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呪人・廻《カースマン・カイ》  作者: さばみそ
第二章
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実習2《交流》

「タケトせんせ~さよなら~」

「つくもっちバイバ-イ」

「タケちゃん、また後でね」

「先生」「せんせ~」「せんせ…」

生徒たちが次々と挨拶をして過ぎ去っていく。みんな笑顔で元気いっぱい。ニュースでは様々な事件に巻き込まれたり巻き起こしたり、いろいろ注目される年代ではあるが、問題など全く無いような雰囲気だ。だが、やはり今日も原因不明の病欠は多い。しかし不安な顔は見せられない。原因不明の体調不良に晒されている生徒たちを更に追い詰めるようなことはできない。誰が言い出したわけでもないが、教師たちはベテラン若手問わず少しでも助けになろうと常に優しく楽しく生徒たちに接している。理事長が自信を持って自慢できる優秀な教師陣、というだけはある。タケトも負けていられないと踏ん張る。優秀な教師とはいえ理由も知らない一般人が頑張っているのに、理由を知っている呪術師たる自分がそんな体たらくでは示しがつかない。

「はい、さようなら。みんなまたね~」

と不自然にならないように笑顔で返す。

(何も見つけられない。いや、まだ焦る時間じゃあない。まだ来て三日目。専門の術師でも少し調べた程度では全くわからなかったんだから。えーと、データを見るに、一度なった者ほど再発しやすい傾向…か? 宿主の中で成長増殖して条件が整うと感性拡大するって病原菌型の呪いに似てはいるけど…)

そんな考え事をしていると、肩をポンと叩かれる。

「タケ、授業始まる。次2組」

「あ、はい!」

専門教科は古典とはいえ、担当授業は国語全般だ。つまり授業はほぼ毎時間あるわけで、休憩時間は次のクラスの授業進行具合の確認をして準備をするので精一杯。放課後は部活に参加して指導を学んで指導して、教師にとっての放課後はその後。しかし休んでいる暇はなく、師匠、もとい正担任からのダメ出し… もとい有り難い指導を頂いたり、そこから明日の授業の準備をしたり、小テストなどあるようなものなら採点もあるだろうし、更には進学校にあるあるの、模試があれば授業の内容も対策用に変更したり放課後講習もあったり。そして、問題を抱える学校にはよくあることの代表たる『保護者の来校』まである。

もちろん教育実習のある時期にイベントがっつりぶちこんでくる学校はないので(保護者は別だが)ここまでのことが全て重なることは無い。しかし、新人も新人なタケトたち新米教師予備軍たちは、そのひとつひとつに翻弄されててんてこ舞い。ましてや学年を誤魔化して潜入しているタケトには更に荷が重い。呪詛を発している人物の探索や呪いの発信源の調査をする時間も余裕も全く残っていなかった。

「という感じで、雅な生活を送ったり戦を繰り広げたりしている貴族が目立つこの時代において、一般市民がおかれている状況がとてもわかりやすく…」

(うわーだめだーぜんぜんわかりやすくないー 長ったらしくてまとまんねー てか反応してくれー)

わからないとか、説明が長くて頭に入らないとか、そもそも先生の声が聞き取りにくいとか、いろいろ反応が欲しいところ。普通の学校でも無反応で独り言のように授業が流れていくことが多いようだが、この学校の子供たちは特に優しい子が多い。故に『生徒たちが気を遣って、この教育実習生が傷付かないように、授業の進行を遮らないようにと敢えて質問をしていない』感すらあるのだ。実際は本人の考え過ぎで、優秀な生徒たちは授業がちゃんと理解出来ているとしても、だ。だが、まだまだ出会って数日。正面から「わかりにくい?」とか「反応が欲しいな」とか言えるような関係も築けてはおらず、最初の壁に四苦八苦。学生としてはタケトも優秀な方ではあったが『教えるプロ』としては未熟。術師としても教師としても、乗り越えるべき壁の大きさを感じずにはいられなかった。そして、そんな余裕の無い状態では調査も進すはずもなかった。


(ふぅ…今日もやっと終わった… 情けな…)

一日のまとめを終えて部活へと向かうタケト。運動部とは違い、趣味の延長で集まったような文芸部と古典同好会。タケトもクラスや職員室よりも居場所として心地よさを感じていた。

「おつかれさま~」

「あ、おつかれさまです」

「先生、今日もおつかれ?」

「はは… 少しね」

「教育実習の先生はだいたいそんな感じだったよ。てか、顔に出しすぎ~」

「ユキ、失礼」

「ユウくんは気を遣いすぎ!」

文芸部の生徒、幼なじみでもあるという二人が既に来ており、部の生徒の中でも特に話しやすい二人がいたことで自然と気が緩んだ。こういう存在が有り難いのはどんな場所でも一緒だなとタケトはしみじみと思い返す。

「先生、そんなことでふけってないで、昨日の続きしようぜ?」

「そういうとこは気を遣わないよね。ま、私も続き聞きたいけど」

この文芸部の活動は主に二つ。文化祭に向けての有名作品を個人的解釈を入れた解説と紹介、そしてオリジナル作品の作成だ。昨日は某名作をタケトが解説し、その途中で下校時間になったのだ。


「…というわけで、一人の嫉妬、負の感情からその当人も含めて全員が連鎖的に不幸になるというまさに悲劇なんだよね。もちろん時代背景とかいろいろあったとは思うけど、この頃の作品の悲劇の多さから思うに俺としては『負の感情を抑えて生きよう』的な教訓があったと思いたいかな」

「なるほど」

「でもでも、それって結果論ですよね? そもそも信じなければ起こらない悲劇だし」

「そもそもの使い方。そもそもは讒言ざんげんの方だろ」

「むう。突っ込まないで」

文芸作品は大好きだが、言葉の使いどころを間違い気味のユキを、ちょっと神経質なユウが突っ込む。最初はそんなやり取りにハラハラしたが、昔からの毎日の恒例行事のようなものであると知り、タケトもマヤのことを思い出し、早々に「今日も始まった」と微笑ましく見るようになっていた。

「まぁそれも一理あるかな。プロの研究者たちから言わせれば、きっと一蹴される解釈かもね。さっきも少し言ったけど、時代背景や人種、宗教も絡んでくるし。ちなみにね、原典はもっと殺伐とした内容だよ?」

「ふえ!?原典があるの??」

「いや、知っとけよ。有名だぞ?」

「今度から先生みたいに『ちなみに』で教えてよ」

「作品が気に入ったなら作者wikiれ。だいたい載ってるだろ」

「え~私はそういうのは見るより聞きたい派なのよね~」

「どんな派閥だ」

いつの間にか部員は全員が集まっており、皆が二人の、いや、今や三人のやり取りを見て笑って楽しんでいた。全員とは言っても三年はこの二人を含めて四人。二年は五人。一年は二人。同好会はギリギリ五人の総勢十六名。来年の入部者次第では同好会を吸収合併もあるくらいの人数だ。だがそれでも全員が笑えば外にも響いて注目も浴びる。

「今日も盛り上がってるな。タケが来てからいい感じだな。だが、騒ぎすぎはさすがにダメだぞ?」

顧問の石下先生がやってきてにこやかに注意する。鼻の下にきれいに整えた髭があり、生徒たちの間では『いい髭先生』と呼ばれている。

「あ、すみません…」

タケトが頭を抑えながら反射的に謝罪をする。が、石下先生はよしなさいと促す。

「行き過ぎないように前もって注意したまでだよ。部の空気が良くなっているのは事実。やはり若者が入ると違うもんだね。ともすれば、私ももう若くはないのだと焦燥に駆られるねぇ」

タケトを嫉妬のような目で見る。焦るタケト。それを見てクスクス笑う部員たち。それを見て更に焦るタケト。を見て共に笑う髭先生。タケトはやっと自分が皆にからかわれたと気付き安堵する。そして、ほんの少しだけ怒る真似事をした。先生も生徒も笑って謝罪する。いい空気。こういう空気を教室にも持っていければ授業にも余裕ができるだろうか、それとも逆に授業にならなくなるだろうか、そんなことを考える。


「せんせ~さよなら~」

「はい、さようなら。気をつけて帰れよ~」

(じゃない!!教育実習楽しみ過ぎだ!!)

あまりにも呪いの物証が無くて、そしてやることが多くて、今日も教育実習生100%で過ごしてしまった。だが、だからこそ気付けたことがあった。

(いい子たちが多いなって喜んでたけど、ちょっと多すぎだよな。あまりにも負の感情が少ない。もしかするとそこに何かしらあるのかもしれない。来週は少し違う角度から攻めてみますかね…)


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