。それにヒジリが突っ込んだのだ。
「いや、これが初めてってわけでもないのに、やっぱり嬉しいんですよね。見送りでかけられる言葉。数が多ければ多いほど」
今度はヒジリの顔が綻ぶ。
「ああ。それが単純な言葉でも、やっぱり力になるよな。今回は命を掛けた戦いってわけでもないが…うん。やっぱりいいもんだよな」
ヒジリの腕に力が入る。強く締め付けられるが、今は少し心地よい。自然とアクセルにも力が入る。ほどなくして警察官から有り難い注意を頂き、術師の業務中の特権で罰点だけは見逃して頂いた。
「どうせ免除なんだから爆速で振りきればいいんだよ、あーゆーのは」
「かんべんしてください…」
まさか自分がこういう状況になるとは夢にも思っていなかっただけにショックは大きい。そこからは法定速度をしっかり守り、想定より少し遅れての時間での到着となった。「さっさと終わらせて帰るなら爆速…」と愚痴る師匠の言葉に、本当にそうするべきか終了時間次第では… と悩んでしまう。そんな考えが浮かんだことに更なるショックを感じるタケトだった。
~白宅~
「なんかすみません」
「いや、セイヤくんが謝ることは何もないだろう」
「すんません…」
「いや、ミコトさんも謝る必要はないでしょ。むしろ余計な気を遣わせてしまってこちらの方こそ…」
セイヤが申し訳なさそうに謝罪し続けてミコトも謝罪をするが、逆にチヨの方が申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
「つーか、セイヤ的にはラッキー展開じゃねーの?俺ら帰る?」
「さっきタケトさんに場を任されたばかりでしょ。幹部の方に対して失礼ではありますが、そういう言動はいかがなものかと思いますよ?」
「あ、聞こえてたか。でもよ、実際どーよ?」
若者の色恋に、ましてや師の恋人に横恋慕という特殊な状況、もちろんタケトへの義理は通すつもりだが、興味津々なのは仕方ない。
「僕は、競い合うべき相手のいない状況で強引に自分を売り込んだり、ましてや相手を卑下したりなんてしませんよ。今までだってチヨさんと二人になる状況はなるべく避けてきてますので」
「言われてみれば… ふふ、たしかに自分で言うだけあって義理堅い実直な男ではあるな」
チヨからまさかのお誉めの言葉を頂き顔を真っ赤にして喜ぶセイヤ。その主義にはミコトも唸る。
「なんつーか、バトルでは搦手もしっかり使うのに、色恋には正面も真正面、正々堂々すぎる程に真っ直ぐなんだな。応援は出来ねぇが、そういうの、俺は好きだぜ」
益々顔が赤くなるセイヤ。ムギちゃんにもいじられて普段の冷静で知的な雰囲気はどこへやら。あわあわおろおろしっぱなし。そんなセイヤにチヨは少しだね助け船を出す。
「そういえば、タケトは何処へ向かったんだ? いつものことではあるが、聞けるなら聞いておきたいのだが…?」
男たちは一瞬で真面目な顔に戻る。そして申し訳なさそうに答えた。
「悪いな。こればっかりは教えらんねぇ」
「内容が内容だけに… すみません。チヨさんに隠し事はしたくないのですが…」
軽い気持ちで聞いてはみたが、自分の置かれている立場、状況を再認識させら少しへこむ。
「ま、危険な場所じゃあねーから安心しな」
そしてミコトの言葉に少し救われた。




